「灰原ー」
工藤君の、声がする。
そういえば今日はここに泊まってるんだっけ。ぼんやりとした頭で、なんとか思い出す。
「灰原ー?」
返事をしなきゃいけないのは分かってる。だけど、どうしても眠くて。
両腕を枕にして寝る体勢のまま、彼の近づいてくる足音を聞いた。
「おーい、灰原ー! ……って、寝てんのか?」
寝てるわよ。心の中だけで返す。
彼はため息をついて、私の傍に何かを置いた。少し気配が離れたと思えば、すぐに戻ってきて、
「風邪引くつもりかよ……ったく」
なんて言いながら、毛布をかけてくれた。体が冷えているのに気付いていなかったけれど、あるのとないのとでは大違いで。感謝してるけど眠気に勝てない私は、後で言うから、とお礼を後回しにすることに決定。
「ちゃんとあったかい格好してないし」
寝るつもりはなかったんだもの、仕方ないでしょ。
「パソコン付けっぱなしだし」
作業が終わって安心したら、眠くなったのよ。悪い?
その後、彼はしばらくの間、ずっと黙っていた。それでも傍に居てくれているのが、気配で感じられて。それで安心したなんていうのは、きっと、何かの間違い。
本当に眠りそうになった時、彼が口を開いた。
「……頑張りすぎんなよ、灰原」
眠気が一気に吹き飛んだ。冗談っぽく言われることなら、前にもあったけれど。だけど、こんなに真剣に言われるなんてことは、初めてで。
彼も言った後でそれに気付いたのか、自嘲気味に笑う。
「なんてな。起きてる時に言わねーと、意味ねーか」
ホントにね。いつものクセで言いかけたけど、まだ起きるわけにはいかない。
今このタイミングで起きたら、お互いに気まずいと思うから。私は嬉しすぎて、彼と顔を合わせられないと思うから。
「……どうすっかな、コーヒー……」
困ったような声に、うっすらと目を開けてみれば、一つコーヒーカップがすぐ傍に置いてあるのが見えた。
多分これが私の分で、さっき毛布を取る時に置いたもの。
そう思っている内に工藤君が目を開いている私に気付いて、おっ、と声をあげた。
「起きたか、灰原」
「ええ。毛布、ありがと」
「ん、ああ。……あ、それ灰原のな」
言いながら、さっきのコーヒーカップを指す。さっきは気付かなかったけど湯気が出ていて、触ってみるとまだ温かい。
「さっきついでに淹れてきたんだ」
「ついで、ね」
「悪りーかよ」
「別に?」
少し息を吹きかけてから、コーヒーを口に入れる。体が温まっていく、感じがした。
「あったかいだろ?」
「ええ」
そう返してからは、会話が無くなった。お互いにコーヒーを飲んで、ただ体を温める。
半分くらい飲んだとき、工藤君が言った。
「あんま頑張りすぎんなよ」
今度はちゃんと互いに相手と目を合わせて。だから本気で心配してくれているのを、言葉だけじゃなく、目からも感じ取れた。
また嬉しさが込み上げてきて、でも目を逸らさずに返事をする。
「気をつけるわ、ありがとう」
そう言うと恥ずかしくなったのか、彼は残りのコーヒーを一気に全部飲み干した。ふぅー……とため息をつく彼の表情は照れていて、思わず笑ってしまった。
温かいのは、飲みかけのコーヒーと、肩にかかった毛布と。
それをくれた、あなたの優しさ。
「あ、そうだ、灰原」
コーヒーカップを片付けようと歩きかけた足が、視界の端で止まる。
「何?」
顔を上げると、悪戯っぽく笑う彼の表情があった。
でも、
「お疲れさん」
それだけ言って、彼は台所に走って行った。
不覚にも少しの間固まってしまって、思わず、え、と声が漏れる。慌てて顔を触れば、頬はコーヒーカップをもっていた手より、熱を帯びていて。
一番温かいのは、
あなたの優しさでも、あなたの言葉でもなく、
……あなた自身、なのかもしれない。
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