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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑

■ 二章.誰かが語って、誰かがそれを聞く限り

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■4 魔法使い

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「魔法……? 魔法使い……? ええと、それって……もしかして、僕のこと?」

 確認するように自分を指さしながらユカは踊り子にそう訊く。

「初々しい反応ねぇ」

 彼の反応を楽しむように、踊り子がくすくすと笑う。

「あたしもそうだったなぁ。今の君みたいにさ、あたしも最初は自覚なんてなかったのよね。自分が魔法使いになったことに気付かず、それが魔法であることを知らぬまま魔法を使い続けてた。そしてね、ある日偶然出逢った別の魔法使いに教えられたの。『君は魔法使いだ』ってね」

 人生どころか世界を変えちゃう一言だったな、あれは。
 そう述懐し、彼女はさらに続けた。

「これも巡り合わせってやつかしらね。だって、その先輩魔法使いに対してあたしも君とまったく同じ台詞を口にしたんだから。そしてこう返されたの。『君以外に誰がいるんだ?』」

 誰かの口まねでそう告げて、踊り子はユカの胸をとんと指でつく。
 形の良い爪に施された紅は花の汁によるものか。美の先端たるその指を、ユカはしばしのあいだ失語して見つめる。

「……驚いたなぁ」

 やがてユカがそう呟きを発した。深く吸い込んだ息を時間をかけて吐き出す時のように、彼はゆっくりと驚きを言葉にして押し出す。
 それから、背後にいた彼女を振り返った。

「ねぇリエッキ、聞いた? 僕、どうやら魔法使いになっちゃったみたいだ」

 びっくりだよね、と同意を求めるようにユカはリエッキに言う。けろっとした笑顔で。

「びっくりどころの話じゃないだろ……」

 驚いているのは伝わってくるが深刻さの度合いはあまりにも不足しているユカに代わって、リエッキは己一人ですべての驚愕を引き受けたかのような声音でそう言った。
 踊り子の言葉にリエッキは耳を疑うばかりだった。
 ……魔法使い? 呪使いのような紛い物じゃない、真物ほんものの奇跡の担い手?
 ……ユカが?

 少しだけ震える手を彼女は目の前に持ってくる。
 そこにあるのは三本の前趾と一本の後趾ではなく、一列に並んだ長さの異なる五本の指だ。鱗の一枚すらない、なめらかな皮膚だ。

「……つまり、これって、そういうことなのか?」

 自分の手からユカに視線を向け変えながらリエッキが言う。

「わたしを人間にしていたのは、ユカ、あんただったっていうのか?」
「え? どういうこと?」

 こいつは自分のこととなるとどこまで鈍いんだ――リエッキはもどかしそうに頭を振る。

「どういうこともこういうこともないだろ! あんたがほんとに魔法使いでそれについてその本が関係してるっていうなら、そこに書かれた筋書き通りになってるこの状況があんたの魔法のもたらした結果でなくてなんだっていうんだよ!」

 ほとんど息継ぎもせずに、食いつくような剣幕でリエッキはまくし立てた。
 ユカはぽかんとした顔でリエッキを見つめる。そして、少しの間のあとでようやく言った。

「ふへぇ……魔法ってすごいんだなぁ。そりゃ、たしかにびっくりどころじゃないかも」

 リエッキは脱力して肩を落とす。どうにか事態は理解してくれたらしいが、それでもその楽天的な調子には『お前はことの重大性を理解してんのか』と問いつめたい気分にさせられる。

「面白い子たちねぇ」

 やりとりの一部始終を見ていた踊り子が心底愉快げに笑声を立てた。

「ねぇ、良かったら話を聞かせて貰えないかな? あたしも色々教えてあげるからさ」



「えーと、整理するわね。まず君は語り部で、その本に書かれてるのは竜が人間になる物語。で、こちらの彼女は……」

 踊り子の視線がリエッキに向かう。

「……ドラゴン?」
「うん、いまは人間の姿をしてるけどね」
「わぁお……たまげるわぁ」

 さも驚いたという風に踊り子が目と口をまるくしてみせる。
 紅の引かれた唇が円を描いて白い歯を覗かせる。その紅白の対比が艶めかしさを演出していた。
 年の頃は二十を二つと出てはいないと思われるのに、彼女は既に健全にして円熟した色気の一端を獲得しはじめている。

「そりゃたまげることだらけだろうさ。なにせ魔法使いが二人も雁首揃えてんだ。ぶっ飛んだおはなしには事欠かないだろうよ」

 むすっとした口調でそう言ったのはリエッキだ。はん、なにがわぁおだ、と彼女は思っている。
 この女といいユカといいあんまり気楽すぎる。魔法使いってみんなこうなのか?
 なんだよ。これじゃ、まるでわたしひとりだけ空回りしてるみたいじゃないか。

「おい、ユカ! ゴブレットが空になっちまったぞ!」

 腹立ちを隠そうともしない声音でユカを呼びつけて、ゴブレットを逆さにしてみせる。

「おかわりだ! こうなったらわたしも思いっきり不真面目になってやるからな!」

 酒の力を借りないとそれを可能に出来ない自分を情けなく思いながら、ともかくリエッキはそう宣言する。それから、近くを通りがかった女給をつかまえて勝手に注文を言い渡した。

「リエッキちゃんだっけ? 彼女、良い飲みっぷりだね。なんだか見てて気持ちいいよ」
「よっぽどここの蜂蜜酒が気に入ったんだろうね。さっきも空のゴブレットを見つめて泣きそうになってたんだよ」
「なにそれ、かわいい」

 もはや言葉を返す気にもならなかった。女給の運んできた蜂蜜酒を一息に飲み干すと、リエッキは空になったゴブレットをそのまま突っ返して「おかわり」と告げる。
 凶暴な光を宿す視線に射抜かれた女給はただコクコクと肯いて応じ、そそくさとその場を離れていった。

「そういえば」

 リエッキと女給の殺伐とした交流など一顧だにせずユカが踊り子に言う。

「さっきリエッキも言ってたけどさ、お姉さんも魔法使いなんだよね?」
「そうよぉ」踊り子はあっけなく認める。「慣例通りに名乗るなら、さしずめ『踊りの魔法使い』ってとこ? でもそれっていけてないわよね。『なになにの魔法使い』っていうのさ。個性を否定してる感じで、あたしは断然気に入らない。だからあたしはいつかあたしだけの二つ名を名乗るつもりなの。真似したかったら君も真似していいわよ? ――ああ、それでね」

 そこで話を中断して、踊り子は一巻きの羊皮紙を取り出してユカに手渡す。

「はい、これがあたしの魔法」
「え? だって、お姉さんの魔法は踊りなんでしょ? なんで巻物なんかが出てくるの?」

 巻物を手に首をかしげるユカに、踊り子はまたしても「初々しいなぁ」と笑う。

「魔法使いの魔法は例外なく目に見える触媒に宿るの。個々人によってその喚起方法は千差万別なんだけど、この触媒についてだけはすべての魔法使いに共通してる。あたしの踊りや君の物語みたいに本来は無形であるはずの魔法でも関係なくね。そしてこれが重要なんだけど、魔法使いは魔法を使う時、必ずその触媒を手にしていないといけないの。君の場合だと、たとえ本に書かれてる内容を丸暗記していても、本を手にしていない限り魔法は効果を発揮しない」

 まぁこのくらいの制限はないとあたしら時折反則過ぎるしね、と踊り子は苦笑する。

「ねぇユカ君、ちょっとそれ、読んでみてよ」

 促されるままユカは羊皮紙を紐解き、熱心な視線を紙面に注ぐ。

「……ダメだ。記号みたいで全然読めない。僕の本も他の人にはこう見えてるのかな?」
「たぶんね。でも、あたしの魔法は専門的な知識がなければあたし自身にも読み解けないような代物なんだけどさ」と踊り子。「あのね、これは舞踊譜ぶようふっていって、踊りの型を記号にして記した書なの。あたしはここに記譜された演目を蘇演そえんすることで――つまり、ここに書かれてる通りに踊ることで魔法を呼び起こすの。もちろんこの羊皮紙は手に持ったままね」

 かっちょいいでしょ、と踊り子が同意を求める。かっちょいい、とユカは素直に肯く。

「あたしはこれと同じ舞踊譜の羊皮紙を全部で三枚持ってて、三枚が三枚ともそれぞれ違った効果をもたらす魔法を宿してるの。一つの触媒には一つの魔法。これも決まり事ね」

 だいたいこんなとこかな、わかった? と踊り子。わかった、とユカ。

「なるほどなぁ。そういえば母さんも魔法を使う時は骨を持ってたっけ」
「……母さん?」
「骨の魔法使い。時折、母さんは動物たちの頭蓋骨を抱いて優しく撫でてあげてた。そうするといつもなにか不思議なことが起きるんだ。そうかぁ、あれが母さんの魔法だったのか」
「ユカ君、あの骨の魔法使いの息子さん?」
「うん、ほんとの子供じゃないけどね。赤ちゃんの時に母さんの妹に拾われたんだ」

 恐ろしい魔女なんて言われてるけどほんとは世界一優しい人だよ、とユカは念を押すように言う。
 こりゃまたたまげたわぁ、と踊り子が再び目と口を丸くして応じる。

「ほんっとに面白い子たちと知り合っちゃったなぁ」

 踊り子は満面の笑顔でそう言う。そして続けて予言する。

「君、将来もっともっと面白いことをしでかすんだろうって気がするよ」

 面白いことは大歓迎だ、とユカは応じる。
 そして二人は声をあげて笑いあった。

 リエッキはその様子を遠くの世界を眺めるような心地で眺めていた。
 真面目過ぎる自分と楽天家たちとのあいだに距離を感じていた……わけではない。
 視界が歪み、酒場がぐらつき、目に見える世界のすべてが距離感を狂わせ波打っている。
 話し込む二人が気付かぬ間に、彼女は度を超えて痛飲しすぎていた。

「ねぇユカ君、面白いついでにひとつ聞いていいかな?」

 加速した己の拍動が耳を打つのに紛れて、踊り子がユカにそう問うのをリエッキは聞いた。

「あのさ、君、この本を見つけた時――つまり魔法使いとして目覚めた時、どんなことを考えてたか覚えてる?」

 覚えてるよ、とユカは即答で応じる。
 そして、夢見るような眼差しとなって続けた。

「もしもリエッキが人間になれたら、僕は彼女を町に連れて行ける。彼女に人間の世界を案内出来る。市場に繰り出して買ったばかりの食べ物を一緒に食べて、お祭りを見物して髪飾りの一つも買ってあげられる。彼女に僕の語り部の仕事を見て貰える。一緒に蜂蜜酒を飲める。
 ――リエッキが人間になれたら、僕は彼女とずっと、ずっと一緒にいられる」

 僕はそんなことを考えてた。
 熱っぽい口調で語りきって、ユカはにへらっと頬を緩ませた。

 踊り子はなにも言わない。しばらくのあいだ、彼女はただぽかんと口を半開きにしている。
 それから、終始笑いの絶えなかったこの夜でも一番の大笑を破裂させた。
 酒場中に聞こえる程の声をあげて、身をよじり、腹を抱えて彼女は笑う。そのあとで踊り子は、へべれけに酔いつぶれているリエッキの背中を覆うようにして、そっと彼女に身体を寄せる。
 酒精に赤く染まった耳に唇を近づけ、リエッキにしか聞こえないような小声で囁いた。

「あなた、愛されてるのね」

 瞬間、リエッキは全身の火照りが倍増するのを感じた。
 身体中の血が三倍速で循環しはじめたような、烈しい動悸を覚える。
 耳に聞こえる心臓の音が、最大限に早鐘を打ちはじめる。


 酔いは完全にまわっていた。

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