冬に始まった流行病は、春にはほとんどなくなっていた。
媒介となる人間がいなければそれ以上広がることはない。この病によって、相当数の村が果ててしまった。
そして、今まさに果てようとしている小さな村を、一人の若い僧が訪れていた。
不思議な光景だった。
家などの建物はきれいに残っているのに、人はおろか家畜一匹見かけない。
春の柔らかい日差しに照らされて、村の時間は止まってしまったかのようだった。
僧の持つ杖、その上に飾られている鈴。澄んだ小さい音が村中に響き渡っていた。
その村で、僧が最初で最後に人間に会ったのは村のほぼ中央、井戸の前で男の子が腰を下ろしていた。
見た目は十かそこらだが、それは当てにはならなさそうだった。
彼は幽鬼のように痩せ細り、その四股は血の気が感じられないほどに白い。対照的に顔は赤く、額には玉のような汗が浮かんでいた。口というよりも喉から、ヒューヒューという風を裂くような音が聞こえる。
男の子が目を開ける、その瞳に力はなく、ただ黒いだけだった。
僧は少し距離をとって膝を折り、聞いた。
「坊主、他の人はどうした?」
男の子は一度息を飲み込んでから、擦れた声を出す。
「病気で動けない人達は、たぶん、それぞれの家の中にいるよ。動ける人達は、東の山の向こうの、大きな町まで、僕らのために薬を買いに行ったんだ」
それからすまなさそうな顔をして言った。
「ごめんね。なにもなくて」
僧は目を閉じて首を横に振った。そして男の子が、もうしゃべるのもつらい事を察して最後に一つだけ聞いた。
「おまえなんで外にいるんだい?病気なら家で休んでなきゃだめだろう?」
男の子はもう一度息を呑んだ。
「やっぱりそうなのかな?でもね、死んだおばあちゃんがね、子供はお天道様の下で遊ばないと体が弱くなる。って、よく言ってたんだ。もう病気だけど、暗い家の中より、明るい外のほうがいいかなぁって、思ったんだ」
男の子はそれだけ言うと、目を閉じて眠ってしまった。薄く小さな胸が懸命に、しかし弱々しく上下している。
僧はただ見ていた。
正直、自分はこの子が再び目を覚ますことを願っているのかどうかわからなかった。
子は、親がいるから子なのではないのだろうか?
村は、人がいるから村ではないのだろうか?
親に見捨てられた子供。人に捨てられた村。
存在を否定されても、存在するもの。
僧は目を閉じて目に焼き付ける。
祈りはなく、ただ覚えていようと思った。
杖の先の鈴が、風に揺れて小さく鳴った。
|