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一章 第十話  【夜の街】
 完全に日が落ちていても今だ喧騒と灯りに満ちた街中を走る。
マスターがあの店を酒場としてもいる様に冒険者という者達は大方賑やかな騒ぎが好きな人たちが多い。
そしてお酒と言うものはソレを容易に引起してくれる。
だからこそ冒険者の皆さんはお酒を好み、騒ぎ楽しむのだと、マスターの言葉。
故に各種ギルドを中心に酒場や安宿が集まり、その客として冒険者が集う。
治安はけっして良いとは言えませんが、それでも活気は飛び抜けている街の一角。
日中はそうでもなかったですけど、日も落ちた今は勢いが全然違います。
昼とは比べ様も無いほどに荒々しく騒々しい世界。
 マスターが「暗くなる前に〜」といつも言っている理由も、ただ眺めているだけで容易に理解できてしまえそうです。
ただ在るだけでその勢いに飲み込まれそうな…
そんな空気。
確かにコレは…かなり拙いです。
私はよりいっそう逃げ出した彼の身に不安を覚える。
何故か理由など自分でも判らない。
判らない事を自覚してしまっている。
が故にその感情に困惑する。
あんな何もかもが妖しげな人を。
何所の誰かなんて判らない。
どうやってあの場まで潜り込んで来たのかも判らない。
結界も破られた痕跡も…
抉じ開けられた痕跡も…
弄られた痕跡も…
何も見つからなかった。判らなかった。
たとえ万が一正規の手順で開かれていたとしても、それならそれで感知出来ていなければおかしいですし。
そして未知の言葉。
彼の発した言葉にもまた引っ掛かりを感じる。
世界中の何所の言葉でもない。
聞き覚えの全く無い言葉。
でも…だからこそおかしいとも思う。
何故私は…
 「いいえ、今はそんな事悠長に考えてる余裕は在りませんよね」
沈み込みそうになる思考を無理矢理散らし、再び探し人を求めて町中へと視線を飛ばしていきます。
右へ左へと。
脇の路地裏、人々の塊の中。
店の口や荷積みの影。
目に留まるあらゆる場所に視線を飛ばし。
求める姿が無いのを判りながら次の場所へ。
「おっ可愛らしいお嬢ちゃんが1人だけでどうしたのかな〜迷子でしゅか〜パパと離れちゃったでしゅか〜」
次は…と足を止めた所に赤ら顔の誰かが覗き込むように顔を近づけてくる。
余裕が無い心情だったせいなのか完全に不意打ちじみた勢い。
思わず身が固まる。
「ぎゃはははっオイオイロリコン、お子ちゃまが怯えちまってるじゃねーか」
目の前の顔の更に向こうから「ぎゃはは」っと嘲るような哂いが。
「ああっ!?うっせいぞテメー!」
後からの声に目の前にまであった顔が離れていく。
途端大きく息が吐かれる。
どうやら呼吸すら止まっていた感じ。
吐かれた息を切っ掛けにか、頭が現状を認識する。
目の前の酔っ払い2人。
ケンカ寸前な感じのじゃれ合い。
正直、例え平時でも巻き込まれたくありません。
更に今は尚更。
逃げて追われても厄介。
なら……
「…………」
……
そして私は再びその場から走り出しました。
意識を喪失させ、折り重なるように眠る酔っ払いをそのままに。

とは言え他人に絡まれるのはこれ一度きりとはいかなかった。
 無骨な冒険者や色やお酒を売りにしている店員の人たちがたむろしているこの界隈。
見た目少女な容姿のせいなのか。
慌ててるように何かを探し回っている様子のせいか。
それともそのどちらもか。
かなりの頻度、多くの人たちに声を掛けられ続ける事となってしまっていた。
いえ、絡まれると言う表現は人によっては失礼かも。
ただ心配してくれただけの優しい人も少なくはありませんでしたから。
絡んでくる酔っ払い。
絡まれている所を庇ってくれた冒険者の人。
夜遅いのにと心配してくれた店の人や。
迷子と勘違いされて保護されそうになった衛兵の人。
軽く口を出してくるだけの人は良いのですが、しつこい人や強引な人は全て最初の酔っ払いと同様強制的に意識を飛ばしてそのまま眠って貰い続けました。
扱いは難しいですが物理属性に比べて精神属性はこういうとき凄く便利なのです。
魔導学において大元とされる12属性。
【生】と【死】を基点とした【地】【水】【風】【火】の物理6属性。
【聖】と【魔】を基点とした【幻】【感】【夢】【心】の精神6属性。
学術によっては更に細かく細分化されていきますが簡単に分けてしまえばこれで大体の属性分別が可能となる基礎。
もっとも扱いが容易く、効果も目に見えてハッキリしている物理属性の方が圧倒的にメジャーで、精神属性などそれなりに知識のある学者か技師でもなければ聞き覚えすらないでしょう。
現に魔鉱学に携わるものの中でも物理12属性と源祖12属性と同一視している者達も少なくは無い。
仕方の無いことではあるのでしょうけどね。
何にしても見た目印象は大きいですから。
と、そんな感じで精神への干渉は騒ぎを大きくしなくて済むのです。
人間怪我や血など目に見えるものには大騒ぎするものですがただ倒れてたり寝てたりする相手に対してはソコまで大げさにしないトコロがありますし。
それが酔っ払いなどと言った者たちともなれば尚更。
まっ最も、その認識が少々甘いものだったと言うのに気付いたときには既に事態は手遅れっぽい感じでしたが。

「キミ、ちょっと良いかな?」
少し低めの声と共に肩をつかまれ振り返る。
「なんでしょうか?」
警戒心強く、用心しつつ慎重に振り返る。
こうして声を掛けられたのはもう何度となるか。
声の調子から酒気は感じられないですけどそれでもいい人か悪い人かは判りませんから。
 「いや何ね、君みたいな小さな子がこんな夜遅くにこんな所を出歩いててどうしたのかとね」
そして振り向いた先に居たのは衛兵のおじさん。
今日コレでもう三人目です。
「すみません連れの者とは少し離れてまして、少し先の【木こりの椅子】で落ち合うこととなっていますの」
そしてコレまでと同じように言葉を返す。
【木こりの椅子】とはマスターが営む酒場としてのあのお店の名前。
ギルドとしての側面もあるせいかそれなりに知名度も高いとのコトらしいです。
加えて…
「それに私、もう小さな子と言われるほど子供ではございませんですよ。見えませんかもですがこれでも私、今年で17になりますから」
こう言えば多少恐縮してもらえる。
17歳もまた年若い、若輩の中には入るものの、流石に子ども扱いされる年ではないですから。
もっとも信じてもらえたかどうかは半々と、かなりショックな結果でしたけど。
しかし同じだったのはそれまで…
「なるほどそれは失礼したね。でだ、四半刻前にうちの衛兵に同じコトを言ってたみたいだけどまだ落ち合わなくてもいいのかな」
ココまで言われて、思わず声が詰まってしまいます。
そのやり取りは確かに憶えあるもの、そしてその後は…
「それともまだ何かする気なのかな?人を昏倒させて歩いてるお嬢さんは?」
 マズイと感じた。
そして今だ肩に置かれたままの手。
身を捻ってもそのままだったその手の意味にようやく気付いて。
「……っ」
揮った力の手応えの無さに、更なる緊張が高まる。
「無駄だよお嬢ちゃん、コレでも衛兵隊長だからね。装備もそれなりなんだ」
優しげだけどしっかりとした芯を含んだ声。
言葉にも嘘は無い。
あの弾かれた様な感じは抗魔加工のされた防具に対してのものと同じ。
「さてさて、じゃぁ詰め所の方でちょっとお話でも聞かせてもらおうかな」
優しげな口調ですけど、その内には有無を言わせぬ意思が感じられます。
逃げられない。
今のままでは確実に。
最悪の予測が脳裏に走る。
それだけは…そんれだけは絶対にっ。
焦りが途端に膨れ上がってくる。
冷静さが飲み込まれる。
これ以上は流石に。
私は切り札の一つを切る事にした。
対抗魔術へと組み替えたソレ。
衛兵のおじさんのわずかに驚いた様な表情。
確認できたのは瞬き程度の短い数瞬。
認識できたのはただそれだけで…
次の時を待たずして意識は唐突に手放されることとなる。
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