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76:思わぬ包囲網
 教会とは違ったが、アルノーの家は平和で。そこそこ平穏な日々を三日ほど味わっていた。

「ええっと、こう、かな」

 暇なので何かする事がないか探していたら籠編みをしていたのでそれに熱中している。
 超絶的に不器用なので足手まといにしかなって居ないが、微笑みながらアルノーのお父さんは教えてくれた。

「違う違う、こう」
「うう、と。こうだ!」

 微笑みながら黙された。また失敗。

「スミマセン不器用で」

 繊細な指をしている癖にこういう事は全く駄目な自分の手先が呪わしい。

「いや、話し相手が居るだけで随分気が紛れますよ。余り外には出ないのでね」

 アルノーの父親は普段は余り表に出ずに、籠とかを編んでいるらしい。
 職人さんという奴だ、理由は勿論他にもある。

「……髪ですか」

 黒に近い暗いグレー。この世界では嫌われる色。
 悪魔のような髪と瞳なのに私が近寄るなんて、と言われたからついつい元は黒髪黒目だと話してしまった。
 気絶され掛かったが、告げた事を後悔はしていない。悪魔と同じ色彩ってだけでどうしてこちらが被害をこうむらないといけないんだ。
 それに蛍光ピンクだったり黄色だったりと悪魔だって色鮮やかだったし。

「瞳もですな」

 作業しているうちにすっかり意気投合してしまっている。
 漆黒の何が悪い、と言う感じで。

「悪魔は嫌いだけど黒は嫌いじゃないんですよね。嫌いだったら着てませんし。
 元々私の居た場所では普通の色だったから」

 ドレスだってマントだって色に注文を付ける事も出来た。
 目立たない色を指定したけどわざわざ黒にする必要もない。
 銀髪になったせいか黒を身につける事で安心する。

「ほお……あ、そっちは右の穴にくぐらせて」
「はい。うりゃ、と。意外と大変ですね、しなるし上手く行かないし」

 気を抜けば垂直に立ち上がろうとする材料を力を込め押しとどめる。

「ですね、けれど初めと比べれば大分上達していますよ」
「いやー。最初のは我ながら凄まじい出来でしたから」

 アレを籠なんて言ったら籠に失礼というものだろう。
 記念すべき第一作は、未知の生命体というか、飛行物体の落とし物みたいな異様な空気を放出していた。
 シリルやアルノーですら乾いた笑いを漏らす出来である。四作目の今はなんとか籠っぽいものになりつつある。

「独創的でアレはアレで面白いかと」

 まあ確かに変わり種のオブジェには良いかもしれない。

「飾りにしたら変なの寄ってきそうですよ。今度こそ籠になれ〜籠になーれ」

 悪魔どころか魔王か魔神を召還出来そうだった一作は記憶の彼方に投げ捨てて現在の作品に集中する。
 ついでに念を込めてみる。多少いびつに歪んではいるけれど、大失敗にはなっていない。

「まだ少ししか経っては居ないが、やっぱりマナは聖女様とはひと味違うなぁ」

 思わず零れたらしい呟きに顔を上げ、手を止める。

「そうですよ。私は聖女じゃないですから。
 だから、ユーグさんもアンネさんも普通にしてて良いんですよ。
 美味しいご飯と美味しいお茶、それさえあれば満足ですし。美人で料理上手な奥さんって良いですね、男の夢!
 ユーグさん羨ましいっ」

 ぐっと親指を立てると彼が照れたような顔をして苦笑した。

「その親しみを覚える口調のおかげでなんとか普通になれるものの、時々良いのかと悩む自分が」

 親しみを覚えるって、茶化したりする私の性格だろうか。でも、本当に料理上手な奥さんは良いと思います。
 現在アンネさんは奥の方でシスターセルマとシリル交えて昼食の準備をしている。

「悩むのは籠のデザインだけで良いと思うのですが。
 聖女をモチーフにしたいのなら私の事好きなように観察して下さい。
 見た目だけなら完璧です。あ、マント外しましょうか?」

 あまりに転びまくって心配された為、動きやすいように髪をマントに仕舞っている。

「いえ、その時にお願いします。作品が霞みそうですがね」

 ヒラヒラと布を揺らすと完成した籠を置き、ユーグさんが微笑んだ。

「またそんな事言って。大丈夫です、自信持って大丈夫。
 まあ、目利きがあるというわけではないですけど」

 出来上がったばかりの籠に顔を寄せる。繊細な花が散りばめられた籠とは思えない装飾。
 素人の私でも分かる。彼はとびきりの芸術家だ。
 籠にすら出来ない私の作品と比べるなんて恐れ多すぎる。天地どころか天と海底の差。

「マナのお墨付きがあるだけで勇気が出――誰か来たみたいだ」

 軽く手を振られ、告げられようとした言葉がノックでかき消された。
 急いでマントを合わせ、手近に置いてあった覆面を被る。来客時にすぐさま対応出来るように何時も肌身離さない。
 金具を留めている間に彼が扉に向かう。

「はい、何かご用です……」

 装着完了。引っ張って確認する。うん大丈夫だ。
 この覆面とマントは内側から留める場所もあるので、無理矢理脱がそうとしても難しい。

「って、ちょっと何を。家は駄目です」
「な、なにかありました!?」

 悲鳴に似た声に慌てて作りかけの籠を置き、立ち上がる。

「こちらに来ては――うわっ!?」

 今度は正真正銘の悲鳴。
 ただ事ではない様子に慌てて駆け寄る。

「何が、あっ、て」

 思わず視線が上に登ったのは仕方がない。
 パナナムがあった。
 私の大好きなパナナムだ。
 一つや二つではなく山のように。
 尻餅をつくユーグさんの背丈を越すパナナムの山が扉から覗いていた。

 ………なんだこれ。

 呆然と非現実的な光景を眺め佇んだ。


 見上げすぎて仰け反って転がる寸前でぐわしと腕が掴まれた。痛い。
 転ぼうとしたのを留めた感じではない。警戒に身を強張らせると、思わぬ台詞が降ってきた。

「ああ、やはり貴女はあの時の!」

 は? と問う間もなく腕にパナナムとは違う果物が載せられた。
 人影が幾つも見えるが、色々な意味で状況が見えない。というか重い。

「あの日は本当に助かりました」

 別の声が野菜を置き。

「これは心ばかりのお礼」

 更に別の声が箱積みになった野菜を積む。

「こちらもお受け取りを」

 競争かと思うほどの迫力に飲まれかけたがハッとなる。

「ちょ、ちょっと何してるんですか!」

 もう玄関は箱や野菜で一杯で、果物が寄りかかった壁が倒壊しそうで恐ろしい。

「やはりその声はあの日の!」

 今度は果物と野菜をミックスした怒濤の攻撃。足下が固そうな皮に覆われた実で埋まる。
 表面が細かな毛で覆われていてチクチクして気持ち悪い。足首に当たる不快感に眉を寄せる。
 ここは倉庫じゃないのですが。

「訳分からない事止めて下さい。通れなくなって困るじゃないですか」

 宿泊している私の方に原因があるらしいので、制止しようと告げたら事態は更に悪化した。
 感激したような声音と共に、どざぁと何かが雪崩れ込んできた。

「悪魔から助けて下さってありがとうございます。このパナナムをお受け取り下さい!」
「ぎゃ、ちょっ、家が壊れる。やめ、止めて落ち着いて。全部入れようとしないでーーー!」

 腰まで埋まって悲鳴を上げる。インプ退治の時の人達かと思い至ったが、これはちょっと洒落にならない。
 パナナムだけなら足首までで済んだだろうが、野菜、果物、木の実と大量に入れ込まれている。
 う、動けん。
 追撃とばかりに野菜がまた入れられた。新手の苛めかこれ。

「あの、この惨状は一体」

 台所から顔を出したシリルが困ったような顔になる。何事か、と飛んで来たらしいがこの状態を見て気が抜けたらしい。
 野菜と果物、木の実に埋まる姿は緊張感を削ぐだろう。恥ずかしいし重いので何とかして欲しい。

「なんか。お礼とかで……」

 状況的にはお礼参りっぽくなっているけれど。

「お礼?」

 不思議そうに反すうするシリルに肩をすくめてみせる。

「逃がす時のどさくさで目だけ見られてるんですよ。で、なんか場所見つかったみたいで。お礼合戦に」

 説明する間にもお礼らしき野菜や果物が次々と運ばれてくる。止めろというのに。
 謝礼というか貢ぎ物の勢いじゃないかこれ。

「おお、なんっじゃこりゃ」

 奥の方に引っ込んでいたオーブリー神父もこれだけ騒げば気が付いたのか、出てきてすぐさま身を引く。
 部屋中に果物や野菜が散乱している。

「……壮観だわ」

 同じく出てきたマーユが感心したように私を見た。しみじみしてないで助けて下さい。

「これはちょっと困った事になっちゃいましたね」

 溜息をついて手招きをするとはっとした顔のシリルが腕を掴んでくれた。
 早く救出してくれないと、謝礼のみならず外に引きずり出されそうで恐ろしい。

「あー。教会のみんな来る時点で予想しとくべきだった」

 こめかみに手を当て、家の中にいたアルノーが渋い顔で唸る。
 そう言えばパナナムの実は私に、と前渡されたんだったか。
 他にも渡され掛けて大変だったと苦笑された。
 きっと教会までの道のりが遠すぎて野菜や果物を運べなかったのだろう。
 お礼が出来ないもやもやは溜まりに溜まり、そこで一報がもたらされる。
 口伝てでも何でも聞いたのだろう。アルノーの家に宿泊者が来たと。
 教会のみんなが来ていると知られればこうなるのは自明の理。

「確かに。でもこれは。ちょっとどうなんですか」

 シリルとオーブリー神父の腕に掴まって引き抜いて貰う。うう、痛かった。
 お礼は良いが、痛いので喧嘩売られている気がする。

「過剰だと思う。大丈夫かー高級パナナムに潰され掛けているオヤジー」

 パナナムの実に埋まったユーグさんを掘り起こすアルノー。実に奇妙な図である。

「なん、とか」

 息も絶え絶えな声に急いで一緒になって取り出すが、なかなか骨が折れる。
 一個取り出せば三つ転がって埋まる。三つ取れば上から雪崩落ちる。悪循環。

「申し訳ありません。こんな事ばかり起きてたら家が壊れちゃいます。
 しばらく身を隠したほうが良いかもしれませんね」

 やっとの事で這い出てきた彼に頭を下げこれから先を考えて頭を痛めた。
 こんなに過激なプレゼント攻撃を受け続ければ本気で家が保たない。
 人様の家を間接的とはいえ私が原因で壊したくはない。

 また移動しないと。気分は遊牧民である。


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