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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑/右

■ 三章.かくれんぼでは鬼のことを

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■4 色の魔法使いの挿話 (『◆』)

文章量がやたらと多くなってしまったので今日の投稿は二回にわけます。
九時頃投稿すると活動報告に書いた舌の根も乾かぬうちにうpしてしまいました。九時頃にもう一回投稿します。
 十三歳、少年は迫害の痛手を知ります。
 十三歳、少年は街を逐われます。

 十三歳、そして彷徨ははじまります。

 目に見えぬ兄を伴って、目に見える色を読んで、流離いの人生は幕をあけたのです。

『……魔法使い……悪い……邪悪な……』少年は呟き、兄に問いました。『……僕が?』
『確かにお前は魔法使いになったんだ。それには違いない』兄は答えました。『だけど、邪悪ってのは絶対に違う。俺の弟が邪悪なら、この世に善人なんて一人もいないことになる』

 それからの日々、少年は一つところに留まることなく漂泊を住処とします。剣呑な色を避けて、悪意の色から遠ざかって、安全と安心の色を目印に彼は歩みました。
 年端の行かぬ旅人の行く先々で、土地に暮らす人々は慈悲深く彼を迎え入れてくれました。
 しかしそんな暖かい態度は、彼が顔料の小瓶を取り出すに至って真っ逆さまに消え去ってしまうのが常でした。
 報恩の思いから、あるいはただ純粋な親切心から少年が白の顔料を手に取ったとき、怪我や病気を消し去ってもらった誰かは、感謝ではなく畏れや蔑みを瞳に込めて少年を見遣りました。

 そして、繰り返されるのは迫害です。

 昨今は随分和らいできていますが、少年が少年であったこの頃、魔法使いへの偏見と差別は苛烈を極めておりました。
 人々の健全であろうとする意思、正しさを自負する心が、邪悪な魔法使いたる少年を容赦なく排斥したのです。
 暴言に、暴力に、そして時には懇願されて、彼は街から荒野へ、昼から夜へと追い立てられました。

『助けた相手に傷つけられて、癒しの見返りに罵詈雑言を受けて……見てらんないよ。お前はまるで、世の中の痛みをすべて自分に引き受けてるようにすら見える』

 なぁ、もう人助けはやめちまえよ。
 弟を案じて、見えない兄は幾度となくそう諭しました。

 けれども、少年は魔法の顔料を手に取ることをやめはしませんでした。その後も、彼は痛みの黒を癒しの白に塗り替え続け、その対価として迫害を賜り続けました。
 自己犠牲に酔って、ではありません。卑近な自意識など、そこにはいっかなありません。
 自分には色を視る眼がある、塗り替えるべき正しい色もある。すべてはその一念に帰結していたのです。

 そして一年が経ち、二年が経ち、三年が経ち……流浪の月日の中に、六年が経ちます。

 故郷を逐われた時には十三歳だった少年は十九歳の青年となっていました。
 見習いの染め物師であった名残はもはやどこにもありません。その道は既に閉ざされて、今では彼は膚絵師はだえしとして身を立てておりました。
 祝祭と縁日を股にかける膚絵師は流離いの身の上にはいかにも似合いの職業。また、彼の色彩の感性は対象物が衣装布から人間の肌に代わっても微塵の陰りもみせず、どころか、十人十色の生身を画布とするこの生業は、ものの実相を見抜く左目を遺憾なく発揮して、その化粧の技術わざはほとんど神業。
 青年は客たちの纏う色をつぶさに読み取っては、そこにある楽しさを倍増させる化粧を、明るさを際だたせる化粧を、憂いと悲しみを拭い去る化粧を施し、祭りという祭りにおいて常に人気を博しました。

 十九歳となった色の少年の表の顔はこのようなもの。
 では、もう一方の顔は? 膚絵師ではなく、魔法使いとしてのそれは?

 この頃、中原の交易都市から西方地域にかけて『色の魔法使い』という名が囁かれるようになっておりました。噂の分布する範囲は青年の歩んできた軌跡にぴたりと一致します。
 申すに及ばず、この色の魔法使いというのが魔法使いとしての彼の号でございました。
 魔法使いへの偏見は深く深く世に根ざしておりました。しかし、色の魔法使いの名を口にする人々は誰もがみな、自分の中の常識を疑いたくてたまらないという顔をしておりました。

 世の悪の象徴、邪なる魔法使い。
 でも、あの男は傷を癒してくれた。
 涙が出るほどの痛みを消してくれた。
 ……だから、もしかしたら、本当は……。

 皆様。世代を通じて悪ならぬ悪を生み出してきた通念は、この数年、ゆるやかに消滅へと向かいはじめております。己の正しさを信じたいが為に悪を他者へと押しつける、そうしたさもしい常識は滅びて消えようとしているのです。
 そして皆様、私は確信をもって断言致します。
 魔法使いへの偏見の払拭、その嚆矢となったのは、この色の魔法使いの行動に他ならなかったのだと。投げつけられる悪罵と差し向けられる白い眼の数々にも心を折らず、ただ色を見つめて人を助け続けた一人の少年。
 彼の行いが、十年を越える歳月を経てようやく結実しつつあるのだと。

 閑話休題、譚りを物語へと還しましょう。

 才気溢るる膚絵師にして優しき魔法使いでもある青年は、ある日の縁日で旅芸人の座長にその腕を見込まれて、これから舞台にあがるという踊り子たちの全員に化粧をしてやって欲しいと頼まれます。
 一座は稀に見る大所帯で踊り子の数は優に二桁を超えておりました。その一人一人に、膚絵師の青年はそれぞれ異なる化粧を施してやりました。
 南の血の黒い肌には黒の美を引き立てる白練しろねりを、翻って陶磁の白皙には濃藍こいあい深紅こきくれないを奔放に踊らせて、日焼けした太陽の肌にははなだの青により精緻な文様を。
 現世(うつしよ)の眼と(かく)り世の眼をめまぐるしく切り替えて色を読み、想像と直観を駆動させて、そうして仕上げられた化粧の中に似通ったものは二つとありません。設営された天幕の中、姿見の前に人だかりを作った踊り子達は互いの化粧を自慢しあって黄色い声をあげています。
 己の仕事を恙無く終えた青年は、仕事道具を片づけながらその騒ぎを横目に眺めました。
 と、その彼のすぐ傍を、未だなんの化粧も肌に載せていない踊り子が一人、通り過ぎます。

『おい、君』と、青年は慌てて彼女に声をかけます。『すまない、君一人見落として道具をしまいかけていた。さぁ、ちゃんと出番には間に合わせるから、こっちに来て』

 呼び止められた踊り子が、ゆっくりと振り返りました。
 そのかんばせが眼に飛び込んできた瞬間、青年は覚えず息を呑みました。
 娘の年の頃は青年より三つか四つ年下で、しかし、色濃く残る幼少のあどけなさを裏切った、その容色のなんと秀でたることか。
 彼を見つめ返す瞳は潤いを宿した二つの黒瑪瑙。
 髪は豊饒の女神の亜麻の糸。
 一つに結ばれた唇は見目にも甘く、しかし同時に孤高の意気地を感じさせもします。
 白鳥の美と子猫の愛らしさ、そして微かに夜鷹の気高さをも併せ持つ、そんな少女でした。
 青年の声は届いているはずなのに彼女はその場から動かず、ただ曖昧に笑み返すばかりです。

『その娘にはお化粧の必要はありませんや』

 なにも答えぬ娘の代わりに、一座の長が横合いから嘴を挟みました。
 面倒ごとを厭ったような、どことなく冷たい口ぶりで。

『なぜです? 私はすべての踊り子の膚を彩るようにと、そうご依頼を受けたはずですが?』

 座長の態度に少しだけむっとしながら青年は問いました。

『違う違う』
 座長はさらなる不機嫌でもってこれに答えました。
『あっしは舞台にあがるすべての踊り子に化粧を、と頼んだんです。その娘は舞台にはあがらんのです、踊らんのです』
『では重ねて問います。なぜこの子一人だけが仲間はずれにされているのです?』

 こうなればもう意地でした。青年はほとんど食ってかかる調子で反問を重ねます。
 ちっ、と座長が舌打ちを打ちました。彼はわざとらしくため息をついて答えます。

『仲間はずれ? いかにも、その娘は仲間じゃありませんや。お情けで置いてやってるだけの厄介者なんでさ。そんなのを一緒に舞台にあげたら他の踊り子が生彩を欠くってもんです。だいたいそいつはいま足をくじいていて、踊るどころか踏韻の一つも踏めやしませんやな』

 青年が真偽を問う視線を送ると、少女は悲しみの笑顔で肯定を示しました。

『さぁさぁさぁ、そんな雌ガキなんぞほっといて』
 座長が勝ち誇ったような笑いを浮かべて言いました。
『お化粧の代金をお支払いしますからこちらに来なすってください。そしたら旦那、あんたが彩った娘どもの舞台がもうはじまります。とくとご覧になってくださいや』

 料金は弾ませてもらいますよ。そう言って座長は馴れ馴れしく青年の背中を叩きました。

『それはありがたい。なにしろ私は宿無しの身、路銀はいくらあっても余るということはありません。……ですが、お金は仕事が終わり次第こちらから取りに参りますのでご心配なく』

 固い口調でそう応じると、青年は手を引いて少女を抱き寄せ、言いました。

『座長さん。あなたがどういうつもりだろうと、やはり全員に化粧をしなければ私は仕事をしたという気になれません。これは職掌と矜持の問題です。だから、もちろんこの娘の分の金は頂きません。私が勝手にやる分にはあなたにも損はないはずだ。……構いませんよね?』

 青年のこの申し出に座長は再度の舌打ちで応じ、『勝手にすりゃいいやな』と吐き捨ててその場から去りました。

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