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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑/右

■ 三章.かくれんぼでは鬼のことを

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■25 奇数と偶数にかけて、天穹の星の無限にかけて

 左利きとその相棒が再び姿を見せたのは、波乱に満ちた酒場の夜から三日後のことだった。

「おうおうおう、おう! ここで会ったが二百年目だぜ!」
「おぉ、とうとう二百年!」
「おう、祝二百年だこの野郎! めでてええな今日こそぶっちめてやるぜ!」

 もはやおなじみとなった口上と共に現れた宿敵の相棒に、こちらもまたいつもと同様の楽天的な返しで応じるユカ。左利きとリエッキはそれぞれに呆れのこもったため息をつき、それから、敵意よりは親しみのほうが色濃く滲んでいる視線を互いに向けあった。

 一見してなにも変わらない、それまで通りの平和な敵対関係が継続しているかに見えた。
 だが、はっきりと変化した部分は確かに存在した。

 騒々しい呪使いが退場したあとのユカと左利きの対話。変化はその段階に生じていた。
 それまでの、実に百度に及んで繰り返されたこの時間の中で、問答を繰り出すのはいつも左利きのほうだった。
 しかし、この日からは攻守が完全に逆転した。それまでは答える側で有り続けたユカが、次は自分の番だとばかりに種々の問い掛けを宿敵に投げかけはじめたのだ。

 ユカはずけずけとした物言いで思想や感情のことを左利きに質し、また、最大限の敬意をもって彼の痛みに触れた。
 こと語りについては神がかった名手であるユカは、聞き手としても大層な上手であることをここに示した。
 適宜の相槌は相手が言葉を打ち出す手助けを万全に果たし、眼差しはときに話者を叱咤しときに勇気づけた。そして沈黙はあくまでも優しかった。

 問う側から問われる側へと転じた左利きも大いに答えた。問われた内容に対しては完璧な答弁を返し、のみならず、彼は問われた以上のことを話した。
 口調は言葉を重ねる事に熱を帯びて、その加熱の度合いが堕落した呪使いの世界における彼の孤独を物語っていた。己の裡に淀んだ泥を吐き出せる相手を、左利きはずっと渇望していたのだろうと、そう窺い知れた。
 語りすぎている自分に気付いて左利きが口をつぐんだのは最初だけだった。熱弁から抜け出して我に返ったとき、彼は無言のうちに続きを促す語り部の視線に気付いたのだった。
 君の全部を僕に見せてみろと、ユカの瞳は宿敵にそう語りかけていた。
 左利きはその導きに、その挑戦に応じた。以降、彼は一切の遠慮を捨てて語るがままに己のすべてを語った。

 対話の密度は、ここに来て極みに達した。
 一問と一答の狭間には十の理解があり、百の解釈がそこに生まれる。問う側のユカが左利きを読み解くだけでなく、問われる左利きもまたユカを読み解く。
 敵対する者同士の相互理解、剣呑で親密な共鳴。
 数ヶ月にわたり継続されたその作業は、いまこそ最終の段階を迎えていた。

 二人の青年は己を知るように相手を知り、己の言葉を聞くように相手の言葉を聞いた。
 彼らの対決の総仕上げたるそれは七度続いた。
 それより以前の百度にも劣らぬ七度だった。

 そして、八度目に終わりを迎えた。
 二人と二人、四人で歩んできた旅路の日々とともに。



「――そのようにして、百獣の姫君は骨の魔法使いと呼ばれる存在となったのです。説話を司る神の忘れられた御名において、ご静聴のほどまことにありが……あの、だいじょうぶ?」
「えぅ、えぐ、ひっ……う、うるっせえばっきゃろう、泣いちゃいねえよ誰が泣いてるかよ!」

 酒場の夜――左利きが不慣れな暴力を行使しユカが悪を演じたあの夜から半月が過ぎたその日、四人の姿は河岸に続く道の上にあった。

 あの夜に中断していた物語の続きをユカが譚ってやると、左利きの相棒もあの夜の続きとばかりに目元を潤ませ、物語が終わりを迎える頃には顔中をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
 聴衆の涙を報酬の一部としているユカでさえ滅多に出会えぬ程の反応を見せた彼は、案じる声をかけてくる語り部から涙を隠すようにしてその場を離脱した。

 嗚咽を漏らしながら離れていく呪使いの背中を、残された三人はそれぞれ苦笑や呆れ顔を浮かべて見送った。
 天は高く、日和はうららかだった。春の先触れのように暖かな午後、険難なもののすべてが世界から消え去ったかのような、いかにも平和な昼下がりだった。

 そんな弛緩した空気の中で、ユカが、相手のほうを見ることもなく左利きに言った。

「君に決闘を申し込もうと思うんだ」

 まるで天気のことでも話題にするような気楽な口調で、ユカはそう切り出した。
 彼がなにを言ったのか、誰もすぐには理解することが出来なかった。

「君に決闘を申し込む」

 真っ直ぐに宿敵へと向かい直り、ユカはもう一度言った。今度は打って変わったような真剣な態度と口調、真剣な眼差しをしていた。
 リエッキも左利きも、しばらくはただ唖然として彼を見つめるばかりだった。

「……なんだそれは? どういうつもりだ?」

 ややあって、ようやく左利きは言った。怜悧冷徹な呪使いが当惑を面に張り付けていた。

「どういうつもりもこういうつもりもない、言った通りさ」

 応じて、ユカはさらに続けた。

「もちろん、たった一度の決闘で君との決着がつけられるなんて思わない。だけど、僕らはもう十分以上に言葉を交わしたはずだ。だから、これ以上の対話に意味はない。

一度お互いに今ある材料を全部出し切ってぶつかりあってみるまではね」

 対話の時間は終わって、いまこそ行動の季節ときだ。ユカは最後にそう言い加えた。

 左利きは、しばし沈黙のうちに思案を巡らせていた。
 それから、諦めたように言った。

「貴様が突拍子もない男だということはわかっていたつもりだが、まさかこれほどとはな。始末に負えん。そう、なにが一番厄介だといって、言ってること自体は嫌味なほど正しいというあたりだ。
 ……ああ、まったく始末に負えん男だよ、貴様は」
「それじゃ、受けてくれるの?」

 仕方があるまい、というように左利きはかぶりを振った。
 それから、彼はまなじりを決してユカを見つめた。

「それで、どのようにして雌雄を決するつもりなのだ? その場所と時間は? 明日か? 来週か? それとも、今日この場でこれからか?」
「……君もときたま妙なところで突飛だよなぁ。なにもそんなに生き急がないでも」

 そんなんじゃすぐ年寄りだよ? とユカ。
 左利きが憮然とした態度で腕を組んだ。


「ここから北の方角、たぶん距離にしたら一月もかからないかな。そこにね、ちょっとは世間に存在を知られてる森があるんだ。まぁ、今のところは悪評でだけどね」
「骨の魔法使いの森、か」

 正解、とユカは肯いて言った。そしてさらに続けた。

「そこからさらに行ったところに、その一帯では一番大きな街がある。五日も続く盛大な夏祭りで有名なんだ。で、そのお祭りの最終日、まさにその場所で僕らは勝負をつけるんだ」
「祭りに湧く街のまっただ中で、か? なぜわざわざそんな場所を選ぶ?」
「うん。実はね、僕がはじめて物語師という人種に出会ったのはそのお祭りでなんだ。大袈裟な言い方かもしれないけど、僕の原点がそこにあるんだ」

 言いながら、ユカは一瞬だけ遠くを見る目となった。

「……つまりなんだ、貴様はこの私を、自分の感傷に付き合わせようというわけか?」
「付き合ってくれないの?」

 眉根を寄せる左利きにユカが言った。物怖じしないというよりは相手が応と言うのを信じきっているような口調だった。
 とてもじゃないが決闘の申し込みをしているようには見えない。

「……とりあえず一つ、気にかかることがある」

 結局、左利きはそれ以上反論せずに話しを進めた。ユカは笑顔で「うん」と肯いた。
 左利きは深々とため息をついた。それから、再び鋭い視線をユカに据えて、切り出した。

「夏にはまだ半年もある。半年後、貴様は本当に現れるのか?」

 方便を用いて自分から逃れようとしているのではないのかと、左利きはそう言っているのだった。
 当然の、抱いて然るべき疑念だった。

 しかしこれに対し、ユカは「なんだそんなことか」とでも言うように明るく笑った。
 彼は言った。

「そんなことで逃れられるほど君が手ぬるい相手なら、僕とリエッキはこんなに苦労しちゃいない。
 それにさ、ひとつだけ世の中の真理ってものを君に教えてあげるよ」
「なんだ?」

「――運命や宿命といったようなものから、人はそう簡単に足抜け出来ない」

 得意げに言って、「知らなかったでしょ?」とユカは左利きを見遣った。
 左利きは、しばしきょとんとした顔をしていた。しかしややあってからふっと笑みを浮かべて、「ああ、知らなかったな」と応じた。
 彼はひどくさっぱりとした顔をしていた、そこに、もはや疑念は残滓も見受けられない。

「そういえばさ」

 ユカが、友人に語りかけるような調子で宿敵に言った。

「君が言うように夏までにはまだ時間がある。そのあいだに君にもやっておいてもらいたいことがあるんだけど」
「なんだ?」

 左利きも極自然に応じた。話しが勝手にまとまりかけていることを気にもしていない。

「うん、さっきも言ったとおり、そのお祭りには呪使いもたくさん来るはずなんだ。だから」
「くだらぬ横槍が入らないよう呪使いの動員を抑えろと? おい、私にそんな権限は――」
「違う違う。そうじゃないんだ」

 ユカは慌てて遮った。

「僕が頼みたいのはその逆だよ」
「その……逆?」
「うん。あのね、お祭りの最終日、つまり君と僕の決闘の現場に一人でも多くの呪使いが集まるよう、お仲間たちに君から働きかけて欲しいんだ。手段は問わないからさ」


 左利きが、今度こそ言葉を失った様子を見せた。しかしユカは構わずに続けた。

「だって、一世一代の決闘だもの。見物人は出来るだけ多い方がいい」

 ことさら不敵な物言いで彼は言った。

「それに呪使いなんて、何人いたってまるっきり物の数じゃない」
「……おい、その物言いは流石に聞き捨てならんぞ。撤回し――」
「呪使いなんて、何人集まったって僕らの決闘の邪魔は出来っこない」

 撤回を求める声を遮って、逆に強調するようにユカは言った。
 彼は宿敵をじっと見つめて、最後まで言い切った。

「だって、たとえ呪使いが千人集まったところで、その中に僕の敵は一人しかいないんだから」

 もうその日何度目になるだろうか、左利きが面食らって言葉を詰まらせた。
 それから、彼は背をのけぞらせて笑いはじめた。いつもの皮肉げな含み笑いではない、腹の底からの大笑だった。目尻には涙すら浮かべていた。

「おい、語り部」

 笑い涙を拭いながら左利きが呼びかけた。

「貴様が物語るときの呪文は、なんといったか。ほら、なんとかの神の御名において、というあれだ」
「あれは別に呪文でも祝詞のりとでもない、ただの口上――」
「誓うか? その神に」

 真摯を極めた視線が、真っ向からユカを貫いた。
 その瞳の圧に一時息を詰まらせそうになりながら、ユカもまた同じ眼差しを宿敵に返した。

「うん、誓うよ。説話を司る神の忘れられた御名において、君との再会を」
「ならば、私も誓おう。奇数と偶数にかけて、天穹てんきゅうの星の無限にかけて、貴様との決闘を」

 語り部の口上に、呪使いの呪文が応じた。
 迷信の言葉には強い言霊ことだまが宿っていた。

 誓いは交わされた。そしてその後まもなく、彼らは別々の道に別れて歩きはじめた。
 こうして、数ヶ月を共にした仮初めの四人一組は解散したのだった。

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