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バスタブに人魚
作:晴天



第8話 納豆


5月も半ばを過ぎて朝食の時は窓を開けることにした。

朝の空気は、これからの夏を予感させる暖かさだ。

そう、もうすぐ来る夏。



ベジタリアン生活を始めて二ヵ月が過ぎた。

心が疲弊していた頃の僕は、食べること飲むことを制限する生活は出来なかった。

今はどうだろう?

目の前で、海藻を食べながらテレビを見ている彼女。

僕はトーストとコーヒー。

そして青菜という人魚の笑顔。

そんな朝食。


「朝の散歩が出来なくて残念だね」

「仕方がないです。太陽が暑すぎます」

夏が近づいた太陽は彼女の体には厳しすぎた。

海で暮らしていた時は、夏の昼間は海底の岩陰で過ごしていたらしい。

早朝と夕暮れ時が人魚が海面で活動する時間なのだ。




長時間の水道水での生活と初夏の太陽を避けるように僕と彼女のスケジュールが組まれた。


「朝はダイニングで朝食を食べよう」

「はい、ズームイン朝を見ながらですね」

「それから、昼まではバスタブで読書だ」

「CanCanも読みたいです」

「いいよ。僕の机にあるアサヒ芸能で暴力団に詳しくなるよりいいね」

「抗争は激化してます。九州は危険ですよ」

「たぶん行かないから大丈夫」

「携帯小説も読んでみたいです」

「文庫本にしときなよ」

「人魚の素敵な話がありそうな気がするんですけど」

「たぶん、つまらないよ」



「昼になったらダイニングで昼食だ。化粧水をつけるのを忘れちゃ駄目だよ」

「笑っていいともですね。なんで香取君が毎日出ないんでしょう」

「なんとかの花屋ってドラマが忙しいんでしょう」

「香取君が良いですよね」

「そうね」



「2時から4時までは体操の時間だ」

バスタブの中でしか過ごせない彼女は体力が少しずつ落ちてしまった。

このまま海に戻ったら泳ぐことが出来なくなってしまうのでバスタブの中で体操をすることにした。

「体操は嫌いです」

「嫌いでもやるんだよ」

「一緒にやりましょう」

「嫌だよ」

「なら青菜もやりません」

「分かったよ。ダイニングでやるよ」

「傍でやりましょうよ」

「無理だよ。狭すぎる」

「一緒にバスタブに入りましょう」

「それは、もっと無理。いろんな意味で無理」



「4時から6時までは・・・・・何しよう」

「お茶の時間です」

「お茶飲めないでしょう」

「私は海洋深層水をのみます」

「そうだね。果物を少し食べる時間にしよう」

「ケーキも食べたいです」

「お腹こわすよ」

「はい」

彼女は大好きなテレビもつけずに海の話や魚の話をしてくれる。

僕が言いたくないことは聞かなかった。



例えば

なんで1人で暮らしているのか

例えば

なんで会社を辞めたのか

ただ、時々不思議そうな顔をするけど。




「6時から8時はバスタブで夕食だね」

「最近のお気に入りは昆布です」

「歯も顎も丈夫なんだね」

「若いですから」

「はい、オジサンですよ」


彼女は若くて人魚。

僕は疲れてしまったオジサン。

どこにも接点もなければ共有するものもない。

はずだった・・・・。

そこに愛なんて存在する筈がない。

なにが・・・・。



「8時からは散歩だね。車での遠出は体に悪いから近くしか行けないけどね」

「残念です。でも、夜のコンビニは大好きです」

夜の街は酔っぱらいやチンピラが多くて危険すぎる。

一度、繁華街で車椅子の彼女をからかう不良に出くわして喧嘩になりそうになった。


「おう、おっさん可愛い子を連れてるな」

「・・・・・」

「車椅子ごとラチったのか?」

「・・・・・」

「俺にも押させてくれよ」

「やめろ」

「なんだよ」

「止めないと殺す」

車椅子に手を伸ばす不良に本気で言った。

初めて人を「殺す」なんて言葉を使った。

「なんだとー」

「手を離せ」

「殺してみろよ」

僕はそいつの首に手をかけた。

そいつは走って逃げて行った。

僕の周りには人だかりが出来てしまい、僕は軽く一礼をしてその場を立ち去った。




「駄目です。殺すなんて」

「そうだね。なんでそんなこと言ったんだろう」

彼女はシクシクと泣いた。

車椅子に乗って。


それから、夜の散歩は交番の近くにあるコンビニで雑誌を買ったり要らない雑貨を買ったりして過ごすことになった。




「散歩から帰ったら、僕は銭湯に行くからね」

「私は勉強です」

彼女は勉強と称してバスタブで数字のパズルを解くのも気に入っていた。

「帰ってきたら・・・」

「帰ってきたら、ビールです」

「そう、ビールだ!」

「イエーイ」

二人は頭の上で両手を合わせた。



「でも納豆は止めて下さい」

「なんで?臭い?」

「ちょっと臭いです」

僕は、淡白源として晩酌のつまみに納豆を食べるようになっていた。

少しコクのあるものも食べたいから。


「ビールに納豆は意外と合うんだけどな」

「茎ワカメのが合いますよ。髪にもいいし」

納豆も体に良いんだけどね。












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