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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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Y1 勇者と国王

「どうぞ。ブーディエ地方の地酒です」
「おお。それは飲んだことがないな。どんな味がするのか、楽しみだ」

 清潔だけど、書類やら何やらでごちゃごちゃした室内。
 そこで僕は父上にお土産のお酒を渡していた。
 父上は大の酒好きだ。
 普段一人で仕事をしているときは、こっそりお酒を飲みながら作業をしていることは、公然の秘密となりつつあるくらいだ。
 なので、僕は帰国するたびに、珍しいお酒をお土産に持って帰ってくることにしている。
 国王という立場上、気軽に国の外に出れない父上には、これ以上ないくらい嬉しいお土産になる。
 そして、そのお土産のお酒でこうして二人で酒盛りをするのが恒例となっていた。

「父上、仕事は大丈夫なんですか?」
「何、問題ない。問題があればその分寝る時間を削ればいいだけの話だ。たまに帰ってくる息子との時間の方が、仕事などよりよっぽど重要だ」

 父上の返答に苦笑するしかない。
 そんなに簡単に言い切れるほど、国王の仕事は軽いものでもないだろうに。

「それに、サイリスも板についてきたからな。万が一私に何かあったとしても、国は安泰だろうよ」
「父上、兄上が優秀なのは認めますが、まだまだこの国には父上が必要です。そういう不吉なことは言わないでください」

 すまんすまんと、軽く謝る父上にそっとため息をつく。
 父上は棚に隠し置いてあるグラスを二つ持ってきて、それぞれにお酒を注いでいく。

「ふむ。独特な香りだな」
「ええ。僕もその香りが気に入って購入しました。きっとお気に召しますよ」

 芳醇な香りが室内を満たす。
 僕と父上はグラスを合わせると、静かに酒盃を傾けた。

「うむ。のどごしが柔らかいな。これならいくらでも飲めそうだ」
「地元では女性にも人気なのだとか。果物等と一緒に飲むとより風味が増すそうです。そういうわけで、これもどうぞ」

 用意しておいた果物を差し出す。
 父上はそれを口に運び、またお酒をあおる。

「うまい。普段強い酒ばかり飲んでいるが、たまにはこういうのも悪くないな」
「でしょう?」

 今回も父上のお眼鏡にかなったようで、ホッとする。
 辛口の強いお酒を好む父上に、今回のお酒は合うかどうか少し不安だった。
 どうやらその心配は杞憂に終わったようだ。

 しばらくは静かに二人でお酒を飲み続ける。
 ふと、昼のことを思い出して口元が緩んだ。

「どうした?」
「いえ、昼にシュンとスーの様子を見てきたんですけどね。その時のことを思い出していました」

 勇者である僕ですら呆れるほどの才能を見せつける二人の弟と妹。
 シュンに稽古をつけてあげたけど、余裕ぶるのが結構大変だった。
 格好つけて片手だけで相手しようと考えなければ良かった。
 次に稽古をつけるときは、普通に両手で相手しよう。

「ふむ。ユリウスの目から見て、あの二人はどうだ?」
「恐ろしい程の才能の持ち主ですよ。特にシュンの方は。もう少し早く生まれていれば、勇者の称号を持ったのは僕じゃなくてシュンの方だったかもしれません」

 嘘偽りなくそう思う。
 実際、才能という意味では僕なんかよりシュンとスーの方がはるかに高い。
 僕が二人よりも優れているのは、勇者の称号に含まれる、ステータス増強の効果があってこそだ。
 もし勇者の称号がなかったら、今はまだ負けないだろうけど、すぐに追い抜かれてしまいそうだ。
 いや、あれほどの才能の持ち主だ。
 もしかしたら、勇者の称号を持つ僕にすら追いついて、追い越してしまうかもしれない。
 それは兄としてのメンツが丸潰れになるから勘弁してほしいな。
 特にシュンは僕のことを尊敬してるみたいだし、そんな弟に幻滅されたらショックを受けて立ち直れないかもしれない。
 これは由々しき事態だ。
 ちょっと弟と妹に負けないよう、鍛え直そう。
 そうしよう。

「何を一人でうんうん言っておるのだ?」
「いえね、兄の威厳を保つのも簡単じゃないなと」

 そういえば、シュンもスーに対して威厳を保とうとしてるみたいだ。
 それは成功してる。
 現にスーはシュンにべったりだし、僕相手にすら嫉妬するくらいだしね。
 年頃になれば兄離れもするだろうけど、大好きな兄を取られてたまるかとむくれる妹はなかなかに可愛かった。

「あの二人には悪いことをした」

 父上の顔に苦味が浮かぶ。
 二人が生まれたのは、ちょうど先代勇者様が崩御された直後のことだ。
 同時に、僕が勇者の称号を受け継いだ時でもある。
 行方が分からず、活動が謎だった先代勇者様の突然の死。
 僕が新勇者となる。
 急激に活発化する魔族の動き。
 それらが重なり、父上は二人の相手をしている暇がなかった。
 父上は家族を大事にする方だけど、それ以前に国王なのだ。
 国のことを優先させなければならなかった。
 父上はそれを気にしている。

「仕方がありませんよ。あの時は、色々なことが重なりすぎてどうしようもありませんでした」
「だが、あの子達は未だに私に懐かない。それが明確な答えな気がしてな」
「大丈夫ですよ。時間が経てば、きっと二人も理解してくれます」
「だといいのだがな」

 父上は悲しそうな顔でお酒をあおる。

「正直に言えば、国王という己の立場が鬱陶しくなる時がある。あの二人のことだけじゃない。ユリウス、お前にしてもそうだ。息子であるお前に勇者などという重みを背負わせたくはない。だが、国王としてはお前に行けと言わざるを得ない。国王としては正しいのだろうが、父としては失格だ」

 重い、本当に重い溜息とともに父上は溜まった感情を吐き出す。

「父上。僕は勇者であることに誇りを持っています。だからそんな風に言わないでください。大体からして、僕から勇者であることをとったら何も残らないじゃないですか」
「そんなことはないぞ」
「いえいえ。兄上のように政治に関われるような教養もないし、レストンのように己の我を突き通すような信念もありませんし、姉上のようによそに嫁ぐこともできません。僕ができることといえば、勇者として民のため、人族のために剣を振るしかできません。だから、父上が気にすることではありませんよ。僕は僕のために、僕に出来ることを精一杯しているだけですから」
「レストンはあれはただ好き勝手に生きているだけとも言うがな」
「違いないですね」

 父上と二人、笑みを漏らす。
 父上、僕から見ればあなたは十分偉大な父です。
 だから、その父上の助けになるためにも、僕は勇者として働き続けます。
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