挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ニーヴに捧げる恋の唄(連載版) 作者:みきまろ

番外編

11.ふるさと⑤


 コレットが岸辺で白猫と出会っていた頃、クラウスはすっかり酔いの回った騎士団員に囲まれていた。

「くそう、この幸せ者めえぇ。コレットさんはなぁ、コレットさんはなぁ、俺らの憧れだったんだぞおおおおお」
「何人もの男が挑んで、その度に団長にこてんぱんにやられてたんだ。うおお、うらやましいいいい」
「いつかはヴィルヘルミーナに帰ってきてほしいと思ってはいたが、旦那連れで来ることないじゃないか! この野郎!」

 ばしっと、誰かがクラウスの肩を叩く。するとどさくさに紛れて他の者もクラウスの背中やら腕やらを叩き、グラスにはどばどばと酒を注がれて「飲め!」と渡された。
 クラウスは、これも乗り越えなければならない試練かと内心苦笑して、グラスを空ける。団員たちもわいわい言いながら酒瓶から直接酒を飲み、しまいには腕相撲による力比べが始まった。

「よっしゃ、勝ったあぁぁぁ! 次はおまえだ!」

 数名の団員を勝ち抜いた男が、クラウスを指さす。余興の一つと割り切ったクラウスがなんなく相手を倒し、次に挑んできた男と、その次の男も倒した。

「な、なかなか強いな。おい、あいつを呼んでこい!」

 団員の代表格らしい男が、後ろで見ていた男に指示を出す。指示された男は、別の場所で盛り上がっている一団に駆けて行って、またすぐに戻ってきた。

「呼んできました!」

「おう! クラウスとやら。あいつとやってみろ!」

 男が腕組みをして、にやりと笑う。一体どんな相手を呼んできたのかとクラウスが首を巡らせると、視界が陰り、小山ほどはあろうかという大男が現れた。
 たぶん、身長はさほど高くない。しかし横幅はクラウスの三倍はゆうにあり、毛がびっしり生えた腕は大の男の胴より太い。髭に覆われた顔は厳つく、逆に耳から上は毛が一本もなかった。
 相手の戦闘能力はわからない。だが、任務のときは別として、特に何もないのに立ち向かいたいとは思えない相手だった。

「すまん。降参だ」

 クラウスは、男が席に着く前に両手を挙げる。周りの男たちは、「何ぃ!?」「敵前逃亡とは、騎士としてあるまじき行為だ!」「勝ち逃げなんてずるいぞ!」と叫んだが、それにはかまわず席を立った。

「ヴィル。コレットを探してくる。あとは頼んだ」

「ははっ。なんだ、あんた、案外ちゃっかりしてるな。
 いいぜ、あとは任せろ。こんな馬鹿みたいな勝負をして怪我でもしたらつまらねぇからな」

「なんだと、ヴィルフレッド! 馬鹿みたいな勝負とは何事だ!」

「うるせぇ! じーさんに勝てなかったからって、ここぞとばかりに大勢で取り囲みやがって!
 悔しかったら剣持って一対一でかかってこい!」

「ばばば、馬鹿野郎! 団長の技ぁ、直々に継いでるおまえにかなうわけないだろっ
 ちぇっ、しょうがねぇな。おい、おまえら、酒持ってこい! あぁ? 瓶なんかじゃねぇよ、樽だ、樽!」

 国は違えど、男同士の集まりとは似たようなものらしい。
 一瞬白けかけた場は、酒が入ることによってまた盛り上がる。庭に設けられた宴席は、時が経つにつれて、クラウスとコレットのことなど関係ない、ただの飲み会の場へとなっていった。





 悪ノリする騎士の一団から離れてコレットを探しに出たクラウスは、辺りを見渡して、コレットがどこにもいないことに気付いた。
 もしや、具合が悪くなってどこかでうずくまっているのか。あるいは少し休むつもりで眠ってしまったか。
 まさか湖に落ちたなどということはないだろうが、気配すら感じないことに焦りを覚え、クラウスはあのとき一緒にいかなかったことを後悔した。

 月明りに照らされた城の陰は驚くほど暗く、湖を渡る風の音と、木々の間から聞こえる虫の声しかしない。クラウスは、いないとわかっていても、明かりの届かない暗闇に呼びかけた。

「コレット」

 返事はない。

「コレット?」

 柱の後ろ側にもいなかった。
 湖を渡る橋、城門の横。どこを探してもコレットはおらず、ヴィルフレッドたちの元へ戻った様子もなかった。
 コレットは一体、どこに――
 誰かに聞いた方がいいだろうか。焦る気持ちを抑えて酒席に戻ろうとしたところで、視界の隅を何かがよぎった。

「コレット?」

 白い残像に、コレットのドレスを思う。クラウスが白い影が消えた方向を目で追うと、そこには城の入口があった。

「……」

 城には、泊るための部屋が用意されているはずだ。もしかしたら、やはり疲れて中で休むことにしたのかもしれない。外を探すことに気を取られて、そんな簡単なことすら思い浮かばなかった。
 コレットのことになると、冷静さを欠いてしまう自分がいる。
 クラウスは、溜息を一つつくと、流線型の模様が描かれた扉を押して、城の中に入った。



 城の内部は、高い位置にある窓から月がのぞき、青白い光が射しこんでいた。
 広間の中央には、昨日見た女王たちの像。そのまわりにある柱の陰に、クラウスは動くものを見た。

「猫?」

 白いしっぽが揺れる。コレットではなかったことに肩を落としながらも、クラウスはなぜかその猫が気になって後を追った。


挿絵(By みてみん)


 猫は、柱の陰から陰へと身を移し、城の奥へと入って行く。いくつか通った扉はどれも猫が通れるくらいにわずかに開いていて、するりするりと駆けて行く猫を、クラウスは足早に追いかけた。

「!」

 何枚めかの扉を押し開いたとき、顔にばさりと布が被さった。すぐさま腕で払おうとしたが、幾重にも重なった薄く軽い布は、腕にまとわりついてなかなかとれない。ようやくすべての布を取り去ったクラウスが室内を見回すと、一匹の白猫が窓辺に立つ人物に歩み寄るところだった。
 その人物は、後姿から男だということはわかった。逆光に浮かぶ背中は、服の上からでもほどよい筋肉がついているのがわかる。腰には剣を穿いており、鞘の形状と長さから、大ぶりの両手剣だろうと見て取った。
 猫は、男の足元までいくと、くっと脚に力を入れて跳び上がる。男は肩に乗った猫に振り返り、その拍子にクラウスと目が合った。
 すっと通った鼻筋に、薄い唇。切れ長の瞳は、碧色。

「その、勝手に入ってすまない。ここに女性が来なかったか?」

 クラウスは、敵意がないことを示すため、両手を挙げて男に話しかける。
男はクラウスの問いには答えずに、愛おしそうに猫を見つめて喉を撫でた。赤い目をした白猫は、ごろごろと喉を鳴らして男に頭を摺り寄せた。

「……」

 背の高い、碧眼の男。
 紅玉のような瞳を持つ、真っ白な猫
 その組み合わせに既視感を覚えたクラウスは、男の顔をもっとよく見ようと一歩踏み出す。

 そのとき。
 猫が鳴いた。

「なーぅ」

 ばたんと窓が開き、突風が吹く。舞い上がった布に再び視界を遮られたクラウスは、腕を掲げて退いた。

「……!」

 風はすぐに止み、クラウスの足元に布が落ちる。腕を降ろしてそっと目を開けると、目の前にいたはずの男の姿がかき消えていた。かわりに、床に広がる赤い髪が目に留まる。それがコレットだとわかった瞬間、クラウスは心臓をわしづかみにされたかのような衝撃を受けた。

「コレット!」

 何が起こったのかと、考えるより先に足が動いた。

 まさか、もしや、そんな――

 クラウスはコレットを抱き起こし、呼吸を確かめる。

「コレット! コレットっ」

 頬は赤みを帯びていて、呼吸もしている。クラウスの危惧は杞憂だったようだ。けれど、意識がない。
 クラウスは、少々乱暴にコレットの肩を揺すった。すると、コレットが髪に差した花がぱさりと落ちた。

「コレット……!」

「……ん……。うぅん……クラウス様……?」

 コレットの長い睫がわずかに震える。うっすらと開けられた濃褐色ブラウンの瞳がクラウスを映し、ゆっくりとまばたきをしてから、ふんわりと微笑んだ。

「どうか、なさいましたか?」

 コレットが、クラウスの頬に手を添える。
 クラウスは、コレットが無事であることに安堵し、コレットの肩に額を乗せて深い溜息をついた。

「クラウス様?」

 コレットは、クラウスがなぜ必死の形相をしていたのか、全くわからない様子で小首を傾げる。クラウスはコレットの髪を撫で、頬を撫で、その存在を確かめるように口づけを一つ落として、きつく抱きしめた。

「あ、あああ、あの……?」

 コレットが、クラウスの突然の熱烈な抱擁に戸惑ったような声を上げる。
 クラウスは、意識を取り戻したコレットを腕の中に閉じ込めることでようやく人心地つくと、改めて周囲を確認した。
 窓から見える景色から、ここは城の中層にあたる部屋だと推測できる。部屋の中にはテーブルや椅子、鏡台が備え付けられ、男が立っていた窓の横には、大きな寝台があった。
 寝台の上には、骨組みだけになった木枠がぶらさがっている。床に散乱している薄い布は、寝台の天蓋用の布だったらしい。寝台脇の小机の下には見覚えのある荷物があって、クラウスは、ここが今日コレットが泊るはずの城の一室であると判断した。

「部屋に休みに来たのか?」

「いえ、私は猫を追いかけて……。
 あら? でも途中から記憶が……。どうして私ここにいるんでしょう?」

 どうして、といわれてもクラウスにもわからない。けれど、クラウス同様、コレットも猫によって城の中に導かれたようだった。

「うっかり眠ってしまったのかしら。ご心配をおかけして、すみませんでした」

「いや、君が無事ならいい」

 クラウスは、腕を緩めてコレットの瞳を覗き込む。そして、目を伏せて申し訳なさそうにするコレットの髪を撫でた。

「心配、した」

「はい……。すみませんでした」

「もし、君がいなくなったらと思ったら……」

 クラウスは、コレットの髪を一房とって、毛先に口づける。さらに頬や額に唇を添わせ、きゅっと抱きしめると、コレットもクラウスの背に手を回して胸に頬を摺り寄せた。

「猫が、いたんです」

「あぁ。俺も見た」

「クラウス様も?」

 クラウスは、コレットをしっかりと抱きしめたまま、先ほどの不思議な体験を話した。

「それはもしかしたら」

「心当たりがあるのか?」

「えぇ、あ、いえ、そんなはずはありません。お二人は、もう何十年も前に亡くなられて……」

 きっと、飼い主が猫を探しにきたのだ。たまたまコレットたちが宴会をしていて声をかけにくくて、城の中で猫を見つけたはいいが、クラウスに出会って驚いて逃げたのだ。

「まぁ、そんなところだろうな」

 コレットの話に、クラウスもうなずく。猫は男によく懐いていたし、窓が開いた直後に姿が消えたのだから、そこから外に出たと考えるのが自然だった。飛び降りるにはあまりに高いが、壁伝いに足がかりでもあるのかもしれない。

「この部屋は鍵がかかるのか? 施錠は俺が確認するから、君はもう休むといい」

 もしくは、他に空き部屋があるならそちらに移動するのもいい。クラウスがコレットの手を引いて立ちあがろうとすると、コレットは小さく「あの……」と言った。

「クラウス様は、どちらに?」

「下に戻る気にはなれないな。もう休む。
 俺はどの部屋を使えばいいんだ?」

「隣のお部屋をご用意しています。でも……」

 コレットが、クラウスの手を握る。

「一緒にいていただけませんか? 一人で寝るのは、嫌です」

「……」

 コレットの気持ちはわかる。
 いくら入念に安全を確認したとしても、侵入者があった部屋で眠るのは心細いだろう。けれど、一緒に寝る、というのは今のクラウスには辛い。
 コレットの家族へのあいさつをすませ、祝宴も終わった。一日、美しいドレス姿を見せられて、先ほどはコレットを失うかもしれない恐怖におののき、彼女の存在かいかに自分にとって大切なものか実感したばかりだ。ここで一晩共に過ごしたら、何もしない自信がない。

「部屋を変わろう。君が隣の部屋を使えばいい。俺はここで寝る」

 それでも不安なら、家に帰ってもいい。クラウスがそう言うと、コレットは静かに首を横に振った。

「船の中では、ずっと一緒に寝てくださっていたではありませんか。
 昨日は別々で……寂しかったです。部屋はどこでもいいです。私はクラウス様といたいです」

「……悪いが、コレット」

「だめなんですか? どうして?」

 クラウスを見上げるコレットが、せつなそうに目を細める。少し乱れた髪が首筋にかかり、白い肌は月の光を浴びて輝いている。座り込んだままのコレットの周りにはドレスが広がって、レース地の天蓋布に囲まれた姿は、雲の上にいるようにも見える。

こんなにも清らかな彼女を、穢すわけにはいかない。

 クラウスは、つないだ手が汗ばむのを感じながら、理性を総動員してコレットから視線をはずした。

「一人のほうが、よく眠れるだろう」

「クラウス様は、私と一緒だと眠れないんですか? え、もしかして、船でご一緒していたのはご迷惑でしたか? そんな……」

 コレットの顔が青ざめて見えたのは、月光のせいではないだろう。クラウスは、そうではないと慌てて首を振った。

「我慢できる自信がないんだ」

「何を我慢なさるんです?」

「何を、とは」

 はっきり言わなければ、わかってくれないか。クラウスは溜息を一つつき、己の醜い心を隠すのをあきらめた。

「君に触れるのを……我慢できる自信がない。
 これ以上一緒にいたら、俺は君に何をするかわからない」

 コレットの前に膝をつき、懺悔するように声を絞り出す。
 コレットはクラウスの告白に目を見開き、次いで花のように微笑わらった。

「そんなの、我慢しないでください。さっきみたいに触って。もう一度……」

 コレットがクラウスの頬を両手で包む。クラウスは眉をしかめ、拳を握り込んで目を閉じた。
 コレットがクラウスの首に手を回す。衣擦れの音がして、クラウスの唇に柔らかいものが触れた。

 それがコレットの唇であることは、すぐにわかった。
 クラウスが薄く目を開けると、微笑むコレットの顔がすぐ近くにあった。

「いいのか」

 何を、とか、何が、とは言わない。
 クラウスが苦しそうに顔をゆがめるのに、コレットはこくりとうなずいた。

「……俺の部屋は隣だったな」

 ふわり。クラウスはコレットを抱き上げる。
 静まり返った廊下に、人の気配はない。
 隣の部屋の扉を開け、鍵をかける。
 部屋の中は似たような作りだ。一つだけ違うのは、豪奢な寝台の上にある天蓋から、薄布が幾重にも下がっていること。

 クラウスは、薄布を避けてコレットをそっと寝台に降ろす。
クラウスがコレットの顔の横に手をつくと、クラウスの体重を受けた寝台がギシリと沈んだ。

「……」

 吐息が近づく。



 重なる二人の影を、



 月だけが見ていた。





 翌日、クラウスとコレットが身支度を整えて外に出てみると、庭園の片づけはすっかり終わっていた。
 どうやら明け方まで騒いでいた騎士団員たちが、きっちりと片づけまでして帰って行ったらしい。
 “アドルフ菓子店”に帰れば、店は通常営業に戻っており、昨日のできごとが夢のようだった。

「あなたたち、明日帰るんでしょう? うちの焼き菓子、お土産に持って行ってね。
 コレット、せっかくだから、今日はクラウスさんにヴィルヘルミーナを案内してさしあげなさい」

 前掛けをして忙しく立ち働くカリタが、手伝いを申し出たコレットに言う。
 クラウスとコレットはその日一日街を歩き、ティル・ナ・ノーグで待つ人々に、大量の土産物を買い求めた。





 出立の朝も、快晴だった。

「コレット、元気でね。ついたら手紙をちょうだい」
「店は続けるんだよな? また遊びにいくから」
「そいつが嫌になったらいつでも帰ってこい」
「クラウスくん、娘を頼んだよ」

 見送る家族に、コレットは怒ったり涙ぐんだりと忙しい。
 出港の合図とともに、船は滑るように走り出す。クラウスとコレットは甲板に出て、小さくなっていく家族に手を振った。

「寂しいか?」

 陸地が見えなくなってもいつまでも港の方角を眺めつづけるコレットに、クラウスが尋く。

「少し。でも私にはクラウス様がいらっしゃいますから」

 微笑んだコレットが、空を見上げる。
 クラウスはコレットの手を握ると、コレットの視線を追って同じ空を見上げた。



 青い空に、一筋の雲が見える。



 すっとのびたその雲は、まるでヴィルヘルミーナとティル・ナ・ノーグを結ぶかのように、どこまでも続いていた――





挿し絵はsho-ko様よりいただきました^^
なお、もしかしたら期待してくださっている方がいるかもしれないシーンを、こちら(http://ncode.syosetu.com/n0105bl/)にご用意いたしました。
R15です。非公開ページです。URLで直接とんでくださいませ。
R「15」ですので、お間違えなくw
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ