第六巻「奥様はヒステリック少女」
吹き抜ける風、屋上。淀みない青空の下、そこには二人の少年少女がいる。少年はひとつ息をつくとこう言った
「いきなりで戸惑うかもしれないが、俺がアメリカにいたころの話をしよう」
――俺は中高大とつながっている学校にいき、女子とのスキンシップも程々にそれなりに楽しんでいた。そんな中学三年を過ごし高校に入り三学期になったころ、ある物がうちの高校で流行りだしたんだ
それは、麻薬
一般的にうちの学校で『チョコ』と呼ばれていたその麻薬は大学部から高等部へ秘密裏に渡ってきたらしいものだった。形は本当に一口サイズのチョコのようなもので、効果は一時的な快楽を得られる代わりに中毒症状、幻覚等を見るようになってしまうというごくごく普通の麻薬となんら変わらない効果である
しかし、このチョコには恐るべき効果があった。それは死んだもの、つまり『幽霊』を見るようになるというものだ
これは麻薬による幻覚症状と捕らえられるかもしれない。だが、この麻薬を服用したみんながみんな姿かたちは違えど幽霊が見えたという。効果は初めての人で三日間。服用するたびにその効果は長くなるが、その幽霊が見えるというスリルがうちの学校で流行った一つの原因だろう
そんな麻薬が流行り始めて一ヶ月、学校は表面上はおおらかに進んでいったが、裏では大変なことになっていた。まずクラスの人数が一人、また一人とどんどん学校に来なくなってしまっていった。そのどれもがチョコを服用したことのある生徒で、最近毎日服用するぐらいに堕ちてしまったものである
次に、先生たちも服用しているという事実。これも最近の調べでわかったことだが、誰かが先生にチョコを渡すフリをして食べさせてしまい、堕ちてしまったところから始まったらしい
「そして今現在、チョコの服用者はこの高等部全体の三割を超えている……か」
暖房の無機質な音がする中、俺はパソコンの画面を見つめながら口を開いた
「そうですね〜、でもこのままだと不登校の人が多くなって学級閉鎖になるかもですよ。うらやましいですね〜」
少女は俺に寄りかかりながら一緒に画面を見ている
「ふざけたことを言うもんじゃない」
ピラッ
「キャ!! どっちがふざけてると思ってるんですか先輩!」
両手でスカートを押さえながら講義してきた少女
「ん? 俺は常にまじめだが……、お前もパンツがうさぎの時点でまじめではないな」
俺はさも両成敗という風に話す。何事も丸め込んだ者勝ちということだ
「もぅ! 私怒りますよ!」
それじゃあこの学校について説明しようか。ここは中等部と高等部の間にある部室等の一室で、表札には『諜報部』と書かれている。俺らの仕事内容は公には学校のことやその付近の歴史等を調べ、何か事件があればその報告をする等の味気ないものしかないが、実際には学校全体の生徒達の情報が入ったパソコンとクーラーや暖房の設備が整ったこの部室が気に入ったから入っただけである
そんな優雅な部室だが部員は二人、高等部の秀才と言われた俺こと遠山精一と
「だいたいですねぇ、先輩はいつも女の人の気持ちとか考えてなさ過ぎ……、って人の話し聞いてますか!」
口うるさい中等部の俺の後輩、文月ルリカ(ふみづきるりか)しかいなかった
「おぅおぅ、俺はいつもお前のことを思ってるぞ」
とはいったものの諜報部なんて別に人数が多すぎても困る話なので、学校側には特別に許可をもらっているということだ
「じゃあなんでいつも私の嫌なことをするんですか!」
まぁ、そんなことはどうでもよく、いつもの痴話げんかを繰り広げているときだった
「!! これは……」
「って、スルーですか!」
俺はパソコンを開き、今まで調べてきてわかっている範囲でのチョコ服用者の生徒達の欄を眺めていたらある重要なことに気がついた
「おい、これを見てみろ。これは二学期のときのまだ何も服用していないときの生徒の写真で、こっちは服用した後の写真だ」
「何ですか? ってこれは……」
パソコンの画面を見つめながら驚くルリカ、そこには
「目が、赤い?」
その生徒は瞳の色が綺麗なマリンブルーから、まだ薄いがどう考えても赤にしか見えないような目に変わっていた
「そしてこれは別の生徒だが、俺が極秘に不登校のやつを家まで尾行して撮った写真だ」
そう言ってルリカに写真を手渡す
「うぇ! 何ですかこれは!」
そこには浮浪者のような人間が家の二階の窓からこちらをのぞいているようにしか見えない写真で、目のほうはよく凝らさないとわからなかったが、明らかにどす黒いような『赤い目』をしていた
「俺はこの写真を光か何かの反射の関係でこうなってしまったんじゃないかと考えたが、もしこれがチョコの効果だったとすると……」
「チョコを服用すると目が赤くなる。これは新しい発見ですね」
俺たちがこの事件を調べ始めて二週間、ようやく新たな発見ができた。だが……
「ああ、しかし皆はチョコをどこから手に入れてくるんだ?」
そう、一番肝心な入手経路がさっぱりわからないのだ。だからチョコの成分も解析できないし売人も特定できない
「私の調べによると、どうやら大学部の人たちが大量に流しているようなんですけど、どうも素顔を見たことのある人がいないそうです」
と、ルリカはピンク色のファイルに目を通しながらこちらの問いに答えた
「そうか……、まぁ今日のところはこれ以上調べてもわからないだろうし引き上げるか」
俺は席を立つと突然ルリカが俺の制服の裾を引っ張ってきた
「先輩、アレ……」
ルリカは顔を真っ赤にしながら手をもじもじさせている
「ん? ああそうか、今日もうまかったよ、ご馳走さん」
そういって手渡した空の弁当箱
「そうですか! それはルリカの愛情がこもっているからですね!」
俺がおいしかったというと急にハイテンションになってしまった。さっさと立ち去らなければ
「んじゃあ俺はこれで失礼するよ」
「三学期になってから作り続けてようやくおいしいって言ってくれました! ようやく……」
バタン、という音と共にさっさとドアを閉める精一。実はこれにはわけがある
「あー! 先輩また残してるーーー!!」
それは
「ヤバッ! ここは逃げるが勝ちだ!」
あるものを食べなかったからである。そのあるものとは……
「先輩、ウィンナーはちゃんと食べなきゃダメですよぉーー!」
だって、ウィンナーは、ねぇ?
…………
それから一週間がたった二月十四日、俺はいつものように部室に行く
「ふぅ、ルリカはまだ来てないみたいだな」
今日は年に一度のバレンタインデー、なので相当チョコをもらえると意気揚々で参じた俺だったが、実はまだ一個ももらえていなかったりする
「う〜ん、何がいけなかったんだろうなぁ」
パソコンを開きながらひとりでに愚痴る俺。『チョコくれ〜!!』となにかの妖怪さながらに女子を追いかけたのが原因だったのかもしれないな……。そうだ、ここは動物愛好会のなっちーさんにチャットで聞いてみよう
『まだ今日一個もチョコをもらってないんですけど、何が原因何でしょうかねぇ』
動物愛好会という団体の中で偶然知り合いチャット友達になったなっちーさんは、オンラインだったのですぐに返事が来た
『多分精一さんが女性に対して少し強引に接しているからですわ。女性というのは甘い言葉に弱いもの、甘く接してみてはいかがでしょう?』
さすがなっちーさん、俺のことをよく知っていらっしゃる。まぁ、まだ会ったことは一度もないんだが
『おお、大変ためになるお言葉です。早速使ってみますよ』
『ふふ、お役に立てたなら光栄ですわ』
さて、ここらで質問を変えてみることにする
『そういえばなっちーさんは誰かにチョコをあげましたか?』
やっぱり恋人とかいるのだろうか、優しそうな人だからいるかもしれない
……
………
…………
あれ? 返事が返ってこない、トイレでも行っているのだろうか。そう思っていると唐突に返事が来た
『いえいえ、そんな、私は何も、精一さんにあげたいなんて一言も、ええ、そうですわ、一言もそんな、ああ、あ〜〜〜、何も見えない聞こえない〜』
どうやらかなりテンパッているようだ。質問とまったく違う答えが返ってきた
『あう〜、あう〜』
『あ、すいません、そろそろ部活しないといけないんで抜けますね』
そういってそのチャットから抜ける精一
「……世の中には変な人がいるんだな」
「それって先輩みたいな人ですか?」
突如俺の前に現れるクリッとした目
「うぉ! ルリカか……、いきなり出てくるなよなぁ、もう」
危うく俺の息子がおっきしてしまうところだったじゃないか
「ってへ」
「『ってへ』じゃねーよ!」
そういってルリカの頭を叩こうとした瞬間にあることを思い出す
『女性というのは甘い言葉に弱いもの、甘く接してみてはいかがでしょう?』
よし、ここはひとつ試してみよう。チョコのためだ、やむをえまい
「ルリカ、いつもいつも言おうとしていたんだが」
ルリカに突然真顔で詰め寄る精一
「な、なな、なんですか!」
ルリカはいきなりのことに驚いて後すざる。そうしているうちにルリカが壁を背にして向かい合う形になってしまった
「いつもいつも……、ありがとうな」
「へ?」
ルリカは目を丸くしている。よし、ここで畳み掛けてしまおう
「お前は何の得にもならないのにこの部活で俺と一緒に一生懸命働いてくれた。それにもかかわらず今学期になってからはお弁当まで毎日作ってくれるようになった。これはおおいなる賞賛に値するよ」
そうしてルリカを優しく抱きしめる俺。ルリカの体は強く抱きしめれば壊れてしまいそうなほど柔らかだった
「あぅ……」
ルリカは俺の胸に顔をうずめたまま黙っている。おそらく経験上、こういう場面にあったことがないのだろう
俺はルリカの右手をつかみ
「そこで、そんなお前に俺からのプレゼントを用意したんだ」
と言いながら手を開けさせ制服の胸ポケットからあるものを取り出す
「え?」
ちょこん、とルリカの手のひらに乗せられたそれは、蝶を象った薄いピンク色の小さな小瓶だった
「何ですかこれ?」
ルリカはそれをいぶかしげに見つめながら俺に聞いてきた
「ん? これはな、今うちのクラスではやってるバタフライキスの香水だよ。お前は香水なんかつけなさそうな顔してるからな。これで少しでも可愛くなってくれたらと思って昨日買ったんだ」
実はこの香水は、バレンタインということで誰か最初にチョコをくれた人へのサプライズであげようと思っていたものなのだが、結局誰からもチョコをもらえない結果に終わってしまったので、まぁ結果オーライというやつだろう
「そ、そんな……、先輩、私のために……」
一回精一との距離をとるとルリカは
「ありがとうございます。この香水は大切に使わせていただきますね」
と深々とお辞儀をしてくれた。つまり、それほどこのプレゼントが嬉しかったと言えよう
だが、俺のこのプレゼント計画はまだ果たされていない。俺はなんとしてでもチョコをもらわなくてわならないのだ
そんなことを考えているうちにルリカは自分の学生鞄のほうに歩いてゆき、俺があげた香水を鞄にしまうと逆に中からメルヘンな動物が描かれた袋を取り出した
「それで、ですねぇ……」
お?
「実は、ルリカからも先輩にプレゼントがありまして……」
おぉ?
ついにこの時がやってきた。義理とはいえようやくチョコがもらえるのだ、これほど嬉しい時はあるまい
「つまりその袋の中の物がもらえるってことかな?」
こっちが興奮していてはもしかしたらもらい損じるかと思ってあくまで平静を装った問いだったのに、ルリカはと言うと
「あ、でも、その、そのですねぇ……」
と、その袋を持って俯いたままそこに突っ立ているだけだ。どうやら俺にその袋を渡すかどうか迷っているらしい。まずい展開だ
そして三分ほど沈黙の時間が経過した後、ルリカは意を決したかのような顔で俺をまっすぐに見つめながら
「先輩、笑わないでくださいよ」
と言って俺にその袋を手渡してきた
「笑うかよ。ルリカが作った大事なものだろ?」
やった−! ようやくチョコを獲得できたーー!!
内心ルンルン気分の精一だったが、ルリカの方はいまだに緊張で顔が強張っているようだ。チョコを渡す以外に俺に何か重大な用でもあるのだろうか
「先輩」
ルリカはいまだこっちをまっすぐに見つめていた。その証拠にその瞳には俺のクールフェイスが映っている
「どうした?」
あまりに真剣な顔つきなのでこちらも強張ってしまった。いったい今日のルリカはどうしたというのだろうか
「先輩は、ルリカと先輩が始めて会った時のこと覚えてますか?」
急にルリカは俺たちが出会った時の話を持ち出してきた。初めてルリカと会った時……
「ああ、覚えているさ、ちょうど一年前か。あの頃はお前は人と話すのがあんまり好きじゃなかったように思えたな」
そう、今のルリカはよく喋る小娘だが、それは俺の前だけ。初めての人と話すとなると急にテンパってしまって黙り込んでしまうか、しどろもどろになって何を喋っているのか分からなくなってしまうのだ
「くすっ、そうですねぇ。特に先輩みたいな人となんか絶対に喋れませんでした」
ルリカは少し頬を緩めて笑うと話の続きをしてきた
「最初に先輩の方からナンパしたんですよ。あの時は本当に死にそうでした」
去年のこの日、俺は今日と同じくチョコを求めて手当たり次第に女の子を口説いた覚えがある。その中の一人がルリカだ
「そうだったな。アメリカ人にしてはどうも奥ゆかしい子だと思った覚えがある」
ルリカは俺と話すのが初めてだったので、俺がチョコを欲しいと言っているのにルリカはさっさと逃げてしまったのだ
「初めてナンパまがいのことをされたんでテンパっていたんでしょうね。だからあんな事件にも巻き込まれた」
そうしてチョコを手に入れることができなかった俺は帰り道不良に絡まれている一人の少女を見つけた
「まさかその時に助けた子がさっき早々に逃げていった子だとは思わなかったよ」
精一はためらうことなくその不良の群れに突入していって完膚なきまでに叩きのめした後、顔をみたらさっき逃げた子で驚いたものだった
「ええ、ルリカも逃げている途中に不良に絡まれるとは思いませんでした。しかも助けてくれたのがまさかさっきまでへらへらナンパしてた先輩だったなんて」
おかしなものです、と肩をすくめるルリカ。もう日は傾き始めていて、簡素な部室の中を綺麗な夕日が二人を包んだ
「でも、あの時からルリ……、いや、私の時は始まったんだと思います」
「え?」
いきなり俺に抱きついてくるルリカ。まぁ、最初に抱きついたのは俺のほうだが、まさかルリカに抱きつかれるとは思いもしていなかったので心臓の鼓動がとたんに早くなるのを感じた
「私はあの時から先輩が好きでした」
いきなりの告白、まさかの予想だにしない展開。だって……
「お前、確か彼氏がいるんじゃなかったのか?」
そう、実はルリカはこのとき彼氏がいたはずだった。確か付き合いだしたのは去年の終わりのほうだっただろうか。彼氏の姿はルリカが喋ろうとしてくれなかったので分からなかったが、部活中たまに彼氏とのデートの内容を話してくれたりもした。だからこそこのバレンタインのチョコは義理だと思い、だからこそ毎日作ってくれているお弁当は彼氏の分を作るための予行練習的なものだと思っていた。だからたまに失敗作が入っているのもしょうがないと思って食べていたんだが……
「あれは、嘘です。口からのでまかせです」
ハァ!? 今ルリカの口からあまりにも簡単に衝撃の事実が明かされた
「彼氏が、いないだと!?」
もしこの事実を受け止めるなら、今までルリカが俺に対して行ってきた行動は彼氏がいるからこその遊びとかではなく、真剣に俺に接していたということになる
そうなるとことはただじゃあすまなくなってくるのだ。なぜなら俺は遊びでルリカは付き合っていてくれたいるんだとばかり思い、あんな抱きついたりぴらぴらスカートをめくったり(これは普通の女子でもやるが)していたのだ。だからキスや、一線を越えることなんかはすることはなかった。いや、する気が起きなかったといった方が正しいかもしれない
「はい。私お弁当なんか作ったことがなかったので、彼氏がいるという風に言えばたとえ失敗していても納得してもらえるかなと思ったんです。デートの話は嘘っぱちです。先輩とどういう風にデートしたいか常日頃から思っていたので割とすんなり口から出てきました」
「わざわざそんなことで……、ってこの俺をだまそうとしても無駄だぞ。他の男がだまされても俺は人の目を見ればそれが本当か嘘かわかるからな」
そんな人間はいないだろうが、この局面で嘘をついて何か変化がない人間もいないだろう。一回ルリカの抱擁を解いてルリカの顔をよく観察する。顔全体に強張った表情はしているものの、俺の目はまっすぐ捉えていて離さない。今までの人生経験でこれが嘘をついている顔なら女優かなにかになれるんじゃないだろうか
ルリカはそういう顔だった
「まさか……、ほんとにほんとなのか?」
いまだ信じられない様子の精一にルリカは呆れ顔でこうつぶやいた
「そんなに信じられないなら、ルリカがあげたその袋の中を見てくれればわかりますよ」
精一が今もっているファンシーな袋。中身は大体想像がつくが、一体なにがわかるというのだろう
「実を言うと、ルリカは先輩にお弁当を作るまで料理をしたことがなかったんです。だから、お弁当を作り始めたのも今日この日のために作っていたと言っても過言ではありません」
袋から可愛いキャラクターがプリントされた紙箱が出てきた。四方十五センチぐらいのその箱の表紙には『遠山先輩へ』と書かれている
「……開けていいのか?」
わざわざ俺の名前が書いてあったということは初めから俺に渡すつもりだったんだろう。つまり今までの苦労は取り越し苦労だったのか
「はい、だって先輩のために作ったんですから」
そういうことなら開けない選択肢はない。思い切って箱を開いてみる
「って、うわ、すご!」
一言で言うなら、いわゆるバレンタインの詰め合わせである。チョコチップクッキーが周りを占領し、所々に一口サイズのチョコレート。全面的にチョコチップでコーティングされていて、中でも一番精一の目を惹いたのは箱の中央にある
『先輩、大好き』
と書かれたハート型のチョコだった
「どうですか先輩? 驚きました?」
一体これを作るのに何時間かかっただろうか。少なく見積もってもゆうに三時間は越えているだろう
「……ああ。驚きでジョークも言えないよ」
本当にルリカは俺のことが好きなんだっていう事実が今はっきりとわかった。後は俺がその思いにどう答えるかということだけ
「それを作るときにルリカはいっぱい先輩のことを考えたんですよ。手渡したときにどういう反応をしてくれるかとか、食べたときにおいしいって言ってくれるかとか……。それで、いろいろ考えた結果、今日この日をルリカの告白日にしました」
「ルリカ……」
俺はもう答えが出ていた。何も考えることはない、最初から俺の心は以前から。そう、ルリカに会う前から決まっていたからだ。今もその気持ちは揺るがない。だから、ルリカの心に対する返事を言おうとした。しかし……
「待って」
ルリカが俺の返事を遮ってきたのだ。この期に及んで一体なんだというのだろうか
「先輩、返事はルリカが作ったこのチョコを一口だけでも食べてからにしてくれないですか?」
まぁ、そう言えばそうだろう。せっかく俺のために作ったのに先に返事を言われてからでは遅いというものだ
「あ、ああ……。それじゃあ、いただきます」
そうして適当に紙箱の中から一口サイズの『チョコ』を手に取り口に放り込む精一。かみ締めるごとに口の中に甘さが広がり、それは俺への愛情がどれだけあるかを示しているようでもあった
「ねぇ、先輩。知ってます?」
チョコを食べるのを終始見届けていたルリカは、俺が食べ終わるのがわかると、にっこりと笑って突然意味のわからない質問をしてきた
「ん? 何がだ?」
さすがに見当もつかない俺はこう言うしかなかったが、次の瞬間信じられない言葉がルリカの口から告げられた
「チョコの本当の目的」
「え? っグ!! ……ググ、お、前……」
次の瞬間、精一の口の中が一気に苦味で満たされた。それは想像を遥かに超える苦さで脳を侵食し、もはや舌の感覚で残っているそれは痛みでしかない
近くの机に突っ伏す精一を見下してルリカはなおも口を開く
「本当ならあんな高価なもの他人にあげたくなんてなかったけど、チョコの効果を確かめるにはいくらかの犠牲が必要だった」
「ぐっ……くく」
首を圧迫して何とか吐き戻そうとするが、すでに何回も噛んで溶かして流してしまったために効果は期待できないだろう
「凡人のあいつらにはわからなかっただろうけど、チョコは麻薬なんかじゃないし幽霊なんていうのも見えやしない」
「く……ぐぁ!」
だめだ、意識が朦朧としてきた……。すでに俺の脳内はわけがわからないことになっていて、視界は先ほどからぐにょんぐにょんに回っている
「あ、それとこれはもう必要なさそうね」
そういってルリカは目からコンタクトをはずした。いや、ルリカは目が悪くなかったはずだ。だとしたら……
「ルリカは本当に先輩が好きなんです。他の女の子に渡したくないくらい……」
そういって衰弱しきっている俺のほうに歩み寄るルリカ、どんどん顔が近づいてゆく
「先輩、大好きです……」
途切れ途切れの意識の中、瞳の色が夕焼けと同じか、それ以上に真っ赤に染まっているルリカを認識する
「ル、リカ……」
そうして俺の意識はそこで止まってしまった
俺は善い行いをしただろうか?
――ああ、したんじゃないか?
疑問形で返すな。俺は悪い行いをしただろうか?
――ああ、したかもな
不確定な返事は嫌いだ。俺は、生きれるだろうか。それとも……
――
なんだ、何も答えてくれないんだな
――当然じゃないか、俺はお前なんだから |