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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑

■ 四章.僕らはいま、物語の中にいるみたいだ

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◆5 滑稽譚の夕べ

「おい、そこな語り部!」
「なんでしょうか? 呪使い様」

 恫喝の声をにこにこと笑顔で受け流して、ユカはいとも平然とそう応じたのでした。
 はてさて、語り部のこの反応に、虚をつかれたのは仕掛けた側の老人でございます。表情はわかりやすいほどに強張って口元はぽかんと半開き、さらにはまったく見当違いも甚だしく、背後の若者たちにどういうことだと詰問の一瞥を投げかけます。とはいえこの二人が老人以上に状況を弁えていようはずもなく、二人揃ってただしきりと首を横に振るばかり。

 老人は……いいえ、老人あらため老呪使いは、再びおそるおそる語り部を見ました。それから、形ばかりの威厳を取り繕っておずおずと物問います。
 なぜわかったのか、と。

 これに対して、ユカは直接の回答となる言葉はなにひとつ返しません。彼はただにこにこ、にこにこと微笑むばかり。
 相手の不安を助長する、それは、実に雄弁な微笑みの圧力でございました。

 ああ、お見通し、お見通しです。この三人が呪使いであることなど、ユカには最初からお見通しだったのです。
 それこそ酒場にやってきて店内をぐるりとひとつ眺め渡したときから。老人に対する若い二人の度を超えた恭順きょうじゅんからそうであろうとの察しはつけられて、そして一度そうと予測を得てしまえば、あとは彼らの挙措きょそ振る舞いから利き手の右か左かを見抜くことなど遠目からでも朝飯前でした。
 ええ、なにしろ呪使いを出し抜くことについてならば、既にユカはちょっとした大家です。
 そしてなにより、けして出し抜けぬ二人の呪使いと行動を共にした(と言ってしまって全然過言ではないはずです)忘れがたい半年の記憶もあったのですから。

 目の前の三人が呪使いであることにユカは気付いていて、ですから、今夜の物語の半分以上は、ほとんど彼らの耳に入れる為にかたっていたようなものだったのです。

 さあかくして、垂らした釣り糸に魚はきっちり食いつきました。
 さあ読者よ、今夜今晩この夕べ、ここからが本当の勝負のはじまりでございます。

 最初の勢いはどこへやら、老呪使いはひどく落ち着かなげな様子となって、なにか得体の知れぬものを前にしたかのような怪訝を込めてユカを窺っています。
 そんな相手に対して、ユカは適度な朗らかさ、適度な不敵さでひとつふたつと言葉を投げかけます。そうして相手の不安と緊張をほぐして、また、最初にあった敵意の火に風を注いでそれをおこしてもやりました。
 ああ、これこそ語り部の面目躍如めんもくやくじょ(というよりは詐術師や扇動家のそれでありましょうか?)。
 ユカの話術にうまうまと焚き付けられて、己が誘導されているなどとは夢にも気付かぬまま老呪使いは語り部に食ってかかります。ユカの思惑に乗ってまいります。

「ええい、とにかく! 語り部、貴様には一言もの申さずにはおられん! いいか、今宵貴様の語った物語は、我ら呪使いの威厳を損ない、権威を失墜させる、まっことけしからん――」
「はぁ、ですが、物語を聴いてくださったみなさんの呪使い様方に対する好感の度合いは、失墜どころかむしろ向上したのではないかとお見受けしますが? それも、かなり明白に」
「そ、そういう問題ではない! 第一、あの権威を失って落ちぶれた狼、それにその狼に自分を重ね合わせる老人――おい、あれは昨今の呪使いに対する揶揄やゆそのものではないか!」

 物語に隠された意図に気付いた老人が声を荒げます。実際には彼が気付くようユカが仕向けたのですが、もちろん本人がそれに気付くことはありません。
 話術は冴え渡って絶好調です。傍目には一方的に言われるままになっているように見えて、しかし対話の主導権はそのユカが一方的に握っていたのです。ユカの頭の中に物語のように対話の筋書きはあって、老呪使いの台詞はまるっきりその台本に照らし合わせたかのよう。

 このたやすさ、この他愛のなさには、実のところユカ自身が多少の驚きを感じています。そしてその拍子抜けした気分の向こうで、この夜を通じて脳裡に有り続けた一人の呪使いの姿が鮮明さを増してゆきます。
 あいつはこんな風に一筋縄にはいかない、そう思うと同時にユカは確信を強めます。
 やっぱり、呪使いが千人いようとも、その中に僕の敵はたったひとりしかいない。ただしそれは、ほかの千人をひとまとめにしたのよりもずっとずっと手強いひとりだ。

 さて、そうこうするうちに対話劇はまたも変調のときを迎えます。

「いっ、一介の語り部風情が我々を風刺するとは、貴様、いったい何様のつもりだ!」
「何様のつもり、ですか。いかにも、その言葉はそっくりそのままお返しいたしましょう」


 それまで風を受ける柳のようにさらさらと相手の勢いをいなしていたユカの口調から、突如としてやわらかさが蒸発したのでした。
 風流な柳が一転、まるで真っ向から風を受け止め押し返す土壁と変じたかのように。

はばかりながら申し上げますが、呪使い様。あなた方はいま少し世間を広く見るようにしたほうが良いでしょう。狭い世界の通念を固持して、ただでさえ狭い視野をさらに狭めて……」

 あなた方と比べたら、まだしもモグラのほうが世の中をよく見ている。ユカはそう言い放ちます。
 慇懃無礼いんぎんぶれいな語り部のこの発言に、しかし老呪使いも、また彼に付き従う若い呪使いたちも一言として言い返すことが出来ません。それほどにユカの変調は急転直下な衝撃を彼らに与えていて、つまり、演出としてはそれだけ効果的だったのです。

「わたくしが譚る前と譚った後、それに譚っている最中、それぞれの瞬間に聴衆の皆様が示した反応をご覧にはなりませんでしたか? 皆様、譚りの前にはほぼ一様に呪使いに対して批判的で、しかし譚りが進むにつれて好意は深まっていったはずです。
 よろしいですか、別にわたくしは、恩着せで申しているのではありません。わたくしは、皆様呪使いが世間の嫌われ者となりつつある事実を指摘しているのです。そしてまた、皆様の心がけと振るまい次第で挽回はまだまだいくらでも可能であるという事実を。
 ……だというのに、この期に及んで威厳とか権威とか、愛され方にまで注文をつけるなんて。まったく、何様だというのか」

 もはや独擅場となったいさかいの現場で、ユカは普段の彼、自分にも他人にも甘い彼からは想像もつかぬほど厳しい言葉を吐き続けます。
 容赦なく繰り出される批判に老呪使いは何度か反論を試みましたが、しかしその都度それは失敗しました。
 語り部がその饒舌と沈黙で、そして、眼差しの圧力で彼を絶えず牽制していたのです。
 あの眼光鋭い宿敵と何度も相見あいまみえるうちに、宿敵には負けるものの、ユカもまた強圧な眼力の用法というものを身につけていたのです。

 そして、またもや打って変わった変調のときは訪れます。

「いま、時代は変わろうとしております」

 ユカの語調から、厳しさはそれが去来したときと同じ唐突さで消え去って、代わりに衆生を諭し導く導師のような寛恕の相が宿ります。瞳もまた同様、相手を圧倒する獣の眼光は既になく、ただ共感や安らぎだけを喚起させる優しい光が灯っています。
 ユカが元来備えていた、母親譲りの優しい眼差しがそこにはあります。

 その瞳を、ユカは老人ではなく彼の背後にいる若者たちに向けます。
 持ち得る限りの理解を注ぐように眼差しを注ぎ、そして、すべてを受け入れるようなおおらかな笑みを浮かべます。

「我々語り部は旅から旅を住処とし、人と人とのあわいを行き交う者ども。それゆえ時代や世相といったものの移り変わりには人一倍敏感なのです。ですから、断言致しましょう。時代は変わろうとしています。じきに古いものは廃れて、新しいものが台頭しはじめるはずです」

 古いものが廃れて、新しいものが――その部分で、ユカはそれぞれ老人と若者たちを見遣ります。そこから自分の思いを注ぎ込むように相手の瞳を覗き込んで、彼は続けました。

「その新しい時代に、呪使い様たちはどのような存在として受け入れられるのでしょう? 人に愛され時代に歓迎される新たな呪使い像を確立されるのか。それとも、古い時代と共に滅びてしまうのか。それは皆様次第。しかし、僭越ながらわたくしの願いを申しますれば――」

 ユカは老人を完全に無視し、ただ二人の若者だけを見据えておりました。
 年若の呪使いたちは、既に虜となったかのように語り部の言葉に聞き入っています。

 そんな二人に向けて、彼はこの夜の締めくくりとなる言葉を、予言を放ったのでした。

「願わくば、どうか新しい時代に生きてください。いずれ現れるであろう、あなた達の新しい指導者と共に――」
「黙れ黙れ黙れ、黙れぇっ! ええええい、黙らんかぁぁぁあ!」

 老呪使いが、幼児が癇癪を起こしたような声を張り上げました。

「こ、こ、このペテン師めが! どこまでも我々を侮辱し、のみならず若造どもを惑わせる使嗾しそうやからめ! きっと貴様の本性は……ああ、ああ! そういうことか! 貴様は人間ではないのだな! 貴様の本性は狐狸こりかイタチか、いや、いっそ地上を跋扈ばっこする悪魔に違いない!」

 そうだそうだ、そうに違いない。老呪使いはなにかに取り憑かれたように繰り返します。
 なにか理解の及ばぬことが、あるいはこうして許容できぬことが出来しゅったいしたとき、すぐに目の前の迷信に飛びつき己の心を守ろうとする、彼は典型的な古い呪使いでした。
 そのさもしさを目の当たりにして、若い二人の呪使いの顔には隠しようもない嫌悪と軽蔑が浮かび上がります。

「悪魔の語り部め! わしは呪使いの威信にかけて、断じて貴様を看過するわけにはいかん!」
「そうですか……それでは、いかがいたしますか? わたくしめを縛り上げて、干からびるまで土蔵に押し込んでおきますか? それとも、一思いに吊るし首にでもなさいますか?」
「……干からびるまで……吊るし首……ふ、ふふ……とにかく、このまま帰しはせんぞ!」

 血走った目で老人がそう言ったまさにその時、リエッキが注文していたのでしょう、店の給仕がなみなみと蜂蜜酒のつがれたゴブレットを運んでまいりました。
 彼女は受け取ったおかわりを、その場で、たった一息で飲み干してしまったのでした。
 それから、まだ立ち去らずにいた給仕に空になった酒杯をぐいっと押しつけて、背嚢から取り出した一冊の本を無言のままユカに差し出します。
 目配せも合図もいらない、それはまったく以心伝心としか言いようのない時宜と振る舞いでございました。

 受け取った本の表紙を撫でながら、ユカは呪使いたちに告げました。
 もはや出番は終わりとばかりに語り部の仮面を脱ぎ捨てて、素の口調、素の自分へと立ち返って、楽しそうに。

「帰しはしない、か。それは困ったなぁ。今夜はもう帰らなくちゃと思ってたところなんだけど。……そう、早く帰らないと。でないともうすぐ霧が出てしまうから」
「……霧? この暖かな、雨すらご無沙汰の春の夜に、霧だと? なにを言うかと思えば!」
「いいえ、霧はいまに必ず出ますよ。こんなに暖かな春の夜に、どこかの真冬から流れ込んだような真っ白い霧が。三歩先すら見えないような濃霧が。なんなら請け合ったっていいんですよ?
 ――そう、説話を司る神の忘れられた御名において、ね」

 その瞬間、突如として店内は煙幕のような濃霧に包み込まれたのでした。

「悪いけど、やっぱり今日は帰らせてもらうよ」

 怯えきった声をあげて慌てふためいている呪使いに、語り部は霧の中から別れを告げます。

「今夜はこれでさよならだけど、でもどうしてもまた僕に会いたいっていうなら、是非とも夏祭りにおいでくださいな。
 いいですか、夏祭りの最後の一日ですよ。きっと来てくださいね」

 やがて、突如として立ちこめた霧は突如として晴れ渡ります。
 そのとき、三人の呪使いたちはいったいなにをそこに見たのでしょうか?

 おそらく、霧と同様に忽然と消え去ってしまった語り部とその連れ添いの残像。それから、テーブルの上にきちんと残された今宵の飲み代。
 たぶん、こんなところでしょう。    

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