第五巻「牛丼奈美盛五百円」
朝の登校というものはまだ頭に気合が入っていないためかったるいものである。しかし、そんな朝の登校は既に今日からかったるいものではなくなっていた
「せんぱ〜い!」
昨日の放課後にルリカと約束したこと
『明日から一緒に登校する』
理由は単純で不良に絡まれるのが怖いからなんだけどね。……ま、そういうことで今日からは俺の元カノと一緒に登校ってことだ
「先輩! おはようございます!」
「おぅ。ん? お前今日香水つけた?」
「はい! 今日は気合を入れるため先輩にもらったバタフライキスの香水をつけました!」
「うむ、いい匂いであるぞ。さすが俺だ」
「っは! ありがたき幸せにあります!」
こちらに敬礼をしながら今日も元気いっぱいのルリカ。……う〜ん、こんなに見せつけられちゃ俺も黙ってはいられないな
ピラッ
「はぅ!」
「いいねぇ! ちゃんと昨日の反省点を生かしてクマパンとは!! 90点だな!」
お約束のスカートめくり。ルリカは頬を赤らめながら
「先輩ひどいですよ〜、早速ルリカをいじめないでください!」
と言うのだった。このノリはスカートはダメだったらしい
「はは、愛い奴愛い奴」
そうして二人は学校に向かって歩き出す。だが、このとき精一はルリカのある異変に気付いていた
それは、ルリカの目の下にうっすらとあるクマと、化粧でごまかしてはいるが目の周りの赤い腫れである。これは常人じゃあ見えないだろうが俺は数々の女を目にしてきたからわかるのだ
「昨日あの後何かあったな……」
「はい? なんですか先輩?」
「い、いや、なんでもない」
まずい、ついうっかり口に出してたか
「? 変な先輩ですねー。あ、でも先輩は元々変な人でしたか」
「元々は余計だ」
そういってルリカの顔を真横に引っ張る精一
「い、いひゃい! いひゃいれすせんひゃい!(痛い! 痛いです先輩!)」
「わっはっはっはー! そんなに痛かったら『学級文庫』と三回言ったらこの手を離してやろうじゃないか!」
これは定番のギャグだ。いわゆるお約束ってやつね
「ぎゃ、ぎゃっひゅう●んこ〜!」
「っぷ、くははははははははは!」
こりゃあたまらん。なんつー声で喋りやがる
「ひぇんひゃいひどいれひゅ!(先輩酷いです!)」
「おらおらー、後二回だぞー!」
「ひゃっひゅうう●こ〜!!」
顔を真っ赤にしながら何とか二回目を言うルリカ。今時いないなんとも健気な子である
「気合をいれて後一回〜!」
「ぎゃひゅううん●〜!!!」
ようやく三回目を言えたので手を離してやった
「はぁ、はぁ……、せんぴゃいはルリカを殺す気ですか!」
「面白かったんだしいいじゃんいいじゃん」
「ぜんっぜんよくありません! もう先輩なんか知らない!」
そういってルリカはさっさと先に行ってしまった
「おーい、待てって! さっきのはやりすぎだったよ、悪かった!」
ルリカの手を握りこちらに振り向かせる。まったく、こいつにはもう少しユーモアってもんをわかってもらわないと困っちゃうぜ
「もうルリカにいじわるしないって誓ったら許してあげます」
ようやく振り向いてくれたルリカ。その表情は真剣だが作ってる顔である事はありありと伺える
「そいつは無理な相談だな」
「じゃあ交渉不成立ですね」
またしてもそっぽを向き俺の手を振り払って歩き出してしまった。うーん、どうしたものか……
そう考えていると背後から悪寒が走った。瞬時に振り向くとそこには
「お二人さ〜ん、仲むつまじいところを見せつけてくれるじゃない」
っと、昨日ルリカにナンパしていたヤンキ−(金髪)が俺らに話しかけてきたのだった
「……っう、先輩……」
ふと気がつくと俺の腕にルリカがしがみついていた。前方からもヤンキー(モヒカン)が来たからである
「お前らさぁ、ちょっと俺らと付き合ってくれるかなぁ。ちょいと昨日の落とし前をつけたくてね」
「ふん、俺に男と付き合う趣味はないんだがな」
気付いたら五人のヤンキーに囲まれている俺たち、ほんとうに弱いものは群れるとはよく言ったものだ。そうして強制的に昨日のコンビニの裏の路地へ連れ込まれてしまった
「さぁて、今度は昨日のようにはいかないぜぇ」
そういうとヤンキー共はスタンガンを取り出した。しかも追い詰められていたため後ろは壁である
「…………」
ルリカは震えたまま俺にしがみついている。こいつこういう展開にはめっぽう弱いからなぁ。しょうがない、実力行使はしたくなかったがこのままじゃルリカがもたなそうだ
「ルリカ、ちょっとお前は後ろに下がってろ。すぐに終わる」
「せんぱい……」
ルリカは俺の目を今度は演技ではなく本気で真剣に見つめながら
「手加減してあげてくださいよ」
と一言だけ俺につぶやいた
「ああ、ほどほどにやってやるさ」
ヤンキー共の前に堂々と立つ精一
「このやろ〜! かっこつけんのもいい加減にしろやー!!」
そうして五人一斉に精一に襲い掛かってくるヤンキー共。まったく……
「お前らは絶対俺を倒すことはできない」
ヤンキー五人衆の攻撃を軽々かわしながら一人のヤンキー(金髪)のスタンガンを奪い次々に股間に当てていく精一
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「なぜなら……」
「あじゃぱぁぁぁぁぁぁ!」
次々に倒れていくヤンキー達。中には気持ちよさそうな顔のまま失神している奴もいる
「お前らの拳には愛がないからだ」
ものの三十秒ほどで片付いてしまった。これなら澪の方が数倍強いだろう
「うわ〜、毎度の事ながら先輩は鬼畜過ぎますねぇ」
「さ、いくぞルリカ」
「あ、は、はい!」
ルリカはバタフライキス特有のフルーツの香りをほのかに漂わせてこちらに駆け寄りながらさっきよりも俺の腕を握り締め
「先輩、ありがとうございます!」
と、元気のいい笑顔を俺に見せてくれたのだった
…………
「――遠山ぁ。遠山精一は今日も遅刻かぁ?」
先生の朝のホームルーム時、担任の先生は困った顔をしながらあたりを見回している
「まったくあいつは……、遅刻、っと」
出席簿に精一の名前を書こうとしたまさにその時教室の扉が勢いよく開かれ
「お待たせしました皆の者! 弱きものの正義の味方、ルソフェル精一とはおれの……」
と、ど派手に登場するのだった
「おー、遅刻坊主ようやく来たか」
「違うんです先生! 学校に来る道中ヤンキー共に囲まれまして、しょうがないから新しい快楽と引き換えに見逃してもらってようやくここまで辿り着いて」
「はいはい、そいつぁ良かった」
「せんせぇ〜!」
俺は何一つとして嘘は言ってないのになんていう社会の理不尽さよ
「せっちゃ〜ん!」
ピタ
「おお、奈美じゃないか、元気にしてたか?」
奈美は俺の腕にくっついて上を見上げながら
「せっちゃんがいればね、奈美はいつでも元気になれるんだよ」
にはは〜
そんな光景を見た生徒達は我を忘れ怒り狂うのだった
「くっそぉ〜! なんで奈美さんはあんなやつとぉ!」
「俺のほうが遥かにかっこいいのにぃ!」
「ムキー!」
そんないつものありふれた朝
くんくん
「ん?」
だったのだが……
くんくんくん
「どうした奈美? そんな犬みたいに俺の匂いかいじゃって」
「せっちゃんの腕から他の女の子の匂いがする。しかも強烈に」
「ギクッ!!」
ヤバ! そういえば今日ルリカ香水つけてたやん!!
「せっちゃ〜ん、今日はなんで遅刻したのかなぁ? もしかして奈美には言えない事情だったりする?」
ギュー
「い、いや実はその、な……」
どうしよう。ここは素直に話すべき、か……
「正直に言わないと金輪際せっちゃんとは口きかないんだから!」
ギュギュー
「っく、わかった! わかったからそれ以上俺の腕を締めるな折れる!」
「えぇ〜いうるさい! ここで話すなら外で話してろ!」
ついに先生もキレだしてしまった。しかも古い言い回しだ
「わかりました。じゃあ外で話してきます。せっちゃん行きましょ」
「え、ちょ、おま、お〜い! 神崎!」
無理やり奈美に腕を引っ張られる俺。先生アディオス……
…………
「さぁ、せっちゃん話して。なんか隠しているのはお見通しなんだから」
ここは学校の屋上、風が容赦なく吹きつけ髪が顔にかかる。それは奈美も同様でさっきから髪をうざそうになびかせている
「ああ……」
俺は全てを話した。ルリカと付き合ったこと。別れたこと。ヤンキーに囲まれていたこと。偶然であったこと
そして、キスしてしまったこと
「……そう、そうだったんだ。せっちゃんアメリカに行ってる間に彼女作ってたんだね」
「まぁ、そうなるな」
一筋の風が吹く。まるでこの後の展開を神様は見たくないとでもいうように
「そうかぁ。で、またその娘と付き合っちゃったんだね」
奈美はフェンスに手をかけ広大な景色を見ながらそうつぶやいた
「いや、それは違う!」
「ちがくないでしょ! そんなキスまでしといて!!」
振り向いた奈美の目には、涙がこぼれんばかりに溜まっていた
「っく、奈美……」
俺は何も言えない。何かを言う資格など俺にはないだろうから。奈美はまた向こう側を向いて喋り始める
「せっちゃんはね、いつもいつもせこいんだよ。せっちゃんを好きになるとね、もう他の男の子なんか目に入らなくなっちゃうの。もうどうしようもないくらいにせっちゃんのことしか考えられなくなっていっちゃうの」
「…………」
「だから、せっちゃんが他の女の子と話しているときいっつも胸が痛むの。すっごい痛いの」
そうしてこちらに振り向いた奈美の顔は
「なのに、せっちゃんは人の気も知らないでなんでそんなにふわふわしていられるの?」
既に涙でぐしゃぐしゃだった
しばしの沈黙がその場を支配する。先に口を開いたのは精一
「奈美……、俺のことは好きか?」
「あたりまえだよ! せっちゃんのことは世界中の誰よりも好きだよ!」
「そうか……」
初めて俺の前で涙を流す奈美。この思いは本物だ。俺もいつまでもおちゃらけているわけにもいかない、ならばここで本当のことを話してしまおう
「実はな奈美、お前には秘密にしてたけど俺には今まで隠してきた重要な秘密があるんだ」
「え?」
「それは……」
その時、屋上全体を包み込むような突風が吹き荒れた。驚きで戸惑う奈美の顔、辛辣な表情の精一
「そんな、嘘でしょ……」
「いや、本当だ。俺は既に一回死んでいる」
君は、死んだの?
……ああ、死んだ
君は、生きてるの?
……ああ、生きてる
君は、誰なの?
……さぁ、誰なんだろうな |