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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑/右

■ 一章.図書館のドラゴンは夢を見続ける。

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◆2 ユカ 



 読者よ。私たちの時代には、神秘の担い手はただ二つの人種に分かたれていたのです。魔術師という名の新人類が歴史の上に登場する、それ以前のことです。

 そのひとつはまじない使い。

 これは儀式や呪文など、論理と形式によって種々の神秘に働きかける者たちです。才ある者が幼少よりたゆまぬ努力に奮励を重ね、そうしてなお限られた一部の英才のみが辿り着くことの出来る狭き門――それが呪使いです。
 我々の時代、権力の中枢には常に呪使いたちの姿がありました。天地万物の知識に通じた彼らは諸国の王侯に重用され、また彼らの方からも積極的に権力の座へと働きかけたのです。
 こうしてあらゆる王城宮殿で信任も厚く遇され人心の尊敬も集めた呪使いですが、しかし肝心の神秘については、その力は余りにも不確かで目に見えぬものでした。雨乞いや祈祷をはじめとした各種の儀式も、杖を振りかざし唱える呪文の数々も、確たる効果は発揮しません。
 彼らは神秘ではなく、むしろ修行の過程に身につけた知識と経験をこそ買われていたのです。

 さて、もう一方の神秘の担い手、これが魔法使いでした。

 呪使いが脇目も振らぬ努力の上に出来上がるのに対して、魔法使いは志願してなるものではありません。
 強い想念を秘めた者たちが、あるいはただ純粋な気持ちでひとつのことに一念を捧げていた者たちが、ある日突然そのひたむきさを資質もとでにして目覚める――それが魔法使いです。
 むしろなりたいと思っていると決してなれない、そんな矛盾した存在だったのです。
 では、彼らの振るう神秘はいかなる物であったのか? その霊験のほどは?
 一言で言ってしまえば、それは奇跡そのものでした。直接的にして、目にも見え音にも聞こえ、もたらす結果もまた強大。
 真夏を氷の色に染める物語の読み手があり、あらゆる苦痛を消し去る色彩の担い手があり、命を持たぬ刃物や日用品をも動かし踊らせる舞踏の舞い手がありました。
 彼らの魔法に共通した形式や決まり事はなく、論理らしきものもそこにはありません。銘々が己の色を反映させた魔法の使い手で、むしろその奔放さにおいて彼らは共通していました。

 当然のことながら、こうした魔法使いのデタラメさは呪使いたちにとっては不快千万、面白くないを通り越し、もはや許し難くさえあったことでしょう。すべての呪使いは魔法使いに強い憎悪を抱き、その神秘の御技に熾烈なまでの羨望と妬み心を疼かせたのです。
 かくて呪使いたちは己の影響力を大いに用い、魔法使いの悪評を天下に流布しはじめたのです。己の仕える王侯に讒言を囁き、魔法使いたちを社会の暗闇へと逐いはじめたのです。
 こうした呪使いの悪意を結果として助けたのは、他ならぬ魔法使いたちの純粋さ、風評の類に一切頓着しないその性格でした。
 根も葉もない黒い噂の数々を正すこともなく知らずのうちに引き受けて、いつしか彼らはすっかり邪悪の象徴へと貶められてしまいました。

 そして、その邪悪の筆頭が骨の魔法使いだったのです。

 魔法使いの魔法はそれぞれ形ある媒体に宿ります。そして骨の魔法使いの場合のそれは動物の頭骨でした。
 ただでさえ邪悪の象徴とされる魔法使いにいかにも不吉な骨の印象が相乗すれば、答えは明白です。
 世の人々は彼女を恐ろしい魔女、呪われた女と信じて疑いません。

 ユカはその実際を幾度と無く目にし、それ以上に耳に聴きました。

 十歳だったユカは十一歳となり、十二歳となっていました。
 あの最初のおでかけの後も、彼の養い親は折に触れて我が子を街へと連れ出しました。
 大抵が祭りの期間とあって街壁の中は浮かれる人たちでごった返しの有様。その活況の内訳には旅芸人の一座が含まれ、流しの大道芸人が含まれ、そして、もちろん物語師たちが含まれています、
 ユカは自由時間の大半を費やして、出来るだけ多くの物語師を探しました。そして渡された小遣い銭を差し出して注文を告げました。
 骨の魔法使いの物語を買いたいんだけど、と。
 物語師たちはそれぞれに商売道具を爪弾いて、楽器を持たぬ者は大仰な身振りをその代わりとして、請われるままに譚りました。
 物語の内容は多岐に渡り、題材の人気の程を伺わせます。
 しかし、その中にユカの良く知る母を譚ったものは一つとしてありませんでした。
 骨を食む醜女、墓を暴く簒屍鬼、それに子供を拐う鬼女――
 なんと呆れるより他にないような虚事(つくりごと)の数々でしょう。しかも最後の『子供を拐う鬼女』の話に登場する拐かされた子供というのはなんと他でもないユカのことを語っている様子で……おそらくは彼の実の親が子捨ての後ろめたさを隠すために魔女の伝説を利用し、それが物語師たちの耳に入って彼らの創作へと結びついたのでしょう。

『私があなたを見失うもんですか。私は、あなたの母様なんだから』

 いつかの約束通り、母はいつでも彼女のほうからユカを迎えに来てくれました。ちょうど物語が終わったその場面へと来合わせたこともあります。
 そのとき、物語師がとろけるような瞳で彼女を見ていたのをユカは見逃しませんでした。
 むっとした気持ちを顔に出さない為に彼はかなりの苦労をしました。つい今し方『醜女』と言ったのはどの口だ、そう思っていました。

 こうして祭りの度に臍を噛む思いを味わいながら、それでもユカは熱心に物語を求めます。
 語り部たちの一挙手一投足に注目し、話術に耳を傾けます。聴衆たる自分に向けられる目線を逆に捉え、翻った立場からそれを考察します。空白の時宜と緩急、その効果を見定めます。

 それらすべてを、自らのうちに取り込んで、我が物とするために。



 そのようにして歳月は過ぎて、十二歳は十三歳に、そして、いよいよ十四歳となります。
 その日、骨の魔法使いはとても改まった調子でユカに対座を促しました。

「私はあなたを誇りに思っているのですよ、ユカ」
 養い親はほとんど唐突にそう切り出しました。
「私は今日まであなたを厳しく育ててきました。あなたがいつか森を出て、人の世へ戻る日が来ると信じて、その日の為に。きっと、心の裡ではそんな私を憎く思ったこともあるでしょう。けれどあなたは一度として恨み言を言わず、私という不出来な親の期待に悉く応えて……いいえ、それどころかいつだって私の期待を上回って立派に……こんなに立派に……」

 言葉が詰まります。それから、母は少しだけ湿った声音で続けました。

「あなたは私の譽れです。人里のどんな若者にも劣らぬと信じて請け負える、自慢の我が子です。だからもしあなたに望む将来があるのであれば、胸を張ってその道に進みなさい。私に気兼ねなどすることなく……ねぇユカ、あなたは森を出ることを考えているのでしょう?」

 すべてを見通した母のこの言葉に、ユカは一瞬ハッとした顔となりました。
 ややあって、彼は決然とした思いを込めて真っ直ぐに母を見つめ返し、肯きます。

「その通りです、母上」

 弓弦のように背を伸ばし、少年ははっきりとそう答えました。
 精悍さすら秘めたこの受け答えに、母の瞳にさっと霞がかかります。我が子を誇る気持ちはさらにいやまして。そして、もはや無邪気なだけの子供ではないのだという思いに、寂しさと嬉しさを綯い交ぜに抱いて。

「ならば」
 声にのみ微かな震えを残して、毅然とした態度と表情で母は言います。
「ならば明日にも早速発ちなさい。心にそうと決めているのなら、先送りにする理由はないはずです」

 半ば突き放すような言葉の裏には、いつかの祭りの日と同様の愛に満ちた厳しさがありました。それから母はにわかに表情を軟化させ、無理に愉しげな声を作って我が子に尋ねました。

「それでユカ。森を出て、あなたはなにをするのかしら? どんな人生を歩むのかしら?」
「はい、母上」
 ユカは答えます。
「僕は広く世界を漫遊しようと考えています」
「旅の人生」
 母はその答えを咀嚼します。
「それはでも、いったいなんの為に?」
「語る為に」

 ユカは即答で応じました。そして続けました。

「母上、僕が志すのは語り部、物語師なのです。諸国を旅し、各地の村々を尋ね、行く先々で語るつもりです。そうして、真実を世に明かしてやります」

 そこでユカは、不意打ちの笑顔を母へと向けました。
 一切の演技をやめて、無邪気な子供そのもののそれを。

「ねえ『母様』、語るべき題材はもう決まってるんだ。祭りの度に物語を買って研究してさ、口上もひそかに練習してたんだ。いい? こんな具合だ。
『さぁ、説話を司る神の忘れられた御名においてはじめよう。これなるは慈母の物語。獣たちの女神、聖域の地母神、天下に無二なる素晴らしき母。ご存知、骨の魔法使いの――』」

 最後まで言い終わらぬうちに、養い親は立ち上がって我が子を抱きしめました。

「ユカ、ユカ――! あなたって子は母様の宝物です! なんと優しく、なんと孝行な――」




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