一章 第八話 【対峙】
一瞬と言うには少々長すぎる間。
私は自分自身に何がおきたのか理解出来ていなかった。
ソレはけっして突然のことでも、唐突な事でもなかった。
冷静に対処していれば…
否、たとえ多少慌てふためいていたとしても、なんらかしらの手は打てていた様な状況であったはずだと思う。
けして油断してた訳ではなく…
むしろ警戒心と共に身構えていたはずでしたのに。
でも…
「□□□□!□□!?」
現実はそう思うままに進んでくれなくて。
私は目の前の彼に完全に組み敷かれていた。
乱暴な力で襟元が引張られる。
何か叫んでいるようですが上手く聞き取れない。
「ちょっ…ま……はなし…てっ」
恐怖と焦燥に駆られたまま。
自身と彼の間の空間に魔力を込める。
魔道力学の基礎中の基礎。
通常空間内における空爆反応。
瞬間、2人の間の空気が数十倍に膨張。
目の前の彼をその勢いのままに吹き飛ばした。
「ケホッケホッ…あ、あなた一体…突然なんなの…一体なに」
首元を襲う圧迫感に耐えつつ声を絞り出す。
怖い。
嫌だ。
助けて。
湧き上がる感情を出来るだけ気付かないよう。
「□□□□!!」
私の懇願も聞き入れてもらえない。
もしかしたら聞こえてないのかもしれない。
目の前の彼もまたかなり興奮状態にある感じですし。
しかしそう感じる事でかえって冷静さを取り戻せ初めている自分も自覚できる。
人間、傍らにいる者が混乱していればしているほどかえって冷静になれると何かの書物であった気がする。
そして今実感してる事実。
先程まで溢れんばかりに湧き上がってきていた感情の本流が今は穏やか。
無論無くなったわけでも小さくなったわけでもない。
強いて言えば浸されているといった感じでしょうか…
恐怖も困惑も拭いきれるレベルでは到底ありえない。
ただそこに激しさはなくなっている。
たぶんですけどそんな感じ。
「……―っ」
そしてそうなれた事で初めて外界を認識できるようになる。
今は目の前の彼。
距離を取り、過剰とも見て取れるほどの警戒心と共に睨みつけてくるその人を私も見る。
その心情は見てるだけでも判るほどにあからさま。
余裕がない証拠。
まぁ状況を顧みれば当然の反応とは思うところですけど。
気が付いたら見知らぬ場所で拘束状態。
しかも正体不明の何かで自分を吹き飛ばせるような私という相手付き。
どう贔屓目に見ても気を抜ける要素などありはしないでしょう。
でもソレは私も同じ。
どれ程優位な立ち居地に身を置いていようとも、その足元は薄氷の如く薄く脆い。
ただあの場所に居たという事実。
ただそれだけで私にはほぼ詰みに近い位置まで追い詰められている感が拭えないから。
でも、だからこそこれ以上踏み込まれるわけにはいかない。
相手に対して先に冷静さを取り戻せたのは幸運でした。
力と勢いのままに迫られたのもまた幸運。
ソレが通用しないと思わせることが出来ましたし。
その為の手段が相手にとって正体不明なのだとしたら、それもまた幸運。
例え知られていたとしてもそれはそれで牽制になるものですし。
しかしこのままでは拙いのは彼だけでなく私もそう。
「…………」
今はもう叫ぶ事も無く、ただこちらを睨むのみの彼へと思考を向ける。
彼もまた冷静さを取り戻したか。
まだそうではないか。
それともコレまでの全てが私を欺く為のものか。
あまりに情報不足。
あまりに認識不明瞭。
故に、最善は…
「あっあのっ…あなた一体何者なのですか。一体どうして……いいえ、どうやってあの場所に入り込んだんですか」
求めるは情報。
素直に話してくれるかなんて期待できない。
下手な刺激になって、また襲われるかもしれない。
でも黙ったままのにらみ合いで何が変わるとも思えない。
ならばの一手。
「わっ私はシス、あの杜の管理を任されているものです。故に尋ねます、あの場所はむやみやたらと人の立ち入りが赦されるような場所ではないのです。神聖なるかの地に、それでもなお足を踏み入れたのは何の為ですか」
相手が何処まで知り現状の何を理解しているのか一切不明な今、与える事になる情報は限りなく少ない方がいいでしょう。
本名は伏せ。
明確さは極力避け。
その全てを徹底させる。
でなければ、何処でどう足を掬われるか判りませんし。
「さぁ答えなさい。一体何の目的で、どのような手段をもちいてあの場所まで侵入したのか」
そして勢いのままに言い切る。
無論この様な尋ね方、まともに一つとして答えられないであろうコトは当然理解しています。
ココまでの問いはあくまで言葉のイニシアチブを取る事が目的。
本当の問い掛けはこれから一つ一つ改めて聞き直せば良いのですから。
しかし…
「□□」
もし想定外があるとしたら今この瞬間。
「□□□□□□□□□□。□□□□、□□□□□□□□□□□□!」
目の前の彼の叫び。
考えてみれはまともに聞く初めての彼の言葉。
「□□□□□□□□□□□□□□□□□□□!?」
確かに先程の騒乱時にも彼の言葉は耳にしていた。
あの時の意味不明の叫び声は互いの混乱故にと思っていた。
そしてそのコトに重点など流石にほとんど向けている余裕もなかった。
しかし今この時。
ある程度の自分を取り戻している私。
目の前の彼もまた似たようなものでしょう。
それでも彼の言葉は判らなかった。
聞き覚えのない言葉。
自分の知っている言語とはまるで違うソレ。
無論意味など判るはずもなく。
そして同時に目の前の彼もそうなのでしょう予想は付く。
だけど…
「あ……えっと、あの……」
知らない言語。
知識にない言葉。
………本当に?
戸惑う。
瞬間、浮かんだ思考が心を更に波立たせる。
ううん、そう、そんな筈はないです。
間違いなく聞いたこともない言葉。
それにそれだけじゃありませんこの感じるは…
若干色の付いた肌の感じから、大陸中央近辺の人種であろうコトは予想がつくのですけどそうなるとこの言語形態に違和感を。
このアスカルディアをはじめ、この広大な大陸には国も言葉もいくつもの形態が確かにあるが、文明と国交が遥か昔より深い結びつきを持っていた為か違いと言う違いは普通であれば感じられない程度。
せいぜい独特の言い回しや訛りなどが見られる程度で、多少大雑把な見方をしてしまえば同じ言語と見ても差し支えないですし、現にそう示唆する学説もあるのだから。
例外があるとすれば南海の諸島国家の小国家の幾つかか、北方の封国ぐらいのものなのですが、それらの国の者たちとも違う。
気候の違いからか一目で見て判るほどに容姿に差がある。
南方の者たちは褐色から黒色の肌、男女共に全体的に大柄でガッシリした印象が強い。
北方の者たちは南方の者たちにくらべたら見事なまでに真逆の印象。透き通るほどに白い肌に小柄な体躯。
目の前の青年はそのどちらでもない。
見慣れた特徴の人種。
それにそもそもこの者の言葉、それらの他国家のそれともまた違っているのですから。
「あなた……一体何なんですの」
ふと恐怖にも似た悪寒を感じる。
ありえない者。
理解できないもの。
未知なるモノ。
気付ければあまりに不自然なこの者。
いるはずのない場所に居て。
聞くことなどない言葉を話し。
見たことのない衣服で身を包んだ…。
…そう、今見れはその衣服もまた奇妙としか言いようのないもの。
ファッションになど全く気にかけたりしていない自分。
流行の行方など気にかけたこともない自分ですが、それでもその装束は奇妙に感じられた。
多少くたびれ色あせてはいるけど白一色の身体にフィットした感じの衣装。
町並みの中でも王宮内でも見た事がないような…更には物語に出てくる架空の衣装ですら似通ったものが思い浮かばないソレ。
「一体何者なんですかっ」
言い知れぬ恐怖から身構えた腕に力がこもる。
語気も抑えなれない。
それらがただ相手をいたずらに警戒させるだけだと判っていても止められない。
事実、身の危険を感じたか目の前のその彼は次第に後ずさり始める。
つられる様に私も少しずつ前へ…その距離を詰めていく。
緊張感は留まる事無く高まり。
意識する事無く感情は興奮に高まり。
けっして永い訳ではない…しかし途方も無く感じられた瞬くほどの時間の先。
ついに感情の臨界が溢れた。
どちらが先に動いたかはどちらにも判らなかった。
ただ目の前の彼は身を翻し背後の窓から外へと逃げ出し、私は捕らえ押さえつけ様と一気に足を前に踏み出し…
爪先から突如襲い掛かってきた貫く様な激痛が身を固まらせた。
不意打ちの様な激痛。
それに襲われた瞬間、声を上げ事も身を悶えさせる事も出来ない…なんて、一瞬関係はあるけどどうでもいい思考が頭を流れる。
一拍。
「………〜〜〜っ!!!」
瞬間の硬直の影響のままにギクシャクとした動きで蹲り、激痛の発信源である足の小指を押さえる。
「あっあっあ…なん…でっこんなタイミングでっ」
痛みの余韻の為にか妙に語気に力が篭る。
でもそれでもと、なんとか頑張ってヒョコヒョコといった感じで前へ。
窓枠から身を乗り出すものの、日の光もすっかり落ちてしまった闇夜の中に望む人影は見つけられなかった。
「まっ…たく、ホント、なんなんですか今日は」
コレまでの人生におてい最大最悪の厄日だとつくづく思う。
正直素で泣きたくなっていたり。
「ホントいい加減にしていただきたいですよ」
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