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奴隷キャリアプランナーは成功できる職業  作者: Richard Roe
3 諦めた夢までのキャリアプラン
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第十話

 しばらく帳簿と睨めっこ。どこからどこまでがマルクの隠し財産扱い出来るのか、それを見極めないといけない。一応法律の上では俺は何一つ間違いを犯していないことにしないといけないのだ。

 目が疲れたので、少しだけ休憩を挟もうかと体を伸ばす。


「――儲かったかしら?」


「ん?」


 質問が飛んできたので顔を上げると、無表情のユフィがそこにいた。いつの間にか雑巾での拭き方は教えてもらい終わったらしい。

 見回せばヘティもネルもいなかった。帰ったようだ。

 にしても、無表情というと語弊があるかもしれない。彼女は何処となく冷たいような表情だったからだ。しかしどこにもそんな冷たい視線を投げかけられる覚えはないのだが、と俺は思いながら彼女に答えた。


「まあ、収支で考えるなら利益は出たな」


「……。そう、良かったわね」


 何に納得したのか分からないが、彼女は空っぽの相槌を返した。鑑定スキルで見れば、心理グラフは警戒、嫌悪、不安、無情動の間ぐらいを動いており、どうにも俺に何らかの侮蔑を抱いているようだった。何故だ。利益という言い方が良くなかったのだろうか。


「納得してないのか?」


「……いえ、賢い方法だと思うわ」


「そうか」


 嘘。しかし言葉の上ではユフィはそう取り繕っている。ならばそういうことにしておいて無視して良いだろう。


「……突然俺が店主になって、奴隷たちも途惑っているだろう。そう思わないか、ユフィ」


「……そうね。ずっと小間使いだったのに、いつの間にか不意打ちのように店主になったものね」


「言うねえ、まあそうだ」


 彼女の言葉に間違いはない。

 おそらく彼女視点から見れば、ずっと情けない小間使いをやっていた少年がいつの間にか店主を嵌め、店主の座を簒奪したようにしか見えないだろう。それも今までずっと奴隷頭だったヘティを差し置いて、である。しかもその少年は何を考えているのか分からないときた。

 確かにこれでは信用のしようもないだろう。

 いやはや、四ヶ月近くマルクの小間使いとして奴隷達に良い感じに接してきたのだが、存外信頼関係は築けていないようである。


「正直俺も、お前たちの立場だったら俺が怖いかもな」


「……」


「だがまあ、信用してほしい。悪いことはしないさ」


「……」


 俺がそう砕けた素振りを見せるも、ユフィは特に反応しなかった。肩透かしを食らった気分だ。そういえばエルフは人一倍警戒心が強いと聞く。ヘティもミーナも両方ともエルフは気難しいと言っていたから本当のことなのだろう。エルフと言うかユフィが気難しいだけなのでは、と俺は思ったが。

 いずれにせよ「ま、雑巾拭きぐらいは言い付けるけどな」と俺はジョークで紛らわせることにした。ユフィは笑わなかった。何だよこいつ面倒くせえ。


「……そういえば、討伐は上手くいくだろうかねえ」


「知らないわよ」


「サバクダイオウグモの子供は殺傷力が低いらしいし、討伐隊の隊長のハワードには奴隷をむやみに危ない場所に配置しないように話を付けている。ミーナとカイエン程の実力者がいれば死人は出ないと思うが」


「へえ」


 ……。面倒くせえ。


「なあ、ネルとヘティはどこにいる?」


「もうテントに帰ったわ。多分外出はしてないと思うけど」


「そうか、じゃあ――」


 ちょっとヘティに、マルクの隠し財産の処理を押し付けようかなと思い立って立ち上がった矢先、丁度テントに入ってくる人影があった。

 イリが少しだけ慌てて、「敵襲」と短く告げる。


「敵襲……? ジャジーラか? それとも」


「サバクダイオウグモ。オアシス街に入った。東の方角。ギルドの人たちが交戦している」


「!? 討伐隊が先手を打ってサバクダイオウグモを討ち取るはずじゃなかったのか?」


 不穏な音が聞こえた、とイリは続けた。

 東といえばこのままオアシス街中央へとサバクダイオウグモが進むのならこの店も襲われるじゃないか、と俺は思ったが、東の空には煙は上がっていなかった。万が一の時はガラナの木を燃やすんじゃなかったのか、と俺は眉を顰めた。


「……。あの盗賊プーランか……? おいイリ! ユフィ! 奴隷たち全員を集めて、逃げる準備をしてくれ! 逃げ出すタイミングとかはヘティに指示を預ける!」


 俺はひとまず奴隷たち全員を集めて、逃走の準備だけ整えさせておいた。






「敵襲だ!」


 叫ぶ声でカイエンは覚醒した。 身を起こし素早く装備を整える。敵襲、つまりは魔物か魔物使いのことだろう。

 急いでテントの外に出ると、夜の見張りを任せていた奴隷が眠っている奴隷たちを急いで叩きおこしているのが見えた。


(仲間の奴隷に夜の見張りを任せて俺が眠っている間に、何者かが襲ってきたか……?)


 ざっと周囲を確認したところ、カイエンたちの班は十名全員戦闘準備が整っている。好都合、ならばいつでも戦える。

 剣を握りしめ、気配を読む。


「魔物です! 向こうの方からやってきます」


 カイエンより先にミーナが気付いたようだ。

 声の方向に振り向けば、蜘蛛の大群が砂ぼこりを立ててオアシスに向かっているのが見えた。

 いや、リザードマンのカイエンには見えなかったが、獣人族の槍使いは夜目が利くようで「サバクダイオウグモの子供が来ている」と教えてくれた。


「全員方陣構え! 落とし穴に誘導します!」


 ミーナの号令とともに、十名全員が整然と隊列を作った。

 中継のオアシスに到着次第全班は落とし穴を作れ、というのは衛兵長ハワードの指示だったが、早速活かされるようだった。

 夕方から夜営に入り、かなりの時間をかけて作られた落とし穴は、大きさにして十分あの蜘蛛を叩き落とせる程度に広い。


 さらには落とし穴の次には、木の杭で簡単な柵が作られている。

 この柵越しから攻撃して、落とし穴に叩き落とす魂胆である。


 突撃してくる蜘蛛たちは、勢いが衰えることはない。まるでこの場にいない落とし穴の存在を知らない何者かがひたすら進めと命令を下しているかのような、そんな盲目さを感じる勢いだ。


「構え! 引き寄せ!」


 蜘蛛はまず、落とし穴の地面を踏み抜いて、そのまま穴の中へと落下していった。

 どんどん崩れていく砂の壁を、例え人間だとしてもロープなしに登るのは不可能というものだ。

 蜘蛛たちは次々に穴に落ちていった。


「刺せ!」


 しかし、何とかして登ってこようとする蜘蛛もいる。その数匹の蜘蛛を、ミーナの号令で刺す。刺してそのまま穴に叩きつける。

 蜘蛛の大群と思ったものは、このようにして徐々に制されていく。

 しかし同時に奴隷たちにも疲労は蓄積されていった。


「そろそろ限界だ!」


 カイエンは叫んだ。

 槍使いは柵から戦うが、剣奴隷はこの間柵の横から迂回してくる蜘蛛を相手にしていた。全員の立ち回りには文句はない。

 しかしそろそろ戦いが厳しい。子供蜘蛛は殺傷力が乏しいと聞くが、数が数である。カイエンはともかく、他の奴隷達は些か押され気味で、このままではミーナの指揮する槍奴隷たちに討ち漏らした魔物が流れる危険性があった。


「引き上げ! 次に向かえ!」


 ミーナの鋭い声。

 即座に全員、次の柵へと逃げ走った。


 逃げながらカイエンはたいまつを投げた。たいまつは落とし穴に入り、穴に並々と注がれていた『燃える水』が一気に蜘蛛たちを焼く。目論見どおりの戦果だ、きっとこれで穴に落ちた蜘蛛は生きてはいるまい。

 目が痛いほどに輝く火を背に、カイエンたちはすぐに態勢を整えた。


 次の柵に向かう頃には、蜘蛛たちは随分数を減らしていた。


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