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25:我らがパスタム教会広報部署
 最初に私の雰囲気が変わった事に気が付いたのはボドヴィッドだった。

「お嬢ちゃん?」

 先程まではただ緩やかに流れされて居ただけの身を引き締める。あれはあれで心地よかった。
 さて、お仕舞いにしよう。
 少しだけ寂しいけれどこの台詞はいつか言わなくてはいけないのだ。
 それが早くなっただけ、引き延ばさない自分を褒めてあげなければ。

「私を……」

 一呼吸置いて、もう一言。

「国に渡して良いですよ」

 ナーシャが私の腕を強く握った。

 心配してくれてありがとう。でもこれは逃れられない事だ。
 どうせ何時か大教会か国に連れて行かれるのならば、今が良い。

 知らないお金目当ての連中に連行される位なら、この人達に連れて行かれるほうがずっと良い。
 だから私は言った。

 私を売れ、と。

 シリルが口を開こうとして俯く。私の言葉の中に込められた物に気が付いているからだろう。

「ば、馬鹿いってんじゃないわよ! そりゃ確かに薄給だけど」

 マーユがスープを脇に寄せる事も忘れたように前のめりになる。

「私は聖女と瓜二つ。力もそう言われておかしくない、なら何時かはそうなるはず」

 神に愛された娘。それが私の姿。ならば、教会が、国が放っておくはずがない。
 何よりも、人々を逃がす時、瞳だけでも見られてしまっている。

「だからテメェを売れと。聖女様らしくお恵みのつもりか」

 スプーンを置いて、顎を掻き剣呑な眼差しを向けてきた。

「いいえ。知らない連中に連れて行かれるよりあなた達に連れられる方が私的には良いんです」
「おめぇは良くてもこっちが胸糞悪くなるだろうが!」

 静かに告げると神父が灰色の双眸を細め、歯を剥き出して吼える。
 彼の怒りはもっともだ。人身売買を推奨して居るも同然。

「承知の上です。だけど聖女と言われるなら、何時か私は捕らわれる。それこそお金を積まれてでも欲しがられる」

 その額は計り知れない。
 争いが起きてもおかしくない額が提示されるはず、私を奪う為に血が流れるかも知れない。自分が善人とは言わないが、争いごとは避けたい。

「意地汚い連中に捕まって売られる位なら、傾いたこの教会の……この中で捕まって売られる方がマシなんですよ」

 そして何より、気がかりな事もあったのだ。彼らなら私の気がかりを無くしてくれる。
 皆が欲しがるのは聖女だけ。……教会内で彼の瞳を見た時好奇はあったが、私ほどの反応はなかった。
 攫われた時、最悪、シリルが危険にさらされる事になる。
 この教会の人達が引き渡したとしても、私が聖女じゃなかろうと認められきっとお金が沢山貰える。そうしたらこの教会も建て直せてナーシャだって美味しいご飯が食べられる。
 憂いも無くなり、彼らも少女も助かる。これ以上嬉しい事があるだろうか。

「この世界の情報と、ご飯のお礼ですよ」
「許す訳無いでしょ」

 お金が絡んでも意地でも揺るがない精神力には感服する。けれど、ここは素直になって欲しいところだ。
 どうせ私は攫われるか何かするんだから。出来る限り穏便に事を運びたい。

「お嬢ちゃんの言いたい事は察するがなぁ、見ての通りこの教会はちっとばかり変わっているからそう簡単にいくとは限らないぜ」

 煙をふかし、ボドヴィッドが笑う。まあ確かに個性派揃いだとは思う、だからこそ彼らが良いとも思える。

「あなた達の事結構好きですよ。理由はそれだけです」
「っは、言うね。いい殺し文句だ。こんなクズ集めた教会で良くもそんな事言える」

 瞳を見開いたボドヴィッドが苦笑を漏らす。酷い言い草に怒りはしない、何となくだけど気が付いてはいる。

「はみ出し者って事ですね、良いじゃないですかはみ出し者。そう言う人間が居るから引き立つ人間も救われる人間も……心休まる場所も出来るんです」

 彼らは色々と普通とはかけ離れていて、この場所で暮らしているんだろう。クズの集まりとはそう言う意味だ。
 それを言うなら私だって元の世界でもここでも充分はみ出し者。どの世界に悪魔じゃなく神に罵声を吐く聖女が居るだろう。
 呆然とマーユが見つめ、セルマが唇を開こうとした時。馬鹿笑いが空気をかき混ぜた。

「っははははははは! あー、悪りぃ。とんだ甘ちゃんと少し考えてたがマナは俺の考えていたよりよっぽど曲者だ。
 気に入った、あー、気に入った! 国に売られたいってのは本心なんだろうが、ちょっとそれを引き延ばす気はないか」

 笑いを発した教会の主は、笑いすぎで目尻に涙を浮かべている。曲者とはなんという高評価。

「引き延ばす?」

 聖女様ではなくなった事に微かな安堵を覚えて尋ねる。

「この教会でちっと働かねぇ?」

 軽い世間話のような提案に私は少しだけ戸惑い、口元に手を当てた。
 ふむ。

「ちょっ、何考えてんのよこの不良!」

 とうとう神父すら消えてしまった。

「そうですよ、姫巫女さまを働かせるなんて」
「しかし、おめぇらよ。じゃ、売りましょうって感じでもないんだろ。ならどうするよ」

 二人のシスターの怒りをボドヴィッドの問いが沈める。良案が早々簡単に出る訳もない。
 ちらりとシリルに目を向ける。あなたの思う通りに、と言われた気がして心で唸る。
 確かに魅力的な提案だった。けれどちょっと一つだけ文句がある。

「条件付きならば」
「何だ。黄金は敷き詰められないぞ」
「そんな悪趣味なのではなくて。私、マナという個人は足手まといだという自負があります」

 神父の軽口に唇を釣り上げてみせる。

「あぁ?」

 怪訝な顔をする。そりゃあそうだろう。悪魔を一言で消し去っておいて足手まといなんて言うなんて何のつもりだと尋ねたくもなるはずだ。
 しかし、ここは譲れないのだ。

「長い髪が邪魔で転びますし、手先もあんまり器用じゃないです。その上無駄に目立つので歩く看板と言って差し支えありません」
「アンタちょっと何言ってるのよ」

 マーユの声に言葉を被せる。

「だけど、それでも構わず私と私の力を欲するならば。一人の人間としてあなた達のお役には立てるはずです。
 幸い、力にだけは恵まれました」

 はぁん、と唸り灰色の目が鈍い光を放った。

「なるほどなぁ。姫でも聖女でもなくマナとして扱えってんだな」

 神父の言葉に頷く。

「その通りです。雑用も出来る限り手伝います」

 特別扱いなんて要らない。私の力は役立つだろうけど、飾りのお人形なんてなりたくない。

「いい?」
「はい、あなたがそう決めたなら」

 目配せで何となく分かっていたけれど。シリルはにっこり微笑んで私を見た。

「よくなーーーい!」

 と、いきなり反対の声が木霊した。

「マナを置くのは良いけど、なんかさせるって何させるのよ。役職とか居るでしょ」
「シスターとかはどうですか」
「ンな目立つシスターが何処にいるの!」

 私の提案はもの凄い形相のマーユに却下される。
 あの服着たかったんだけどなぁ。
 天井を眺める。雨漏りのあったらしき天井は大きな染みが広がっていた。
 あ、そうだ。

「ここって寂れてますよね」
「放っておいてくれ」

 不良な神父がやさぐれる。そんなに気にしているのか。

「宣伝とかしてますか?」
「してる訳無いだろ、看板も真っ青なほどに教会がこうだからマーユが悪魔祓いの案出したぐらいだ」

 あの奇天烈な提案彼女だったのか。

「看板要りませんから宣伝しましょう!」

 余り良いとは言えないけれど、宣伝効果抜群の看板はちゃんとある。

「ここに看板がありますし」

 自分の顔を示す。ぱか、と全員が口を半開きにした。

「おい、そんな目立つコトしたらお前が困るだろ」
「ご飯に困っているよりは良いと思います」

 私の反撃に言葉に詰まる神父。ふっ、反論できまい。

「賛成しづらいけど。でもそれが一番良さそうね。そうとなれば早速役職付けるわよ」
「要りますか、役職」

 看板娘で充分だろうに。

「当然よ。えーと……パスタム教会広報部署、それに就いて貰うわよ」

 役職なんだろうかそれ。一人じゃ無理そうな感じだし。シリルがにこにこしているからこの分だと一緒になってくれそうだな。
 何か悪いなぁ。

「おいおいそんな部署何時出来たよ」

 ボドヴィッドが顔をしかめる。

「今できたわ!」

 堂々と宣言するマーユ。なんて男らしい。

「仕方ねぇな」

 はあ、と溜息をついて神父様が木のカップを掲げた。

「新しい仲間と……パスタム教会広報部署の設立、長くないかこの名前。
 ま、とにかく乾杯だ!」

『かんぱーい』

 カップが打ち合わさる音が響く。
 
 こうして、適当ながらも私とシリルはパスタム教会広報部署の一員となったのだった。

「我らがパスタム教会広報部署にかんぱーーい」
「かんぱーーーい」

 楽しそうなナーシャの声とは違って、音頭を取る神父の声はヤケクソ気味だ。

 今夜も明日も明後日も、しばらく私達は寝る場所の心配は要らないらしい。
 シリルと顔を合わせ、こっそり笑い合う。
 この日々は長く続かないだろうけど、今のうちにつかの間の安息と幸せを堪能しよう。
 何しろ本当に生まれてから今日まで静かに休む事が出来なかったのだから。


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