第八巻「天使な少女にご用心」
――夜景が、綺麗だ。窓からみえる景色には、いくつもの車のライトが絶妙なイルミネーションとして光を放ち俺の視覚を魅了してくる
「っふ、渋いぜ……」
こうやって窓に映る自分自身に自惚れ、闇がふけていく様を見ながら、俺はあることを考えていた……
…………
「一ヶ月奈美に時間をちょうだい。絶対にせっちゃんを『奈美すきすき〜』にしてあげるから」
あの後、天使騒動が一段落し、奈美が落ち着いたところで話を切り出そうかと思ったらいきなり奈美はこんなことを言い始めた
「? 精一さん、この女性は誰ですか? もしかして、これが噂の……」
「いや、こいつはルリカじゃないよ。奈美っていって、俺の幼馴染なんだ」
「はぁ〜、幼馴染さんですか。どもども、天使……いや、もうただのペーペーのマリです。よろしくお願いします」
ペコリ、とマリがお辞儀すると奈美もつられてお辞儀を仕返す
「あ、どうもどうも、せっちゃんと幼馴染やらせてもらってる奈美です」
にひゃ
ちらっとみると一瞬奈美が危ない顔になったのがどうも気になったが、とりあえずここは順当に話を進めていくしかないだろう
「で、奈美。その『奈美すきすき〜』ってのは具体的にどういうのだ?」
「にひゃ〜……え! とっと、え〜、せっちゃんもにぶいなぁ。この際だから、二週間後の修学旅行までにせっちゃんの彼女は誰がふさわしいかを決めようってこと」
そういえば一ヶ月後には高校生にとっては一番重大なイベントともいえる修学旅行があったりするのだ。なるほど、それまでに誰が俺の彼女にふさわしいか決めようという腹なのか
面白い
俺は一つ顔を緩めると、奈美の顔を真剣に見つめてこう言った
「いいだろう。ならば俺も覚悟を決めて一ヶ月後の修学旅行までに誰が俺の彼女にふさわしいか決めようじゃないか」
もう後戻りは出来ない。一度男が口にした以上、修学旅行までに誰が一番俺を愛し、また、俺が愛しているかを見極めなくては
「はぅ〜、な、なんか下界に来て早々大変なことになってます〜」
困り果てている元天使を横目に見ながら俺は考えた
果たして、誰を選ぶべきなのか……
…………
「精一さ〜ん」
ガチャ、という音と共に俺の部屋を開け放つマリ。今までお風呂に入っていたためか、頬は上気し、いちいち髪がなびくたびに銀色の髪先から雫がきらめく。ずっとツインテールだったため髪の長さは測りがたかったが、今は解いているので肩から腰にかけてのロングヘアーが異様に目立っている
俺は夜景を眺めるのを中止し、マリの方に振り返った
「ん? どったのよ?」
ちなみにマリは俺の家で引き取ることになった(まぁあたりまえだが……)。まず母に相談し、父に相談したところ
「うちの息子もついにやるところまでやっちゃったわね〜。奈美ちゃんが泣くわよぉ」
「そ、そうか……べ、べつにうらやましくなんかないんだからな!」
母はどこまで本気なのかわからず、父はなんとも微妙な反応で了解の意を伝えてくれたので、マリは早速遠山家の一員となったのだ
「精一さんのお母様から、『いきなりだったからマリちゃんが寝る部屋とかないから、今日はあのぼんくらとよろしくやって〜』といわれたので、出来れば今日は精一さんと一緒に寝たいなぁ〜、なんて……」
少しテレながらもその上目遣いは緩めないというなんとも上級者のおねだりをしてくるマリ。こんなことを言われたら普通人は一撃ノックアウトだろう。だが、しかしこの俺は普通の人たちとは1次元も2次元もかけ離れてるその道の上級者的存在なので、そんな低級なおねだりでは通用しない、プロとして負けてはいけないのだ
「そ、そんな天使みたいな顔されても俺には効かないぜ。一つ言うと俺はロリコンじゃあないからな。後5年くらいしてから出直してきてくれ」
そうだ。こんな誰が一番好きかを考えてる時にマリみたいのがいたら危ないところだった。そう思った俺はこのままマリと一緒に寝るのを拒絶しようとする
「いいかマリ、若い男女が同じ部屋で一緒に寝るということはだなぁ、これはもう一種の性行為といってもいいほどの……、いや、つまりだなぁ……っていないし!!」
俺が慌てふためいてマリを正常な道に進ませようと教えを説いてあげようと思ったのにいなくなってしまった。多分諦めて母のところにでも寝にいったのだろう
「はぁ、今日はいろいろと疲れたなぁ……。ベットにでももぐりながら続きでも考えますかね」
一人取り残された感のあるこの空気は寂しかったがしょうがない。これはあの娘の将来のためでもあるのだから。そう考えながらベットをめくった時だった
「……ちゃっかり眠ってるし」
そこには安らかな寝顔を満遍なく俺に見せびらかしてるマリの姿があった
…………
只今朝の二時
隣を見ればマリの寝顔が安らかな吐息と共に映し出され、清潔感のある石けんの匂いがマリ特有のミルク臭と混ざり合って俺の鼻腔をやんわりを犯してくる
「……っん」
ふと、気付けばいつの間にかマリの小さな足が俺を挟むようにして絡んでいた(べ、別に俺が絡んだんじゃないんだかんね!)
「せいいち……さん……」
足を絡めるばかりじゃ物足りなかったのか、今度はいきなり俺の体を抱きしめ始め、簡単にいうと抱き枕を抱き寄せるような格好になってしまう
「ち、ちょいまて、その術は反則すぎるぞ!」
先ほども述べたことであると思うが、俺はロリコンでは決してない。決してないが……
「むにゅう……、そんなところはだめれふぅ〜」
もじもじと足を摺り寄せさらに俺との密着度を高め始めるマリの攻撃に、俺の精神は脆くもトランプで作ったタワーの如く崩れてしまいそうだった
小さいながらもさすがは女の子。その体の柔らかさは一時の思考を停止させてしまうほどで、それは精一に大変な事件を起こすこととなった
「やヴぁい……小便行きたくなってきた……」
説明しよう、尿意というのは体がリラックスしている時に起こるものなのであることは皆さんご存知であろう。しかし、極度に体が緊張している時、例えばホラー映画などでよくあるジェイソンなんかが襲ってきた時なんかにももらしてしまう場合がある。それはなぜか?
答えは簡単、『極度の緊張の中である場合でも一瞬リラックスしてしまう場合があるからである』
そう、人間というものは常に緊張状態になれないもので、一瞬でもリラックスしてしまうのはむしろ仕方のないことなのである。つまり、今この場で俺がトイレに行きたいということも至極当然なのである
「マリちゃ〜ん、少しお兄ちゃんはトイレに行ってくるからね〜。その可愛らしい手と足をどかせてもらうよ〜」
慎重に、かつ大胆に俺はマリの手を俺の体からひっぺがえそうとする
しかし
「いやぁ……、だめれすぅ」
ガシッ!
先ほどの抱擁よりもより強固に繋がれたマリの手。一回合体してしまったものはそう簡単に離れられない
「思ったとおりの反応ありがとよ……」
こうなってしまった今選択肢はたった3つ
1・マリを何が何でも起こす
2・この手と足を何が何でもはずす
3・我慢する(尿意的な意味で)
今さっき2番の可能性は薄いと思ったのでしょうがなく1番の選択肢をとってみることにした
「おいマリ、ちょっと悪いけど起きてくれ」
マリは俺に抱きついている格好だったので、体を揺らすというよりは声での呼びかけに重きを置いてみた。これで少しでも起きてくれたら何とかなるだろうと思ったからだ
「ふにゅ〜」
「マリってば、起きてくれって頼むから!」
「へにゃ〜」
「てめぇ! おきねぇと明日の晩飯は牛丼だぞ!」
「やった〜」
しまった、こいつには牛丼がどんなものか知らないではないか。って、そんなことではなくて!
「やばい、マジで起きてくれねぇとお前のいろいろなところがゴールドに染まっちまうっての!」
そろそろふざけている余裕もなかったので、体を揺さぶりにかかる俺。わざとやっているのではないかなんていうことまでここまできたら考えてしまう
「きらきら〜」
「起きろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
今夜は相当長くなりそうだ(袋小路的な意味で)
…………
「精一さん、なんか目が赤いですよ?」
それは朝の一時になんとはなしにつぶやいたマリの言葉だ。マリからすれば心配して言ってくれたんだろうが、俺からすればなんとも腹が立ってしまったので(昨日はあの後二時間かけてマリの体を解き、ようやくトイレへと辿り着いたのである)
「ってめ、誰のせいで眠れなかったと思ってるんだ!!」
といって子供の特に弱いポイント、ようは脇の下を狙ってエントリーする。ちなみに使用キャラは主に右手の人差し指、中指、薬指である
「キャーーー! やめ、やめてくだ、あひひ、だめ、だめでふよそこ、あーーー!! 精一さん、ちょ、やーーーーー!」
「こいつめこいつめ、俺が昨日の夜に味わった苦痛に比べれば軽いもんじゃーー!」
どうやら効果は尊大の様だ。更に左手人差し指、中指、薬指をエントリーさせてマリの両脇を攻撃する。敵は既に瀕死状態だったが、ここはしょうがない。これが大人の世界だと思って諦めてもらうしか方法はなかった
「ダメーーーーー! ダメですよ、ひーーーーー!! せ、精一さん、お、お願いです。正気に戻ってくだはいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おらおらぁ! いくら泣き叫んでも誰も助けに来てはくれないぞ!」
マリはじたばたと一生懸命に俺からの攻撃を免れようと体を動かすが、さすがにくすぐられているためただただ俺に体をゆだねるだけの結果に終わっている
「ふぅ、こんなもんでいいか……」
あれから5分ぐらいやっただろうか。マリの普段聞けない声を十分に堪能したので、息が切れ切れになっているマリを横目に学校へ行く準備をする
「せ、精一さん……ひどいれふ……、私が何かしましたかぁ?」
「ああ、しいていうならおしっこの恨みは恐ろしいという奴かな」
おしっこに比べたら食べ物の恨みなんて微々たる物だろう。俺は昨日十分なほどにそう痛感したんだ
「はぁ、はぁ……。わけがわからないですぅ……」
「そんなことやってないで、ほら、学校行くぞ」
「ふぁい」
そうして家の玄関を開けると、そこにはなんとも言い難いほどの爽やかな陽気が俺達を迎えてくれた。それは、これからの出来事が楽しみになるようで、また、雲ひとつないことからの不安を抱えるようで
それより何より、俺は一ヵ月後には誰と付き合うかを決めなくてはならない
さて、誰にしたものか……
…………
「キャーーー! 可愛いですね先輩!! その子どうしたんですか!?」
朝の登校途中、いつものように通学路の途中の道で暇そうにしていたルリカに声をかけると、予想どうりというべきか。まずは俺の横にぴたっとくっついているマリに注目した
「ああ、こいつは俺の命の恩人の元天使だったマリだ。仲良くしてやってくれよ」
「はい、元天使だったペーペーのマリです。仲良くしてやってください」
ぺこっとお辞儀をする仕草一つ一つが可愛らしいマリを見て、ルリカもお辞儀し返す
「はは〜、早速先輩の毒牙にやられて天使属性なんかつけられちゃった口ですね。どうもはじめまして、私のことはルリカって呼んでください」
「あ、あなたがルリカさんですか!?」
いきなり飛び上がったかと思ったら俺の足に引っ付いてしまった。どうやらマリのルリカへの印象は、愛ゆえとは云えど俺を殺した凶悪犯らしい
「? どうかしたんですか?」
ルリカは不思議がって俺の顔を見やるが、俺は事情を話すわけにもいかないのでとりあえず
「大丈夫、これも仕様だ」
といっておくしかなかった
「なぁんだ、仕様ですか。先輩もそういう小さい子に洗脳するようなまねするのもほどほどにしてくださいよ。今の時代は逮捕されちゃうんですから」
ルリカが俺の腕をつかんで『逮捕です!』という姿は微笑ましかったが、それと同時に『ひぃぃ!』といってマリが俺の足を強烈につかんだために本当にがんじがらめにされてしまったのは言うまでもないことだろう
そうやって、おびえるマリを引き連れながらルリカとバカ話をしていると、時間というものは早いもので
「さて、じゃあマリちゃんともここでお別れですね」
如月学園の校門の前、今俺達三人はここにいた。ルリカは至極当然のごとく、俺とマリはここで別れるものだと思っていたらしく、マリに手を振りながら
「じゃあ、また明日会いましょうね〜」
と言って校舎の中に消えていった
「? あの……、精一さん。もしかして私はここでお別れなんですか?」
ルリカの去り際が気になったんだろう。マリは俺に不安そうな視線を送りながら次の言葉を待っている
「いや、ちゃんと手は打ってある。マリ、ちょっと耳かせ」
「はい」
俺が口をマリに寄せるとマリは素直に耳を俺に向けてくる。ここで何を思ったのか、俺はマリの耳内に一筋の息を吹きかけてしまった。反射というのも随分と怖いものである
ふぅぅぅぅ
「あはぁぁぁぁぁぁぁん」
マリは息を吹きかけられると同時にふにゃふにゃと地面にへたり込んでしまってしまった。こいつはくすぐりどころか耳もかなり弱いらしい
「せいいふぃさぁん、だぁめでふぅてみぃみぃはわゎぁ(精一さん、駄目ですって耳は)」
「いや、悪い悪い。今度こそ作戦の内容を伝えるからな」
再度口をマリの耳に近づける
ふぅぅぅぅ
「ひにゃゃゃゃゃゃゃん」
「あれー、おっかしいなぁ〜、なんか反射で……」
人間というのはやはり解明できない謎の方が多いのかも知れない、そう思った登校途中の一時であった
…………
「あ〜、おはよう! せっちゃん!!」
朝、教室の扉を開けるとすぐに奈美が俺の胸に飛びついてきた
「ん〜、程よい石鹸の香り〜、これはマリちゃんだね〜」
しかしこいつも嗅覚だけははんぱない様だ。一瞬にしてマリが俺と密着していたことを見抜いてしまった
「でもマリちゃんなら奈美許すよ〜、せっちゃんロリコンじゃないもんね〜」
「あ、ああ、まぁな」
ちなみに昨日、マリに抱きつかれた時に少しおっきしてしまったのは内緒だ
「あら、昨日はあんなにギスギスした空気だったのにもう仲直りしちゃったの?」
次に声をかけてきたのは澪だった。最初の頃に比べれば声も掛けてくれなかったので進歩したといえば進歩したのだろう
「だってせっちゃんと奈美は二人で一つ何だも〜ん!」
「はいはい、あんたがこいつのことになってくると何喋ってんだかわかんなくなるのはいつものことだしね。……ところであんた、今日から飼育委員の仕事始まるけど、本当にやるの?」
澪は奈美をあきれがちに一瞥すると、俺に向き直って問いかけてきた
「ああ、もちろんやるさ。夏美さんとも同じ班なのにさぼらない理由がないじゃないか」
そう、メンバーは俺、澪、夏美の三人に決定していた。多分皆飼育に関しては上級者のようなので、俺も十分に動物を可愛がることができそうだ
「はぁ……、わかった。じゃあ出来るだけ私や夏美の邪魔にならないようにしてね……」
「おうよ、まかせときな」
一つガッツポーズを作ると澪はまたしてもため息をつきながら自分の席に戻っていった
「よう精一、お前朝から生徒の間で話題になってるぞ」
今度は雅樹が俺に話しかけてきた。俺もこの学校に転校してまだ日は浅いのに有名になるとはさすがな男である
「ん、どんなだよ?」
とりあえず何で有名になったかを聞いておかなければならない。事と次第によっては高らかにその有名振りを掲げて全学年に知らしめなくては
「なんでも少女を虐めて虐めぬいた挙句、連れ去って蒸し焼きにして食べるんだとか」
「なんだ、その夜は墓場で運動会をするのが趣味のようなの輩は」
ちなみに俺は髪の毛が妖気で逆立ったり、いきなり体重が石の様に重くなったりするような性質はない。ない故にそんな話題は早々に切り捨てるべきだろう
「へぇ〜、せっちゃんって少女を食べたりするんだー。あ! もしかしてせっちゃん、マリちゃんを……」
奈美は怖がったフリをしておびえた表情を見せている
「バカか、蒸し焼きにするんだったら十年待って普通に喰べてるわ(肉体的な意味で)」
「それもそうだね〜」
まったく、その噂を流した奴はまったく俺を知らない奴だろうことは容易に想像できる。そいつには俺の性癖を十分に知った上で噂を流して欲しいものだ
「まぁそいつらには俺のほうから『デマだからあんまあてにすんなよ』とはいっといたから安心だとは思うが、お前、何かしたんじゃないか?」
「ん、まぁ……。したといえばしたかもしれない」
いくら反射的にとはいえ、少女の耳に息を吹きかけることは虐めることと同率ではあるかもしれない。そういうことならこのデマもあながちデマとはいえないのか
「そういえばせっちゃん、マリちゃんはどうしたの?」
今まで俺に抱きついていた奈美が、今思い出したように(今思い出したのだろうが)俺にマリの所存を聞いてきた
「ん? それはな、『秘密』だ」
そう、これは俺が昨日寝る前にトイレで考えた妙案である。それであるが為に今話してしまうと興がそれてしまうというものだ
「え〜、せっちゃん教えてよ〜」
「いくら奈美でもそれは無理。あ、先生が来るぜ。しっかり席につかないとな」
「ぶー、いっつもせっちゃん遅刻してくるくせにぃ〜」
席に奈美を促すと、渋々自分の席に着いた奈美。安心しろ、答えはもうすぐやってくるから
先生はいつものように教壇の前にたち、いつものように生徒の名前を呼び始める。いつもと違うのは、精一がこの時間帯に教室にいるということぐらいだろうか
「よ〜し、今日は皆欠席も遅刻も無いようだな。ほんと、いつもこうだといいんだが……」
俺の目をしっかりと捕らえながら話してくる先生、そんな先生に今日は俺から嬉しいお話があるのだ
「先生、先生の娘さんが死んでからもう4年と聞きますが本当なんですか?」
実は先生には一人娘がいたらしい。そのことを昨日の学校で風の噂で聞いたので、本当かどうか聞いてみる
「ん? あ、ああ……。あいつも今生きていればこの学校に入っているぐらいの年齢だったんだがな、不運にも病気であっさりと死んでしまったよ」
やはり先生には娘が一人いたらしい。しかも生きていれば俺らと同じ世代なんてまさに好都合だ
「先生、今、娘さんはいないんですよね?」
「ああ、だからどうしたんだ?」
ここであせってはいけない。へたに相手に警戒されては今まで計画してきたことがおじゃんになってしまう
「ここで一つ提案なんですが、先生、イタコって知っているでしょうか?」
「イタコ? イタコってあの霊を呼んで自分の体に憑依させる奴か?」
そう、イタコとは、自分の体に死んだ人の霊を呼びよせる霊能力者のことである。しかし今その霊能力者がどうかしたというのかという顔で俺を見つめてくる先生だが、ここで一気に俺が畳み掛けることにする
「先生、実はそのイタコ、ここにつれてきているのです。丁度親戚のイタコがこの町に越してきたので、是非先生の娘さんの声を聞かせてやりたいと思いまして……」
「はぁ? なんじゃそりゃ!?」
「よし、じゃあ入ってきなさい」
「はい、わかりました」
先生が驚きに戸惑っている隙に、教室の扉が開かれると共に先ほど話していた計画『イタコディスティニー』を発動することにした
…………
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「…………」
「むにょぉぉぉぉぉぉ!」
「…………」
今この場では、この地球上で果たして実現したことがあるのだろうか、教室内で教師の娘の霊を呼び寄せる儀式が始まっていた
「おぉ、なんかマリちゃん凄いよぉ……」
「……あんた、何考えて普段生きてるのよ」
「こりゃあデマも流れるわな……」
只今マリが先生の娘の魂を自分の体に呼び寄せることに必死になっている。先生はもう何がなんだかわからない感じで、思考がストップしてしまったようだ
「あむくぅぅぅぅぅぅ」
「…………」
「きたぁぁぁぁぁぁぁ! きたですぅぅぅぅぅぅ!」
おぉ、とクラス中から期待のまなざしが一斉にマリへと注がれた。まぁいきなりイタコですといってこんな少女が現れたんじゃしょうがないことか。俺は皆が注目している間、気付かれないようにあるものを手に持って、決定的瞬間を待っていた
「…………」
いきなり静かになった教室。マリは先ほどの態度とは打って変わってうつむいた表情で沈黙している
「あの……、大丈夫ですか?」
先生が心配して、マリに話しかけたまさにその時だった
「お、父……さ……ん」
「はい?」
「お父さん、お父さんでしょ? 私よ、わかる? 今はこの子に乗り移ってるけど、私よ?」
「ま、まさか……お前、汐見か?」
クラスは騒然とした。まさにこのとき、感動の親子の再会を果たしたのである
「そ、そう。その汐見よ。今まで育ててくれてありがとう。お父さんは私が死ぬ時後悔していたけれど、私は十分幸せだったわ。今までお父さんという太い柱に守られて嬉しかった」
「お前、本当に汐見なんだな! ……悪い、今でも悪かったと後悔している。あの時お前の病気にもっと早く俺が気付いていれば……」
いきなり先生はマリに向かって涙を洪水のように流しながら懺悔し始めた。予定の範囲外だったのか、マリは俺の顔を困ったように見つめたが、俺がゴーサインを出すと、意を決したかのように更に喋り始める
「あ、ああ、あのことはもう悔やんではいないの。今はまたお父さんに会えただけで嬉しいわ」
「汐見、汐見ぃ……」
パンッ!!
ここで俺が隠し持っていたクラッカーを発散させる
「おめでとうございます先生、また娘さんに会えましたね」
皆にもクラッカーを渡すと次々に教室はクラッカーの帯に包まれた
おめでとー、おめでとー先生!
パンッ!! パンパンッ!!
生徒達は涙を流しながら次々にクラッカーを発散させ、先生の娘との再会に花を添える
「あ、ああ。皆、ありがとう」
生徒の皆々から祝福される先生とマリ。マリはどさくさにまぎれて
「な、なんかいけないことしてるのにこんなに歓迎されると嬉しいものですね」
と俺につぶやいてきた。だが、俺はそんな嬉しそうなマリを見て
「ああ、でも最後の詰めを忘れるなよ?」
と、マリの頭をくしゃくしゃと撫でながら念を押すのだった
――まったく、お前と云うものが聞いてあきれるぜ
なんだよ、アレはいけないことだったか?
――わかってねぇ、ほんとにお前はわかってねぇな
なんだ、俺は何か悪いことでもしたのか?
――ああ、お前は『タッカ無ハデキベウ会出ニ使天ノア』
ふん、俺はどこまでも死んでいるということか
――いや、お前は永遠に生き続けるということだ
面白い、生き続けること、それも死と同率。故に空虚。つまりは
『生か死か』
ということなのだろう |