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折れている傘

作者: もにゅ


私は昔から早起きだった。学生の頃から遅刻とは無縁の生活をして来た。目覚めだってスッキリしたものだからちょっとした特技だと思う。今日もいつものように目が覚めると、となりで寝ているトドちゃん(旦那さんのこと)を起こさないように布団からはい出した。結婚したばかりの頃にかったこの布団はずいぶんと愛着がある。固くなってしまうたびに布団の叩き直しをしているからまだまだ使える。

いつものようにスーツを着ながら今日の朝の会で何を言おうか考えたところで、ふと気づいた。私、退職しているんだった。小学校に行く必要がないのちょっぴり損をしたような気分になっていじけているとプルプルするおなかが気になってますます落ち込んだ。

しかたがないからトドちゃんの散歩にでも付き合ってあげようかしら。散歩が趣味のトドちゃんは暇を見つけてはよく歩いている。たいして歩いてもいないのに疲れた疲れたいうとどちゃんはその日の散歩の成果を報告してくる。一番笑ったのはある日、道を歩いていたら腕をめいいっぱいに開いた女子小学生が二人駆けてきてとうせんぼをされた時のことだ。

怒ると捕まりそうだし、逃げると捕まりそうだし、そのまま歩いたら股間にもろ女の子の顔が来ちゃうからどうしようかと戸惑ったと。結局、両腕をつかまれてくるくる回ったらしい。何やってるんだろう。


「クスクス。あれ、雨が降ってきたみたい」


しとしとと音が聞こえているので、窓に目を向けると雨が降っていた。きっとトドちゃんなら大喜びするに違いない。よっこらしょと勢いをつけて紺色の傘を出したところで教師をしていた頃のことが思い浮かんできた。


二〇年前のある雨の日ー


小学校四年生の帰りの会が終わっても用事があった私はまだ残っていた。その場に生徒が同じように話し込んでいて、ある生徒の会話に耳を疑った。


「みきちゃんは折れてるかさと折れていないかさ、どっちが好き?」

「折れて……る傘」


思わず手を止めて美希ちゃん! と思って目をやると同時に聞き流していた言葉を思い返した。確か美希ちゃんは傘がないから走って帰ると言っていて、陽子ちゃんが傘を貸してあげると言っていたのだ。何とも不思議な言い方だ。

まだクラスに居残っていた児童の中でパッと傘を貸してあげるといったのは陽子ちゃんただ一人。なかなか優しい子なのだ。

にこにこと楽しそうな顔で紺色の傘を2本もっていた陽子ちゃんは私を含めたクラス全員の視線を独り占めして右手に持っていた傘を渡した。美希ちゃんは苦笑いを浮かべていた。


「どうぞ」

「ちょっと、待って」


陽子ちゃんはすぐにクラスから出ようとしていた。真っ赤なランドセルをせっせと背負って小走りになった陽子ちゃんは美希ちゃんに呼び止められる。この時の私はまた雑用に戻ろうとしたので美希ちゃんがきれいに開いた傘を持っているのが不思議だった。あれは、折れた傘を貸す口実だと思ったのに。美希ちゃんの持っている傘に折れた箇所は見当たらなかった。


「ばれた?」

「は~。あなたの性格がよくわからないわ」


陽子ちゃんは悔しそうな顔をした後に楽しそうな声で美希ちゃんにおとなしく折れていない傘を渡した。何か違うだろう。とそのときに思ったのだけれどうまく言えずにいた。


「いや、折れてるから。その傘ほんとに折れてるから」

「よし! 勝った」


美希ちゃんは再び渡された傘を開いて折れてるのを確認してガッツポーズをとっていた。陽子ちゃんは床に崩れ落ちてよよよと泣く真似をした。あまり急に倒れるものだから、体が反応しかけた。ところが、その緊張は脱力に代わってしまう。


「いつから美希ちゃんは人のすることを疑うようになってしまったの。サンタさんを信じていた純真さをどこに置いてきちゃったの!」


美希ちゃんは冷めた顔をして陽子ちゃんを置いていった。なかなか愉快な子だった。ひとしきり思い出し笑いをして笑った後で我に返る。


私は同じように倒れこむトドちゃんが目に入ってびっくりした。トドちゃんは顔を上げてつぶやいた。


「たべちゃったの? 朝ごはん」

「ご、ごめん。あ、きょう雨だから一緒にお散歩しようか」

「相々傘!」


久しぶりに一緒に食べられるはずだった朝ごはんを逃したから落ち込んでいたのに、とどちゃんは陽子ちゃん並みに表情を変えるのが上手だった。全身から楽しみですオーラを出しながら朝ごはんを食べる旦那を見ながら私服に着替えるとふと気になって聞いてみた。


「ねえ、ねえ。トドちゃんは折れてる傘と折れていない傘どっちが好き?」

「ん? 折れてる傘だろう。」

「えええ!?」

がたっとトドちゃんが音を立てて立ち上がった。急に動かないでほしいな。距離が近いです、距離が!! あたふたする私は両腕で勝ち入りと肩をつかまれるとトドちゃんはやたらと甘い声で囁いてきた。


「だって、もっと近くに寄れるだろう?」


こんの! こんの! とおもいながらポカポカたたいていたらやたらとさわやかな笑い声を立てながら散歩に連れ出された。













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