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野良怪談百物語

てるてるぼうず

作者: 木下秋

 娘が五才の頃の話。


 ある日のこと。通わせていた幼稚園の遠足を明日に控えた、秋の日の午後だった。曇天を背景にシトシトと振り続ける雨を不安げに見つめる娘を可哀想に思った私は、「てるてるぼうずを作ろうか」と言った。



「てるてるぼうず?」



 舌足らずな声で娘が答える。



(あっ、てるてるぼうずを教えてなかったか)



 絵本かなにかで見てなかったかなぁと思いながらも、手元のティッシュボックスを引き寄せて簡単なのを一個作った。頭には丸めたもう一枚のティッシュを詰め、手元の輪ゴム(お菓子の口を縛っていたもの)で縛る。テーブルの上に転がったサインペン(娘の持ち物全てに名前を書くため、常にテーブルの上にある)で目と、ニッコリ笑う口を描いた。それを、自慢げに娘に見せる。



「ほおら、出来た。これが“てるてるぼうず”。これを窓のとこに吊るして、『明日雨降りませんように』って。お願いするんだよ」



 すると、急に娘の表情が強張った。


 てるてるぼうずを見つめたまま、イヤイヤと、首を振る。



「……? どうしたの?」



 私が訊ねると、



「それ、きらい」



 と、言った。



 私は、手元のてるてるぼうずを見つめた。――ニッコリ笑顔に、大きな頭。我ながら、可愛く出来ていると思う。私は幼い頃、遠足や運動会がある前の日は母にせがんで一緒にてるてるぼうずを沢山作っってもらったものだが……。



「なんで嫌いなの?」



 私が聞くと、



「こわい」



 そう言って、泣きそうな顔をする。



「――」



 何も言えずにいると、娘はスケッチブックを開き、絵を描き始めた。


 黒いクレヨンを握ると、真っ白な紙の真ん中で何かを描き殴っている。



 ――それは、だんだんと人型を成した。



 なだらかな肩。それから伸びる両腕。そして、胴からは両脚――。上部には、まあるい頭が取り付けられた。



 そして、首から伸びた線――いや、“ひも”だろうか。



 黒い、てるてるぼうず。



 最後に、娘は赤のクレヨンを取ると、目と口を描いた。



 点のような目。――ニッコリとした――歪んだ口元。



 真っ白な紙の中のその濃い黒の塊は、まるでそこに突然空いた穴のようにくらかった。



「これ」



 娘は、その絵を私に差し出す。



「なぁに、これ……」



「てるてるぼうず」



 娘は言った。



「まえのいえにいたの」



 ――ピンときた。この家に引っ越してきたのは、二年前のこと。それまでは、アパートに住んでいた。


 当時、娘は三才。まだまともに喋れなかった頃だ。


 娘はなぜか、窓の近くに行くのを異常に嫌がった。そっちの方を見ようともせず、「何がそんなに嫌なんだろう」と、夫婦揃って頭を悩ませたものだった。



 この家に来てからは、そんな窓際を怖がるような素振りは見せなくなった。



「これ……いたの? 前の家に?」



 娘はコクン、と頷いて見せた。



「いっつもわらっててね。ゆらゆらしてるの」



 ――くろくて、あかくて、ぬれてるの。




 結局、その日はてるてるぼうずを作らなかった。




 ――十年以上経ち、娘にその一件について聞くと「なにそれ。忘れちゃった」と、あっさり言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] シンプルにゾッとするお話でした
[一言] ゾクッとするお話ですね。 小さな子供には、何この世ならざるものが見えると言いますが、もしかすると、そんな存在だったのでしょうか。
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