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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑

■ 三章.かくれんぼでは鬼のことを

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■14 かつて少年だった二人の青年

 ユカと若いまじない使い。
 二人の青年がそれぞれに向けあうのは笑みであり、そこには不穏を感じるべき要素など一見の上では皆無である。
 にも関わらず、リエッキは不安を孕んだざわめきに胸を乱されていた。
 呪使いの表情は友好的なものだったが、しかしそれはいささか友好的に過ぎた。親しみの表明は誇張を明白に感じさせて、だから、かえってその裏面りめん糊塗ことされた別の感情の存在を彼女に気付かせずにはおらなかったのだ。

 だが、真にリエッキを警戒させたものは、それよりもさらに一段深い領域にあった。

「ご歓談に水を差してしまったようで、まこと申し訳ない」

 呪使いの青年がそう詫びた。ユカだけでなく、彼はリエッキにもちらと目線を寄越した。

「途中からなのが残念ですが、堪能させて頂きましたよ。素晴らしき物語を。そして、今昔こんじゃくに並ぶ者の無き(かた)りの技術わざを」

 そう賛辞を口にした彼はまったく言行一致した表情をしていた。
 それこそがリエッキに最たる不穏を感じさせる要素であった。
 青年の友好の態度は明らかに作られたものであるのに、しかしそこには本心からの親しみも確かに感じられるのだ。しかも、なにか得体の知れない生々しさを持った親しみが。

 魔法使いの地位向上を目的としたユカの物語は、時に立場上相容れぬはずの呪使いすら魅了する。年配の呪使いを憤慨させて譚りを中断されることもしばしばだが、若手の呪使いに熱の籠もった口調で感動を伝えられることもまた少なくない。
 しかし、いま目の前にいる青年の瞳の奥にあるのは、そうしたにわかな熱意などでは断じてない。むしろそれは長の年月をかけて煮詰まった感情であるように思えた。

 ユカを見つめる彼の視線は、千載の果てに再会した友人や恋人を、あるいは獲物を見る目であった。
 リエッキの警戒は否が上にも深まる。
 この男はユカにとって危険な存在だと、本能が警鐘を鳴らしている。


 これが第一の瞬間であった。
 それから後、彼女の親友と深い因縁を結ぶこととなる宿敵、『左利き』との、これがその最初の接触だった。


「お褒めに与り光栄です」とユカは丁寧に応じた。「しかし一介の若輩者にはいくぶん勿体なきお言葉です。わたくしはいまだ修行中の身の上、まだまだ先達には遠く及びも――」
「いやいや、どうかご謙遜召されるな」

 呪使いの青年――左利きがユカの言葉を遮って言った。親友を見つめる瞳が収縮するようにすぼまり、次には円く瞠られた。蛇のようだ、リエッキはそんな印象を受けた。

「要らぬ誤解を避ける為にまずは明かしておきますが、私は……この通りのものでしてね」

 言いながら、左利きは鎖に繋がれた鉄製の護符のようなものを取り出してユカに見せた。掌大の鉄碑には杖を持つ老人の姿が象られている。
 呪使いの身分を証明する品だった。

「なんと、呪使い様でしたか」

 さもそのときはじめて気付いたというようにユカが驚きの演技をする。

「まったく、恐れ入るばかりです。今夜の物語、呪使い様にはご不快な部分もあったかと思いますが……一つ、酒の店でのたわむれとご容赦いただきとうございます」
「いえ、こちらこそそう畏まらないでいただきたい。そもそも私がこうして身分を明らかにしたのも、あとからそれが露呈したのでは余計に萎縮を与えてしまうやもしれぬとそう考えたからこそ。
 私はね、語り部殿、ただあなたと言葉を交わしてみたいだけなのです」

 なかなか腹を割ってというわけにはいかぬでしょうが、しかし立場を気にした緊張もまた無用に願いたいのです――そう告げて、左利きは鷹揚に笑ってみせた。
 堂に入った振る舞いだった。
 これに対し、ユカもまた語り部としての挙措は崩さぬまま笑顔で相席を勧めた。

「話しを戻しますが、今夜の物語は実に素晴らしきものでした」

 空いている三つ目の椅子に腰掛けながら左利きは言った。

「壮大にして、曲折を辿りながらも最後には見事収まるところにすっと収まる。その過程には涙があり、運命があり、そして……この私にとって痛快極まるくだりも含まれていました」
「と、申しますと?」
「呪使いの老人が敵役として無様を晒した、あの場面ですよ」

 そこで、左利きはわざとらしく声をひそめた。

「あまり大きな声では言えませんが、呪使いの行き過ぎた権威主義や魔法使いへの態度を快く思わぬ者は、当の我々の中にもほんのいくらかはいるのですよ」
「そうなのですか」
「そうなのです」

 左利きはほとんど間髪を容れずに応じた。

「我々呪使いには長い歴史と、その歴史に培われた受け継がれてきた知があるのです。にも関わらず、現在の呪使いの社会はその歴史の権威に雁字搦めにされている。慣習は慣習であるというだけで重要視され、実際の面は常に疎かにされ続けています。これでは宝の持ち腐れではありませんか。それに神秘の使い手を自負しすぎる余り神秘に振り回されて、つまり、己の神話に溺れる神も同然というもの」

 一語を重ねる事に、若き呪使いの雄弁には熱が籠もる。

「そして極めつけが、なにかといえば魔法使いを意識せずにはおられない習性です。私に言わせれば、あんなのは立場の優越で擬態した劣等感の表れに他なりません。そして呪使いの側がいくら彼らを意識しようとも、魔法使いの方は呪使いなどまるっきり歯牙にもかけていない。悪意の空回り。惨めといえばこれ以上の惨めなど他にないと、そうは思いませんか?」

 左利きがそう同意を求める。その眼には爛々とした光が、なにか尋常を越えて危険を感じさせるそれが宿っていた。
 ユカは応とも否とも答えずに、ただ曖昧に笑みを浮かべるに留めた。

「いや、これは失礼」

 呪使いの青年は取り繕うように再び笑顔を浮かべた。

「無論、いま話したような内容はおいそれと口に出来るものではありません。ですが語り部殿、あなたにならば己の腹の中身をお聞かせ出来るような、そういう気がしたものですから。
 とにかく、私があなたの物語に快味を覚えたのは、つまりこういう考えがあるからなのです」
「なるほど」
「実は、語り部殿。あなたのお噂はかねがね耳にしていたのです」

 左利きが、ユカを固く見据えて言った。

「魔法使いの物語を譚る語り部がいると。それは希代の物語師で、さながら魔法のような話術の持ち主である、と。そう、魔法のような……
 ところで、さっきの物語の最後に登場した語り部の――そして魔法使いの――少年は、順当に成長していれば今頃は私と、そして、あなたと同じ年配に当たるのではないかと考えたのですが、いかがですかな?」
「おそらくはご想像の通りかと思います。師匠である踊り子と別れて、今頃はどこぞの旅の空にあるものか……残念ながら、わたくしもそこまでは存じません。しかし、彼のような端役のその後にまで思いを馳せていただけたとは……物語師としては嬉しい限りですよ」

 相手の探るような言葉を受け流して、ユカは平然とそう応じた。
 笑みは浮かべたままで、再び蛇の視線がユカを捉えた。ユカは涼しげに左利きのその眼を見つめ返す。
 円卓には沈黙が供ぜられ、その上を二つの視線が交差する。
 リエッキは口の中が渇くのを感じていた。しかしゴブレットは空で、おかわりの注文はまだしていなかった。

 実際以上に長い数瞬が流れたあとで、最初に沈黙を破ったのは左利きだった。

「私は、てっきりあなたがその少年なのではないかとそう思ったのですが」

 彼は言い、さらに続けた。

「まぁ、それはどうでもいいんです。それよりも重要なのは……語り部殿、私は実は、さっきの噂を耳にするよりも以前からあなたのことを知っていたのですよ。とはいえ、噂の主があなたであるなどとはまったく予想もしていなかったことですが」
「なんと、そうだったのですか」とユカ。「それはつまり、どこかの酒場の夜にでもわたくしの生業なりわいを見聞きしたとか、そういうことなのでしょうか?」

「いいや、私があなたの商いに触れるのは今夜が初めてですよ。どころか、あなたが語り部になっていたことも今日はじめて知ったほどだ。
 しかし――あなたの譚る物語に、商いとしてではない物語それに接したことは、ある。そう、ずっと、ずっと以前に」

 そこで左利きは言葉を切った。
 誰もなにも言わなかった。
 どういう意味ですかと、あるいはそれはどこでと、ユカもリエッキもそれを尋ねなかった。左利きに言葉の先を促すこともしなかった。

 沈黙が、再び場を満たした。さっきよりも意味深で、さっきよりも息苦しい沈黙が。

「……あれは五年、いや、六年前だったな」

 そして左利きは語りはじめた。

「私はまだ子供だった。そして、語り部よ。貴様もおなじように子供だったな」

 彼の雰囲気は一変していた。
 友好の仮面は剥がれ、笑顔はあまりにも生々しい色調を帯びていた

 夜は深まり続ける。客たちはその大半が既に引き上げ、店内は空席がほとんどとなりつつあった。
 それに、空気がひどく冷え込みはじめていた。
 人間の肌身に、リエッキは冬を感じた。彼女は小さく身震いした。

「我々は異なる陣営に属していた。対立して、敵として。とはいえ、私は大人たちに……無能な大人たちに埋没して物の数ではなかったが。しかし、貴様はそうじゃなかった。私は見ていたのだ。我ら呪使いをただ一人で翻弄する子供を、私は二つの眼に焼き付けた。
 今夜は――」

 二つの視線が真っ向からぶつかる。
 二人の青年は互いに笑みを浮かべたまま。
 しかしその笑顔は張りつめていて、和やかさは偽装されたものを含めて完全に蒸発していた。

「――今夜は随分な美人と一緒じゃないか。竜ではなくて。なぁ、山の神の使いよ?」
「覚えてるよ。あのとき、確かに領主の陣営には子供がいた。そうか、君があの――」

 ユカがそう言いかけた時、閉店を間近にした酒場の扉が乱暴に押し開けられた。
 開かれたドアからは杖を手にした呪使いが現れ、そのあとに四,五人の男達が続いた。

「旦那! 待たせたな! 申しつけられた通り、人を手配してきたぜ!」

 二人よりいくらか年上と思しき呪使いが、騒々しく左利きに告げた。
 左利きが、心底忌々しそうに舌を打って立ち上がった。

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