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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑/右

■ 三章.かくれんぼでは鬼のことを

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■20 宿敵

前回中途半端な部分で区切ったせいで今回文章量少なめです。
「なんだか可哀相になるほど覿面てきめんに決まったね。うん、流石は高原の少数部族の末裔」
「……血に眠る父祖の声が聞こえたような気がするよ。茶番もいい加減にしとけってな」

 役柄に応じた台詞で不平を述べるリエッキに、ユカがおかしそうにくつくつと笑う。
 はん、彼女は呆れたと態度で示す。まったく、本の魔法使いだかなんだかよりも、こいつの場合は茶番の魔法使いとでもいったほうがしっくり来る。リエッキはそんなことを考えていた。

 小休止にも似た安寧が二人の上に満ちる。
 しかし、ほんの束の間その空気を楽しんだ後で、二人はまったく同時に表情を引き締める。
 そして視線を、この場に残るもう一人に向ける。

 くつろぎと談笑の完全な部外者、左利きは、悠然とすらみえる所作で馬の首を抱きさすっていた。彼の馬は落ち着きなく前脚で地面を引っ掻きながら、それでも逃げ出さずにその場に留まっていた。主の持つ強靱な意志と自制心、それが乗り移っているかのように。

「……あの男にはどうも調子を狂わされる。思えば一月前、あの酒場での夜もこうだったな」

 馬を撫でながら左利きが嘆息する。畏怖の瞳はリエッキに釘付けたままではあったが、馬は大きく身震いしたあとで土を掻くのをやめた。左利きは褒めるようにその首を優しく叩いた。
 それから、彼はようやくこちらを向いた。

 秋空が冬の色彩を帯びた、そんな錯覚にリエッキは襲われた。気温とは無関係の寒さが肌を刺した。

「いや、あの夜だけではない。六年前も、貴様はそんな風に我々を茶番でやり込めたのだ」

 豺狼さいろうの笑みが理知の横顔を覆い隠した。左利きの眼差しは、先ほどリエッキが覗いたそれとはまったく別のものに変貌していた。
 獲物を見る蛇の目、寒気を感じさせる湿った眼へと。

 どちらがこの男の本性なのだろうか。それを判ずることが、リエッキには出来なかった。

「懐かしいなぁ、貴様はまったく変わっていないんだ。懐かしい、懐かしいよ、なぁ語り部」
「なんだか」ユカが応じた。「随分と嬉しそうじゃないか」
「嬉しいとも」即答で左利きは認めた。「再びまみえた貴様が、記憶の中にある貴様のままであったことが。そして、記憶の中の貴様よりも手強く成長していたことが、私は嬉しいのさ」

 嬉しい、ああ、大いに嬉しい。そう繰り返して左利きは笑う。
 それから、彼は言った。

「懐かしいといえば、そこの女」

 出し抜けに名指されて、リエッキが虚を衝かれた顔となる。

「どうやったのかは知らないが、さっきのは見事だったぞ」
「……はん、そいつはどうも。けど、どうしてそれが懐かしいに繋がるんだよ?」

「あんたは美しい」

 リエッキの問いを無視して左利きは言った。
 唐突過ぎる物言いにリエッキが口をぱくぱくさせる。しかし相手は構わずに続けた。

「あんたは美しい。ことにさっきのあんたは一段と……そう、恐ろしいほどに美しかった。だから、我ながら馬鹿げているとは思うが、連想したのさ。
 あんたの畏敬を覚えるほどの美に、六年の昔に目撃した、幻想の獣を――」

「それで、君はいったい僕らを――いや、僕をどうしようっていうんだ?」

 リエッキに結ばれた視線を遮るように、ユカが彼女の前に立った。その瞬間、彼女は自分が極度の緊張に置かれていたことを、そして、親友によりそこから救われたことを知った。
 それから、ひどく意外な思いにとらわれた。

「君の目的は僕のはずだろ? 相手を間違えるなよ、まじない使い」

 そう言った彼の声には、それまでリエッキすら一度も聞いたことのなかった種類の意思が張りつめていた。
 それが敵意と名付けられるものであるということには、少し遅れて気付いた。

 二人の若人は無言のまま見つめ合う。双方ともに、揺るぎのない眼差しで。
 先に視線を逸らしたのは左利きだった。彼はどこか満足げに声を出さずに笑んだ。

「どうしようっていうのか、か。そうだな……とりあえず、特にどうにもしない」

 あっさりと言って左利きは馬に跨る。彼は完全に拍子抜けしている二人に馬上より告げた。

「今日はここまでだ。生憎、相棒を探しにいってやらねばならぬからな。あんなのでも一応相棒なのだし、それにあれでなかなか役立つところも見せてくれる。たとえば今日のようにな」

 それに、と左利きは続けた。

「それに今日、私は確信を新たにしたのだ。私と貴様は、やはりいかなる刃にも断てぬ因縁で結ばれているのだということを。因縁……いや、きっとこういうのを宿命と呼ぶべきなのだろう。だから……語り部よ。物語の担い手である貴様であれば誰よりもよくわかっているだろう? 

 運命とか宿命とか言ったものから、人はそう簡単に足抜け出来ない」

 道理を説くような口調で言うと、左利きは相棒の駆け去った方向へと馬首を廻らせた。

「もとより、我々の関係は今この場で精算出来るような安いものではないのだ。ならば焦る必要はない。それに貴様がどこに向かっているにせよ山路は長いのだ。幸いにも、な」
「ひとつ、聞かせてもらってもいいかな?」

 去りゆく左利きの背にユカが質問を投げた。

「君の相棒がさっき本の魔法使いって言ってたのを聞いたけど、あれは僕のことだよね?」
「そうだ。あの男が勝手に名付けたのがはじまりだったが、書簡しょかんやなにやらでもその名で通していたうちにすっかり公式のものとして扱われているらしい。貴様には遺憾かもしれんがな」
「呪使いたちのあいだでは僕は本の魔法使い、か。公式にね」

 諦めたようにユカは相手の返答を噛む。
 そのあとで続けた。

「けど、君はただの一度もその名で僕を呼ばなかったね」

 肩越しにこちらを見ながら、左利きは鼻で笑った。なんだそんなことか、とばかりに。

「貴様の本質は物語師、語り部だろうが。本はただわかりやすく見えている表層でしかない」

 当然だろうとばかりに言い捨てて、左利きはそのまま別れも告げずに去っていった。

 左利きの姿が見えなくなってから、ユカは長く息を吐いたあとでリエッキに笑いかけた。

「やっぱりおっかないやつだ」とユカは言った。「おっかなくて、でも少し面白い」 

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