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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑

■ 一章.図書館のドラゴンは夢を見続ける。

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◆3 ユカ

 翌日、ユカは十四年住んだ屋敷に別れを告げて出発しました。母とは共に抱き合い息災を祈りあって、獣たちには母をよろしくと頼んで。
 森を抜けるまでの間、見送りの獣たちが次々に顔を出しては彼との名残を惜しみました。ちょうどユカが拾われた、あの夜と同じように。

 こうして彼は旅立ちました。揺籃の森を後にして、途方もなく広がる世界へと。

 彼はまず東へ向かい、幾度か母に連れられて訪れたことのある街道筋の街で、はじめて人里の宿に憩いを求めました。生来備えた素直な性格はここで早速幸いし、ユカは宿主夫婦や泊まり合わせた客たちから厚遇を賜りました。
 お客と亭主の垣根を払って歓談に湧いたこの夜、ユカは客の一人から山向こうにある平原の都の話を聞かされ、すっかりそれに魅了されてしまいます。
 彼は旅の最初の目的地をまさにそこと定めて、翌日から街道に沿って南へと進路をとりました。ユカは先々の村で宿をとり、また出発から三日目の夜には露宿の味も覚えます。

 森を発ってから一週間後、ユカは一風変わった家族と出会い、すっかり意気投合します。
 壮年の夫婦と二人の娘からなるこの家族は遊牧民ならぬ遊牧民、蜜を求めて西から東を回遊する放浪の蜂飼いでした。馬車の荷台では蜜蜂たちがブンブンと騒がしく羽音を立てています。
 この家族が、それからしばらくのあいだユカの道連れとなりました。
 ユカは一家と寝起きを共にし、なにくれとなくその仕事を手伝い、遊びと団欒の輪に加わりました。
 ここでも持ち前の人好きする性格は大いに幸いしましたが、それよりなにより役に立ったのは彼の生い立ちそのものでした。
 自然の中で育ったユカは、複雑な養蜂の仕事を瞬く間に理解して覚えてしまったのです。
 一家の父が舌を巻くほどの天性の勘を発揮するユカに家族はすっかり信頼を預け、ほとんど第五人目の家族のように遇してくれました。
 遊牧民というのは普通、街や村々とはさほど関わりを持たずに暮らしているものです。しかし蜜蜂は作物の受粉を司る大事な動物で、一家は村々にとっては季節季節に請うてまで出向いてもらうほどの大切な客でした。
 街道筋のどの村でも蜂飼いの家族の覚えはめでたく、その一員とみなされたユカもまた一家と同様のもてなしを受けました。
「世の中に悪い人はいないなぁ」と、旅立ってこのかた人々の好意に浴し続けてきたユカは思います。
 そしてまた志しを新たにします。この優しさを、暖かさを、いつかは母をはじめとした魔法使いたちの上にももたらさん、と。自分は物語ることでそれを為さん、と。

 やがて別れの時は来ます。
 街道の果て、この地方を南北に遮る山脈の麓の村で、ユカと家族はその後の行く先を別とします。家族は街道を引き返し、そしてユカは山越えの道へと。

「なぁユカ」と一家の父が言います。「あんた、いっそこのまま俺たちの家族にならないか?」
 この誘いに、ユカは「お父さん、ありがとう」と答えます。
「だけど、ごめんなさい。僕にはどうしてもやりたいことがあるんです」
「それは、大事なことなんだな?」
「大事なことです」
 ユカは間をおかずに肯きます。
「まさに一生を賭すに値することです」

 その意思の揺るがぬ様を確認した一家の父は、まずは己も固く肯いてユカに応じ、それから妻と二人の娘にも諦めるよう促しました。
「俺たちの息子を、ひとつ快く送り出してやろうじゃないか」と彼は言いました。
 女三人はそれぞれ悲しい顔に無理に笑顔を浮かべて肯くと、蜂蜜やそれを使った保存食、それに蜂蜜酒などをごっそり荷馬車から持ってきて、ユカに差し出しました。

「山越えの前に荷物を増やして悪い気もするが、持ってってくれ。入れ物の水差しとかはあとで路銀に変えてくれたらいいから」
 父親が一家を代表して言いました。
「さよならユカ。短い間だったが、あんたは確かにうちの家族だったよ。息災でな」

 ユカは家族全員と順番に抱擁を交わして別れを惜しみ合うと、何度も振り返って手を振りながら山道を登りはじめました。
 一家の姿が木々に遮られて見えなくなるまで、何度も。
 こうして実に一ヶ月ぶりに一人に戻ったユカは、背嚢の重さを苦にも思わず、どころかその重みに一家の愛を感じながら、これまでのところ順風満帆そのものであった旅を続けます。

 ですが山道を数時間ほど進んだとき、彼の旅路は、はじめての障害に見舞われたのでした。

 普請された山道を塞いで旅人たちの通行をせき止めている物々しい集団。偉そうな態度の武装した兵士と、彼らに輪をかけて偉そうな呪使いたち。ユカの前に現れたのはそれでした。
 苦い顔をして引き返そうとする行商人をつかまえて、ユカは事情を尋ねてみました。

「山狩りさ。山向こうの領主様が、この山の主の首をご所望だそうだ。それで『怪物退治に民草の巻き込まれる悲劇を避ける為、一切が終わるまでこの道通ることまかりならぬ』ってな。チッ……お為ごかしを言いやがって。ようは邪魔だから通るなってことなんだろうがよ」

 行商人は毒づきながらそう答えると、そのまま山道を逆に引き返して行きました。
 ユカは、なんだかひどく腹が立ちました。
 ひとつにはもちろん、己の都合で山道を封鎖してしまう領主の身勝手が気に入りません。
 しかしそれ以上に彼の心に兆したのは、愚かな権力者の欲に狙われて命を危うくしている山の主とやらへの強い憐れみの念でした。ユカが育った森にはそういう事情に逐われて居場所をなくした獣たちが無数に住んでおり、それらはみんな彼の友達だったのです。

「……山の主に会おう。そして、せめてこの僕は味方になってやろう」

 そう思い立つが早いか、ユカは身を翻して山中に分け入っています。
 道なき道をほとんど自在に馳せて。獣同然に四つ足で駆けて。山狩りの集団を、一人で完全に出し抜いて。
 まさしく自然児の面目躍如といった態でユカは山中を疾走します。
 やがて人跡未踏の境界をそうと知らぬまま踏み越えて、それでもユカは止まりません。

 陽は傾いて、月が星たちを引き連れて中天に現れます。
 そして、鳥の声が夜の猛禽のそれへと変化しはじめた頃。
 ユカはついに探していた相手に出逢ったのでした。



 読者よ。私はこれまでユカについて語ってきました。ユカという一人の少年の生い立ちを。
 しかし、これからは一人でなく、ふたりについて語りましょう。
 ユカは出会います。旅立ちから一月と三日目のその夏の日に。
 それが探していた山の主であることは一目で知れました。しかしその瞬間、発すべき言葉は出てきません。言葉は失われて、代わりに漏れ出たのはため息。感嘆の吐息でした。

 最初に目に飛び込んだのは色彩。いかなる宝石も恥じ入るばかりの、天下無双のくれない
 それから翼。形は蝙蝠のそれに似て、しかしその偉容において決定的に異なる美しき翼。
 そして、金色の瞳孔と吸い込まれそうな虹彩からなる、知性の輝きを宿したその瞳。

 骨の魔法使いの森にも存在しなかった幻想の獣。ユカはその名を陶然と口にします。

「ドラゴンだ……」


 物語がふたり目の主人公を得た、これがその劈頭第一へきとうだいいちの瞬間でした。

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