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第214話 惑わす光
「転校生を紹介する」

白髪の教師に促され、一歩前に出た浩也は、教室中の生徒の注目を浴びながら、頭を下げた。

「赤星浩也です。よろしくお願いします」


「赤星君は今まで、お母さんの仕事の関係で、世界中を飛び回っていた為、きちんとした学校生活を送ったことがないらしい。不慣れなところもあると思うが、みんな!助けてやってほしい」

教師の言葉に、生徒達がはいとお決まりの返事をした。

「有無」

教師は満足げに頷くと、教室中を見回し、

「席の方だが…」

空いてる席を探した。

「あそこが空いてるな」

一ヶ所だけ、生徒が座っていない席があった。

「結城の席だ。残念だが…あの子はもう…来ないからな」

教師の溜め息に、隣に座る九鬼が空席を見つめた。

クラスメイトだった結城梨絵は、先の戦いで命を落としていた。

「…」

無言で見つめていると、その席に浩也が座った。

「!」

あまりの速さに、少し驚いてしまった九鬼に、浩也は微笑みながら、頭を下げた。

「九鬼!」

教壇の前に立つ教師の突然の声に、九鬼は慌てて前を向いた。

「赤星君の面倒を見てやってくれ」

「は、はい!」

九鬼は頭を下げた。

「よろしくお願いします」

改めて頭を下げた浩也に、九鬼はまた頭を下げた。

「こ、こちらこそ」

なせか…九鬼は緊張していた。

初対面ではないが、まだ話すのは二回目である。

それに、九鬼の脳裏によみがえる…今朝の出来事が、畏怖にも似た感情を呼び起こしていた。

(こんな…華奢な少年が)

まだ信じられなかった。

自分を遥かに上回る力を持っていることに…。

(彼は…やはり…)


「じゃあ…そういうことで、授業を始めるぞ」

教師の声も、九鬼には聞こえなかった。

すべての意識を、浩也に向けていた。

浩也はもう前を向いているのに。

(彼の知り合いか?それとも…)

伝説の勇者…赤星浩一との関係を疑っていた。



授業に身が入らないまま…一限目は終わった。

九鬼はすぐに席を立つと、浩也ではなく…カレンのもとに向かった。 彼女も同じクラスである。

一番奥の席で、次の授業の準備をしていたカレンの前に立った。

「山本さん。少しお話が…」

九鬼の切羽詰まったような顔を見上げた後、カレンは前に座る浩也の背中に目をやると、

「先に、廊下に出てくれ」

席を立ち、浩也のもとに向かった。

九鬼は、そんなカレンの動きを目で追いながら、教室から出た。

カレンも浩也に何か話すと、廊下に向かった。

カレンが廊下に出ると、九鬼は背中を向けて歩き出した。

その後ろを追いかけるでもなく、カレンは普通に歩き出した。

階段を上がり、九鬼が先についた場所は、屋上だった。

程なくして、カレンが姿を見せた。

「話があるって、浩也のことか?」

屋上の金網越しに、復旧した町並みを見つめていた九鬼は、ゆっくりと振り向くと、力強く頷いた。

カレンは、真上近くまで昇った太陽の眩しさに顔をしかめた。

雲一つない晴天は、遮るものがなく、日光が直撃していた。

九鬼は、激しい日射しによってできた…自らの影を見下ろし、

(彼は…この太陽より、眩しいのに、温かかった)

今朝の光を思い出していた。

そして、その温かき光は、希望に思えた。

どんなに力をつけても、敵わない者達がいる世界で、今は人間に属する九鬼の心の底に潜む絶望を打ち消すのには、十分な力を持っていた。

人は、この世界では…いずれ滅びる運命だ。

誰かが言った。

その運命を変える為に、人々は戦い続けている。

九鬼がいた実世界のように、人の欲望や宗教観、人種の違いや、金儲けの為ではない。

人間という種を守る戦いをしていたのだ。

学校という大人の人間に守られている場所にいても、九鬼はその人々の思いを感じていた。

(だからこそ…強くなりたい!)

九鬼はカレンを見つめ、

(そして、真実を知りたい!彼は…人なのか…。いや、人の為に戦ってくれるのか)

九鬼は、思いを口にしょうとした。

だけど、口が動かなかった。

その理由はわかっていた。

他者を頼って、どうするのだ。

自らが限界まで戦って、もう指一本も動かせなくなったら、死ぬ一秒前まで…他者に頼るな。

九鬼の心が、叫んでいた。

お前はもう…月の力に頼っているではないか。

その考えが、九鬼の強さの源であるが…足枷でもあることに、九鬼は気付いていない。

無言で葛藤している九鬼の心を読んだのか…カレンが話し出した。

「浩也は…最初、赤星浩一とアルテミアの子供と思われていたが…それは、違うかもしれない。それが、あたしの師匠ジャスティン・ゲイの見解よ」

「アルテミアの子供?」

思わず眉を寄せた九鬼に、カレンは言葉を続けた。

「それは、あり得ない。だって、そうだとしたら…あそこまでは大きく…いや」

ここまで言って、カレンは顎に手を当て、

「最初は、赤ん坊と言われていたはずだ」

考え込んでしまった。

そんなカレンの様子を見て、九鬼は悟った。

「つまり、詳しくはわからないと…」

軽くため息をつく九鬼を、カレンは軽く睨んだ。

「お前は、一番…何を気にしているんだ?」

「え」

「浩也の正体ではないな。だとしたら…」

カレンは、少し驚いている九鬼の目を見つめた。

「そうよ」

その視線から逃げるように、カレンに背を向けた九鬼は空を見上げ、

「彼が…あたし達の敵になるのか…知りたいの」

「え!」

今度は、カレンが驚いた。

「彼は、あたし達人類の敵になるかもしれない」

「ちょっと待てよ!それは、あり得ないだろ!今朝も、魔神を倒す為に、力を貸してくれただろうが!」

「彼は!」

九鬼は振り返った。

そして、カレンを睨み付けると、

「邪悪な相手の気を感じただけだ!」

興奮気味にまくし立てた。

「すべての人間は、聖人ではない!邪悪に染まり、闇に堕ちる者もいる!」

「真弓…」

先ほどとは違い、口が止まらない九鬼に、カレンは何も言えなくなった。

「人間のそういう部分を受け止めていなければ、きっと絶望する!」

ここで、九鬼ははっとした。自分の口から出た言葉に、絶句したのだ。

だけど、言葉は止まらなかった。

「彼の光は、強く…純粋過ぎた。そんな彼が、学校に通えば、必ず傷付く!」

「…」

九鬼の言わんとしていることは、カレンにも理解できた。

「だから、彼を学校に置いてはいけない!」

最後の絶叫に、カレンは息を吐くと歩き出した。

九鬼の横を通り過ぎ、出入り口の前で止まった。

そして、ジャンプすると、出入り口の上に飛び乗り、すぐに降りて来た。

カレンの腕の中には、猫がいた。

「どうやら、迷い込んだらしい」

よしよしとあやしてみたが、まだ大人になっていない猫は、カレンの指を噛むと、腕の中から脱出した。

そして、床に着地すると、出入り口に向かって走り出した。

いつのまにか、扉が少し開いていて、猫は屋上から下へ降りていった。

カレンは、噛まれた指から血が滲んでいるのを見つめながら、

「お前は、今の猫を殺すのか?」

九鬼に訊いた。

「え?」

「あいつは今、あたしを傷付けた。助けてやったのにだ。恩を感じないと怒るのか?」

カレンは、九鬼に顔を向けた。

「い、今のと、あたしが言っていることは違う!」

九鬼は、叫んだ。

「すべてが、違う訳じゃない」

カレンは、出入り口の前に立った。

扉を見つめ、

「あいつは、多分…赤星浩一じゃない。わかるんだ」

カレンはノブに手をかけた。

「あいつは、人間でもないよ。純粋な善だ。そして、人間を自分と同じものとは、思っていない。あいつを育てた魔物と、同じだと思っている」

「ま、魔物と同じ!?」

九鬼は目を見開き、

「だとしたら!彼は、人間の味方などなり得ない!」

拳を握り締めた。

そんな九鬼の様子に、カレンは息を吐くと、ゆっくりと首を横に振った。

「だが…そうじゃないんだよ」

「え」

「単純な話だ。浩也は、アルテミアを産みの親と思い、ずっとそばにいた魔物を育ての親と思っている」

カレンは、ノブを引き、

「アルテミアは、人類を守る勇者。そして、育ての親も…人間を守るように、浩也に言い聞かせていた」

振り向くと、

「純粋な彼は、その教えを守る。例え…人間が嫌いになってもな」

微笑みながら、扉の向こうに消えた。

「や、山本さん…」

呼び止めようと手を伸ばした時、学園中にチャイムが鳴り響いた。

「あ…」

九鬼は、手を下ろした。

そのまま…床に目を落とした後、真上の太陽を見つめた。

眩しく、直視できない太陽を見ていると、九鬼の迷いが消えていった。

(すべての生きるものに、光を与える太陽。だけど、彼は何も思っていない。慈悲の心もない。ただ光っているだけだ。そして、人間も…)

九鬼は太陽から、視線を扉に向けると、真っ直ぐに歩き出した。

(太陽に、感謝はしない)

九鬼の心から、迷いが消えた。

(ならば、あたしはすべてを受け入れよう)

九鬼は決意した。

(もし…敵になったならば、持てるすべてをぶつける!)

チャイムが鳴り響く中、屋上を後にした九鬼が教室につくと、緊張したように次の授業を待っている浩也へ目がいった。

カチカチに固まっている浩也の姿がおかしくて、九鬼はクスッと笑った。

その声に気付き、隣に座った九鬼の方に、浩也は顔を向けた。

2人の目が合った。

九鬼は自然と微笑み、

「リラックスしましょう」

自然と口から言葉が出ていた。

「はい!」

元気よく返事する浩也が、おかしかった。

また笑ってしまった自分に、心の中で少し驚きながらも、九鬼はこう思った。

(すべては、なすがままに…)

ドアが開き、教師が入ってきた。

九鬼は、授業に集中することに決めた。



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