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第56話 わだかまり
衛星軌道上にある基地に戻った西園寺は、分厚い窓にもたれ、憂いの表情を窓に映していた。

この宇宙基地は、西園寺の案で設計され…建設された。

宇宙という概念が、不足していたこの世界において、西園寺の考えは、画期的であった…が…。

「つまらん…」

初めて上がった宇宙から、地球を見下ろした時は、この世界を支配したかのような高揚感に包まれたが…今は、虚しいだけだった。

自分の真の意味での無力さを、知った今では。

「魔獣因子…」

(それは何だ?)

神流の切断された腕が、再生したこと…。初めてこの世界に来た時、神流の見せた変化。

それは、神流だけのものとは思えなかった。

自分の中にも、確実に蠢くものを感じていた。

(これが…クラークの求めたものなのか…)

悩んでいると、唐突にドアが開いた。

西園寺達…安定者は、個人個人に部屋を与えられていた。

机と椅子…ベットしかない部屋に、松永が入っていた。

「いたのか…。すまん、ノックする前に、ドアが勝手に開いたもので…」

松永は頭をかきながら、部屋に入ってくると、

「相変わらず、殺風景な部屋だな。佐々木達と正反対だな。あいつは、カード使って、ありとあらゆるものを取り寄せてるぜ」

自分の話にも、無表情な西園寺に肩をすくめると、松永は入り口のそばで足を止めた。距離を取り、西園寺を見つめた。

「ったく…何を悩んでるのか…。お前と、守口だけだぜ。こっちに来てから、レベルが上がってないのは」

その通りだった…。神流と正志、松永のレベルは80をこえていた。特に、神流は85と5人の中で、最高レベルにある。

舞子と、西園寺は来た当時とほとんど変わらず…レベルは66で止まっていた。

「俺達は、安定者なんだから、最低80はないと」

松永の言葉はもっともだ。しかし、無意味に魔物と戦い、殺すのことに、西園寺はあまり気が進まなかった。

舞子の理由は、知らない。

「神流達は、狩りに出てる。俺も、今から行くが…お前も行かないか?」

松永の誘いに迷うことなく、西園寺は断った。

「俺はいい」

「そうか」

松永は、こたえを予想していたのだろう。すぐに部屋を出た。


「狩りか…」

再び1人になった西園寺は、窓から地球を見下ろした。

多分、あいつらとは民族が違うのだろう。

狩猟民族と…。

「支配民族…」

西園寺は、ブラックカードを取り出した。

「発動」

西園寺が呟くと、光りの筒ができ…西園寺はテレポートした。

どこかに向かって。






「クラーク様」

ダブルベットの中で、くつろぐクラークのそばに、舞子が立っていた。

バスローブだけを身に纏い、そこからはみ出したうなじを、クラークに向けていた。

「何だ?」

クラークは天井だけを見つめ、舞子の方は見ていなかった。

「赤星浩一を、どうなさるおつもりですか?」

舞子は、憂いを帯びた横顔をクラークに向けた。

「赤星浩一か…」

クラークは、天井に手を伸ばした。ブラックカードが、指先に現れた。

ブラックカードを見つめながら、

「なぜ…その名をきく?」

クラークは、少し強い口調で訊き返した。

「それは…」

口籠もった舞子は…下唇を少し噛むと、クラークの方に体を向けた。

「彼だけが、この世界で魔王と戦えるからです」

訴えかけるような舞子の視線に動じず、クラークは鼻だけで笑った。

「フン」

ブラックカードが示す…自らのレベルを確認した。

レベル89。

確実に、人の中ではトップクラスだろう。防衛軍に登録されている勇者の数は、500人。

レベル60以上を勇者とするなら…80以上の聖戦士は、20人もいない。

まして、レベル90になると…。

「魔物を、我々のいうレベルに換算すると…魔神クラスは、80以上。騎士団長で102。100以上は、神クラスといわれている」

クラークが指を振ると、ブラックカードは消えた。

「レベル100…」

舞子は、まだレベルの実感はない。

「先日までは、アルテミアで108だったが…今は、数段上がっているだろう。彼女の依り代だった赤星は…」

クラークは、虚空を睨みながら、

「予想では、110…。ただし、覚醒時には、どれほど上がるかは、未知数だ」

「魔王は……魔王のレベルは、どれくらいなのですか?」

舞子の素朴な問いに、クラークは初めて、舞子の方をちらりと見た。

そして、すぐに天井に視線を戻した。

「それは…わからない。多分…予想では…」

クラークは、唇を噛み締めた。

「200だ」

「200…」

舞子は呟いた。

クラークは、上半身をベットから起こした。

「あくまで、予想だ!それ以上かもしれんし…それ以下かもしれない。だが、問題は、レベルではない」

クラークはベットから出ると、舞子の横を擦り抜けた。

ベットルームを出ると、リビングに行き…テーブルに置いてあったジンの瓶を開け、グラスに注いだ。そして、クラークは一気に、ストレートで飲み干した。

一息つくと、

「やつは、不死身。死なないのだよ。死なない相手に、我々の武器は、無意味」

テーブルに手をつき、再びボトルを取ろうとしたクラークの手を、いつのまにか横に来た舞子の手が、上から覆っていた。

その瞬間、クラークの目と舞子の目が初めて…合った。

微笑む舞子より、舞子の目に映る自分に、目が行った。

(そうか…)

クラークは苦笑した。

舞子は、クラークの手を強く握り…もう一つの手で、クラークの襟元から、肩口を触れた。

そこは、もう人間の肌ではなかった。

舞子は一度視線を外すと、微笑みながら…クラークの唇に、自分の唇を押さえ付けた。

クラークはその瞬間、舞子のバスローブをはぎ取った。

(酔わねば…抱けぬとはな…)

クラークが舞子を抱き締めると…電気は、消えた。





「きゃはははは!」

物凄い数のミサイルと、光の束が、湿原を駆け抜けていた。

逃げ惑う魔物達の群れに、それらは降り注ぐ。

爆音が轟き、爆風の中を切り裂くように、鋭い爪を突き出して、神流が襲い掛かる。

猪の体に、象のような鼻を持つ魔物を切り裂くと、内臓を抉り取り、そのままトカゲのような5メートルはある魔物に向かって、左手を突き出すと、光の槍が串刺しにした。

そして、ミサイルの直撃を受け、倒れた魔物の腹にヒールの先を突き刺し、ねじ込む。

「あんた達はみんな!あたしに殺されるのよ!」

歓喜の雄叫びを上げると、神流の全身から、光の槍が数え切れないほど飛び出し、あらゆるものを串刺しにしていく。

「あいつは…派手だねえ」

遠くから響く爆音に、クククと含み笑いをしながら、正志が呟いた。

「魔物なんて…殺し飽きたし…最近、なかなかレベル上がらないしさあ」

「やめて…」

暗闇の中で、正志は舌を動かしていた。

「でも…結構、上のレベルにいるからいいかなあ」

正志は、闇の中で何かに吸い付き…鼻息を荒くした。

「やめろ」
「あんたらは…一体」

暗闇の外から、声がした。

「黙ってろ」

正志の言葉に反応して、ブラックカードが輝いた。

「うぐうぐ…」

悶え苦しむような声が数分続き…やがて、聞こえなくなった。

「いやあ!」

女の泣き声だけが、闇の中で続いていた。

「すぐ終わるからよ」

正志の声は、興奮していた。

「まったくよお。魔物の群れから、助けてやったんだからさ。ちょっとぐらいいいだろ。減るもんじゃないしよ」

正志は、気を注ぎ込んだ。

「何をしてるんだ?」

神流達の後を追って、湿原にテレポートしてきた松永は、唖然とした。荒れ狂う大地に、大型キャンピングカーのそばで木製の十字架に縛られ、意識を失っている男達を確認したからだ。

どうやら、パーティーを組んでいたみたいで、剣士や狙撃手、魔術師がいたが…口や鼻を布でふさがれ、意識不明になっていた。

一応、松永は外してやったが…息はしていない。

ため息をつき、爆音が響く湿原の向こうを見た。

魔物の群れも、蟻ほど小さく見えるの程離れているのに、松永の足に大地の震えが伝わってきた。

「正志?もう終わったか?この世界に来てから、何人の女と」

松永はキャンピングカーに近付き、側面のドアを開けようとした。

その時、気配を感じ、松永はドアに手をかける前に、後ろを振り返った。

松永の目の前を、細く白い腕が通り過ぎた。

松永の目が…その腕にそって、顔にたどり着いた時、松永の動きは止まった。

切れ長の目に、薄く上品な唇。派手な感じではないが、どこか落ち着いた美しさがあった。

思わず、見惚れた松永の横を通り抜けて、キャンピングカーの中に入った。

「え?」

ドアが閉まった瞬間、松永は我に返った。

後を追おうとして、ドアを開けようとすると…先にドアが開き、全裸の女が倒れ込んできた。

「ま、正志!」

驚きながらも、女を受けとめた松永は、顔を真っ赤にして、あたふたしてしまう。

「後始末くらいしろ!」

松永はマットを召喚すると、女を横にした。

全裸の女のすべてが目に入ってきて、松永は少しだけ見入った後、タオルも召喚し、上にかけてあげた。

女に意識はない。

目を見開いたままで、ただ頬に涙の跡が、残っていた。

「かわいそうだが…」

松永は目だけでも閉じてあげようと、腰を降ろし、女の顔に手を伸ばした。

しかし、松永の手は途中で止まった。

「チッ」

舌打ちすると、松永は中腰から、後ろに向けて立ち上がりながら、体を捻った。

「ケケケッ」

松永の居合いのような一撃を、魔物が避けた。

いつのまにか、数十匹の魔物が、真後ろにいた。

松永は剣を握り締め、魔物と対峙した。

「何か用か?」

松永の雰囲気は一瞬にして、戦いのモードに入っていた。






「彼らは…なぜ?選ばれたのですか?」

クラークの腕の中で、素直な質問を投げ掛けた舞子に、クラークは嘘を言う気には、なれなかった。

(どうこたえたものか…)

言葉を悩んでるいると、舞子は顔を上げ、身長が190近くあるクラークの顔を、見上げた。

その真剣な表情に戸惑っているクラークに、舞子はきいた。

「魔獣因子とは?何ですか?」

クラークはその言葉を聞いて、思わず舞子から離れてしまった。

舞子は腕の中から離されても、視線だけはクラークから離さなかった。

クラークはフッと笑うと、全裸の舞子の体をバスローブがまた包み、テーブルに置かれたグラスに、ジンが注がれた。

飛んで来たグラスを掴むと、一口だけ口をつけてから、おもむろに話しだした。

「人は、何の苦労もなく…強大な力、権利を手に入れたら、どうする?」

クラークの問い掛けは、舞子に向けられていない。すぐに言葉を続けた。

「その力を、放棄するものもいるだろうが…大体は、力を使う者か…力をコントロールする者かに、別れる」

クラークは、グラスに氷を入れた。少しグラスの中で、転がす。

「前者は、単に力を使っているだけの者…つまり、力に使われている者だ。人の殆どは、これに分類される。力を使いたい!他人に向けて、行使したい!」

クラークの言葉に、力が入る。

「しかし!それでは、人を使うこと…つまり、支配することはできない!人という種を、完全に率いることはできない!」

クラークは、グラスの中身を飲み干すと、テーブルに叩きつけるかのように、置いた。

舞子は、ただクラークを見守っている。

「力を持った者は、後者でなければならない。なぜ、このような力を得たのか?なぜ、自分なのか?この力をどうすればいいのか!力に、己に問い掛けることが、できる者こそが!人という種のトップに立てる」

クラークは、舞子の方に顔を向けた。

「舞子…。魔獣因子とは、力そのものだよ。お前や私の中にある…巨大な力。溺れると、自分自身さえ壊す力そのものだ」

クラークは、ブラックカードを取り出した。

「お前達に、このカードを配ったのは、きっかけに過ぎない。レベルを簡単に上げ、力を使う中で…お前達の中に眠る魔獣の力を、解き放つ為の!」

クラークの叫びに呼応し、舞子のバスローブがとれ、クラークはゆっくりと舞子に近づいていく。

「魔獣因子を持つ者こそが、人でありながら…神の領域に入れるのだ」

「神…」

クラークに抱かれながら、舞子は呟いた。

「そうだ!人の身では、レベル百をこえることは、できない!しかし、その壁を越えなければ…魔王とは、戦えない」

いつのまにか、ベットの上にテレポートしていた二人は…激しく絡み合う。

「もし…力を…魔獣因子を持つ者が…力に溺れたら…どうなるのですか…」

意識が飛びそうになりながら、舞子はきいた。

「その者は…人間ではなくなる。ただの…獣だ」

クラークはそれ以上、話すことをやめた。

舞子の唇に吸い付くと、ただ快楽だけを貪ることにした。

自分でもわかっていたのだ。

その言葉は、自分にも当てはまることを…。

快楽に沈む前…。

クラークは言葉に出さなかったが、心の中で呟いた。

(獣にならず…人を率いる者…。それは…赤星浩一か…それとも…)

舞子の腕が、クラークを抱いた時…クラークは思考をやめた。



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