第12話 6月19日
朝からシトシトと雨が降っている。
梅雨らしい天気だ。
『ズームイン!朝』を見る彼女との朝食も後2回。
昼食も
夕食も
ビールも
後2回
「体調はどう?」
「ボチボチでんなー」
夜中にやっているお笑い系のテレビの影響らしい。
「海に戻って溺れないように体操は欠かしちゃ駄目だよ」
「ラララライでんな」
彼女は尾ヒレをパタパタさせながらおかしな体操を見せてくれた。
彼女は、僕を最高に楽しませてくれる。
いつだって。
もしも・・・。
また考えてしまった。
やめよう。
生きたい、生きて、これを成し遂げるんだ。
そんな気持ちは随分前無くしてしまった。
将来も何となく見えてきた。
きっと、生きていれば僕の想像の範囲で嫌なことが起こり長い道のりの終焉を迎える。
でも、こうして想像の範囲を遥かに超えることも起きた。
人魚
青菜という人魚
最終章に最高の安堵が用意されていたなんて。
僕は残りの時間を特別なことをせずに過ごすことにした。
たぶん彼女も同じ思いなのだろう。
彼女から特別な言葉を言われたくない。
彼女に特別なことは言いたくない。
いつものように羽鳥さんを見て、海草を食べる。
「今日の羽鳥さんの服はカッコ悪いです」
「そう?いつもそんなに変わらないと思うけど」
「違います。今日のジャケットは似合いません」
「そうなの?」
僕は、自分のジーンズにTシャツ姿を改めてみて見た。
「お洒落な男の人が好き?」
「ジーンズにTシャツの人が好きです」
「ありがとう気を使ってくれて、お礼にTシャツでも買って上げましょうか?」
「このTシャツが好きですやな」
彼女は僕が着古した白いナイキのTシャツをダブダブに着ていた。
「新しいナイキを買おうか?」
「ナイキ?」
「うん。その羽みたいなマークがついているでしょう」
僕は胸元に刺繍されたマークを指差した。
「これは羽なんですかでんな」
「そうらしいよ」
「人魚に羽があったら何処でも行けまっする」
「お笑い好きだね」
彼女は力コブのポーズをして顔にも力を入れた。
いつものように、昼食を食べた。
いつものように体操をした。
いつものように僕は銭湯に行ってドクターペッパーを飲んだ。
いつものように二人でビールを飲んだ。
そして今日は、2本目のビールを持ってバスルームで話をした。
「今度はアナウンサーになって下さい」
「え?」
「次に働く時はアナウンサーが良いですよ」
「無理だよ」
「大丈夫です」
「分かった、生まれ変わったら考えるよ」
「生まれ変るんですかね?」
「輪廻転生って言うんだ。何度も生まれ変わるらしい。厄介だけどね」
「じゃあ、前もあったんですか?」
「前も前もあったんじゃない」
「私はずっと人魚ですかね」
「人魚が生まれ変わるかどうかまでは分からないけど」
「私は、これが最後なのかな?」
「生まれ変りたい?」
「変りたいです」
「なんで?」
「次は人間かもしれません」
彼女が少し悲しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。
「僕は人魚がいいな」
飲み過ぎないように半分残っているビールの缶を彼女から取り上げて一気に飲んだ。
「あーズルいです」
「また、一晩中背中をさするのは嫌だからね」
「カタジケナイ」
彼女は頭に両手をグーにして乗せた。
「なにそれ?」
「青菜のギャグです」
「45点だね」
「えー」
「45点満点」
いつもと同じように下らない話をした。
でも今日は、ベッドには戻らず便器の上で寝ることにした。
ギャグの上手な人魚の顔を寝顔を見ながら。
|