第11話 6月18日
6月18日
僕と彼女は相談の結果6月21日を海に帰る日と決めた。
「明々後日にしようか」
「はい。夏至の日に家族も日本に戻って来ます」
ボソボソと喋る僕達の間でタモリの楽しそうな笑声が混ざる。
「あと3日だね」
「もう少し居たいです」
「君の身体に悪いよ」
アジサイ見物の日から、また暑さが厳しくなり室内のクーラーを強くしなければならなくなった。
彼女の身体は、水道水とクーラーによって弱り始め目に見えて痩せて来た。
黒く艶々していた髪も色素が抜けるように茶色なっている。
出来ることなら・・・・
出来ないことを考えるのは止めよう。
「寂しいです」
「そうだね、寂しくなるね」
「また、冬に来ていいですか」
「もう冬にはいないよ」
「どこに行くんですか?」
「うん・・・・海かな」
「え?」
「冗談だよ」
「来年の冬には、もっと大人になっていますよ」
「僕はもっとオジサンになっているよ」
僕と彼女の年の差が縮まることはない。
「青菜が人間だったらどうしますか?」
「どうって?」
「好きになりますか?」
「どうだろうね」
「じゃあ、青菜が人間でオバサンだったら好きになりますか」
「青菜オバサンねえ。分からないな」
「じゃあ、じゃあ」
彼女は次の条件を考えていた。
本当は「人魚でも青菜が好きだよ」と言いたかった。
そして
(僕が好き?)と聞きたかった。
でも、それは言わない。
僕はオジサンで生きることに嫌気がさしていた。
誰かを好きになって誰かと生きていく気にはなれなかった。
でも、もしも
もしも・・・・
「今日からは体操の時間を少し増やそう」
「嫌ですよ」
「海に帰ってから泳げなくなるよ」
「そうしたら、助けてくれますか」
「無理だよ」
彼女には彼女に似合う素敵な人魚の男がいるよ。
きっと大海原を力強く泳ぎ回る素敵な男がね。
僕は頭の中で赤西君が海を泳ぎ回り彼女を抱き上げるのを想像した。
似合ってるね。
彼女と彼女の写真を撮ろうかと考えたが止めた。
彼女が居なくなった後に誰も見る人は居ないのだから。
「私を描いて下さい」
彼女はスケッチブックと色鉛筆を僕に渡した。
「下手だよ」
「下手でもいいです」
「分かった。バスタブの中で描くよ」
椅子に座っているのは苦しい筈なのだがバスタブに行きたがらなくなった。
「はい、バスタブの中で描きましょう」
彼女は嬉しそうに尾ヒレジャンプでバスタブに向かった。
「あのーブラジャーぐらいつけなよ」
彼女は、全裸でバスタブに浸かっていた。
「このまま描いて欲しいんです」
彼女は真剣な顔で言った。
「分かったよ」
在りのまま
生まれたまま
目の前にいる彼女の姿を自分の目に焼けつけようと思った。
「出来たよ」
「嬉しい。ずっと持っていてくれますか」
「うん。死ぬまで大切にするよ」
そう、死ぬまでね。
「私も描きます。服を脱いで下さい」
「僕の裸なんか・・・・綺麗じゃないよ」
「海の中ではみんな裸です」
「そうだね」
僕はパンツだけを残した姿で彼女の前に立った。
「パンツはいいよね」
「はい」
彼女はチラッとだけ見て、後はスケッチブックから顔を上げなかった。
僕と彼女の絵は、ダイニングの壁に画鋲で留めた。
裸の中年男性と若い人魚の裸体画。
少し恥ずかしい。
いや、かなり恥ずかしい。
僕と彼女は、せっかく描いた絵を見ないようにビールを飲んだ。
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