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73:狸と狐
 脊椎反射並みの速度で投げ放たれた筒は見事にアルノーの前頭部に直撃した。

「あいったたた」

 僅かに聞こえた乾いた音に、はっとなる。

「あ、すいません手がつい」

 思い切り飛ばしたせいかとてもいい音がした。
 幾らこの細腕の力とはいえ、骨にヒビが入ってないか心配になる。
 ぬ、と影が差し、見上げて尻餅をつきかけた。苦みの中に穏やかさを混じらせていた親方さんが、般若の如き形相で私を見下ろしていた。
 喰われそうだ。体格差から馬鹿な事を考える。

「うちの弟子に何してくれて――」
「あーあーいいんですよ親方。今のはこっちの不注意だったんで」

 やってしまった事の言い訳も見つからず、転がった筒を見ていたら頭を抑えていたアルノーが助け船を出してくれた。

「ひ、じゃなくて、何かご用でもあるんでしょうか。あ、無くても構わないんですが、勢揃いなので」

 また『姫さま』と言い掛け。こほん、と咳で誤魔化して首を傾ける。

「そんなおおごとでも」

 そう告げようとして思い直す。結構おおごとかもしれない。
 自分に好意を寄せてる異性に「泊まらせて!」なんて、もしかしなくてもかなり危険な発言じゃなかろうか。
 下手すれば単なるお泊まりじゃなくて血の雨が降る。
 横で立ってるシリルに思わず視線を向けてしまうのはしょうがないだろう。

「ええと」

 言葉に出したくても出せない。もどかしい。

「お。やっぱ女の子か何でそんな格好してんだ」

 大柄な体躯の彼に覗き込まれて思わず身を引く。
 う。つい声を抑えるのを忘れていた。
 アルノーに気が付かれなかったら意味がないから声音を誤魔化す気はなかったが、ズバリ言われると居心地が悪い。
 そんなと言いたくなる位は怪しい格好なのだ。

「日焼けが、怖くて」

 姿が聖女ですから、なんて言えないし。UVカットも兼ねているので嘘ではない、はず。
 さんさんと降り注ぐ陽の光に瞳が透けそうな錯覚を覚えるが、杞憂なのか誰も何も言わない。
 目の前が見えるのに、顔が見えない黒い布って結構不思議。ひらひらしているのに意外に丈夫で傷もつかない。
 下に着ているドレスも同じく、転がろうがどうしようが無事である。無駄に傷を付けてみようと試みた事があるとも言う。

「あー、親方駄目ですよ。この人の顔が見たいとか許しませんよ」
「そう言われるとますます気になるだろうが」

 人間駄目と言われると余計にやりたくなってしまう。アルノーはむ、と頬を膨らませた。

「見たら最後目が潰れるんですからね」

 潰れるってそれは失礼、と言いかけて自分の姿を思い浮かべる。
 長い銀髪に金の双眸、それだけでは飽きたらず絶世の美少女と来ている。違う意味で目は潰れそうだ。

「ってははぁん、教会に行く理由の奴か! そこまでして見せたくないとはそこのお嬢ちゃんも大変だ。
 にしても、もう少し年上だと思ったんだがな。声からするとアルノーよりもちょっと下なのか」

 不審者を見る視線が和らいだのは良いのだけれど、今度は好奇心丸出しの不躾な目線が痛い。
 確かにアルノーは最近よく教会に野菜を持って来る。
 前は余り来なかったと聞いていたし、そう言う勘ぐり入れられるのはしょうがない、か。

「年上」

 私を示し、キッパリ答えるアルノー。いや、そうなんだけど……はっきり告げるには私の身長、声とか諸々がアルノーより子供なので頷きにくい。
 精神年齢は上だとは思うが、外見年齢は完全に彼より年下だという自覚がある。

「見たら」
「だーめです」

 にっこり笑って私の前に立ち、姿を隠してくれるアルノー。彼なりの気遣い、なんだろうか。
 けどさっきからアルノーの言動にしこりを感じる。完全に違和感と名付けづらいほどに揺らめく胸のもやつき。
 親方さんとの会話が年相応だから、なんだか、こう、気になるものがある。

「っていうかアルノーおめぇその言葉遣い気味悪いぞ」

 しばらく立ち話する事に決めたのか、首元のタオルで手を拭きながら親方さんが苦い口調で言う。

「う……っ」

 うめき声に顔を上げる。渋い顔をしたアルノーが居た。

「え、いつもこんな感じなんじゃ」
「いや、違う。こんな年齢と性格無視したキモい言葉は使わねぇ」

 首を振ってカラカラと笑われた。
 キモいって、ん。性格と違う?

「お、親方っ! なんて事言うんですか!」

 腕をばたつかせ、慌てる彼を見て幾ら鈍い私でもぴんと来るものがあった。

「……もしかして私騙されてました」

 好意を植え付ける為の演技。出会いと今までの態度で全く疑わなかったが、その可能性がある。

「そ、そんな事無いです。この言葉は本気でって、いってぇ! 何すんだよ親方!?」

 言い繕うとした台詞が親方さんの渾身の一踏みで悲鳴と抗議に変わった。口調が違う。

「付け焼き刃なんてこんな感じで簡単に剥がれるぞ。アルノーも何企んでるのか。
 騙されるなよ、まともそうな顔でもこの村ではかなり名の知れた悪ガキだ」
「俺は悪ガキじゃないったら! ……あ」

 呆れたような目をしている親方さんに唸り、はっと口を押さえるが吐き出した言葉が消えるわけでもない。
 この世界の子供全てを純真だと考えるのは止めよう。ナーシャは別として。
 悪魔や魔物が居るせいか、どうもこっちでは精神年齢が高い子供が多いらしい。
 それもあって丁寧な口調で話すアルノーに疑問を持たなかったわけだけど……うん、今の口調の方が似合う気がする。
 というか有名な位悪ガキなのか。教会ではそんな素振り見せなかったから知らなかった。

「無理して敬語にしなくて良いんですよ。地のままの方が好感持てますから」
「ううー。せっかくずっと敬語で通せてたのに、親方恨むぞ」

 押さえていた手を放し、日焼けした肌でも分かるほど頬を紅潮させて口を尖らせる。

「敬語しか使わねぇアルノー。想像が付かんな」

 しみじみ私とアルノーを交互に見つめる親方さん。どんだけ違うんだ普段と。
 そう言えば、野菜は前から教会に持ってきていたはず。

「っていう事はみんな知ってたんですね!」

 振り向いて牙を向けるとシリル以外の全員。ナーシャまで困ったように笑っている。

「いやー、知ってたけど何が変わるモンでもないし、なぁ」

 頷きあうオーブリー神父とボドウィン。

「微笑ましかったから思わずお姉さん眺めちゃったー」

 頬を抑え、きゃっと笑うマーユ。にこにこしたままのシスターセルマに、あらぬ方向に顔を向け口笛を吹くナーシャ。
 ナーシャまでそう言う態度しますか。

「そうですけど、気分の問題とかあるじゃないですか」

 今までのイメージが覆されていく。
 純粋、純朴、素直、真っ直ぐ。過去感じた感想が色々打ち壊される。
 素直な人間はこんな事しない。初めは本気でやっていたとしても、ナーシャみたいに慣れるはずだし。
 全てとは言わなくても、計算尽くか。やられた。

「教会の建てかえが決まってな。で、アルノーの家に泊めろ」

 落ち込む私を余所にオーブリー神父が事の次第を話し始めた。何故、命令口調。
 目線でこちらを示し、理由は言わなくても分かるだろうとアルノーに意味ありげに笑う。

「俺の家です、か。まあ良いですけれど」

 唐突な申し出に動揺したようだが苦笑気味に頬を掻いて頷く。
 え、そんなあっさり承諾!?

「お、親御さんとかの確認は」
「大丈夫大丈夫。なんとかするから」

 軽く指先を振って微笑む。
 そんな軽々しく言われても。
 ここで駄目だと断られたらそれはそれで困るし、あの馬車酔い地獄に舞い戻るのも遠慮したい。
 けどこの軽さはどうなんだ。

「好きな子と一つ屋根の下。燃える展開だな、頑張れよアルノー」
 親方さん、その発言オヤジ入ってると思う。

「そう言うわけなんで一応家に連れて行ってきますから、ちょっと仕事休憩入れさせて下さい」
 茶化しの入った台詞に眉を寄せ、野菜を詰めた箱を抱えて親方さんに渡す。

「そうか、良いだろ。頑張ってこい」
「頑張りますよー。でも、もっと頑張るつもりですよ」

 応援に笑っていたアルノーの視線がシリルに向いたのは。恐らく私の気のせいではないだろう。


 遠慮せずに地で行けと告げたのは私だ。だけどここまで綺麗に言葉通り変えられると居心地が悪く感じるのは我が侭なんだろうか。

「俺の家はこの近くで、畑の側。結構便利」

 丁寧口調を止めたアルノーは確かに年相応だった。
 こっちが本来の姿だと分かっていても違和感がある。どの位すれば慣れるんだろうか。
 先頭を歩いていた彼がくるりと振り返り、後ろに手を組んだまま歩き続ける。

「その様子だと守護者マーシェ出来たみたいか。良かった」

 足が地面に貼り付いたように動かなくなった。人は居ない。
 それを分かっていての発言だとは理解していたが、悪戯っぽく観察してくるアルノーの真意が微かに感じられて目眩がする。

「な……」

 隣で歩いていたシリルも足を止めてうめく。

「これで同じ立ち位置」
「アルノーテメェ謀りやがったな。しち面倒臭い事してるとは思ったが」

 オーブリー神父の声に彼が首を振る。

「まあ、無いと言えば嘘になる、かな。
 こうでもしないと曖昧なまま。はっきりして結果良くなったんじゃないかと」

 首を傾けたアルノーの台詞にぐ、と空気を飲み込む。確かに関係が悪い方に転がっては居ない。
 溜め込んだものを発散したせいかシリルも肩の荷が下りたようで、結果的に言えば前より良くなっている。
 焚きつけたのか。態度と顔にすっかり騙されていた、とんだ食わせ者だ。

「じゃ、じゃあ。その……」

 守護者というのも、と問いかけた言葉が彼の声で塞がれた。

「守護者になりたいというのは半分本当。でも同じ場所にいられるなら守護者じゃなくても良いので半分嘘。
 異空渡しの旅人フィムフリィソワ様には気が付かれてたみたいだけれど」

 アオ。分かっててやってたのかお前。

「姿だけでそう思っているなら止めた方が身の為です」

 彼が崇拝する初めの理由はあの出会い。姿だけ、外見だけなら見ているだけの方が幸せだ。
 なにしろ私の性格は聖女とはほど遠い。

「あ、姫さま酷い。流石にそんなに単細胞じゃないですよ〜。
 結構教会の方にも通ってるし、容姿だけでこんな事言い出すには無理があるとは思いません。
 それに、姫さまは外見だけ綺麗な人に人生全てを捧げられると思います?」
「……それは」

 むくれるように頬を膨らませたアルノーの台詞に口ごもった。
 アオの姿を思い出す。外見だけ綺麗、なら彼も当てはまる。
 が、一生付いていこうとは死んでも思わない。
 性格が絶望的に合わない。犬猿なぞ生ぬるいほど。

「でしょう。だから、性格込みでお側にいたいと感じただけです」

 アルノーの言葉に反論する材料が見つからなくて、私は口を噤むしかなかった。

 彼が前を向いてしばし黙し「あ、やべ敬語になってた」と呟いた時は、ぎこちない空気なのに少しだけ笑ってしまった。


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