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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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309 籠の中の鳥は幸せか否か

 先生が櫛谷さんに運ばれて行ってから、誰も口を開こうとしなかった。
 誰もがどうしたらいいのか、それがわからずだんまりを決め込む。
 ただ、その中でも反応はいくつかに分かれている。
 一つが視線をさ迷わせているもの。
 これはホントにどうしていいかわかんなくて、成り行きに任せる感じ。
 一つが工藤さんに視線を向けるもの。
 その視線にも種類があって、工藤さんのことを責めるような雰囲気の視線と、委員長としてここから先の展開を進めることを期待する視線とに分かれる。
 前者と後者では温度差があるのは言うまでもない。
 で、最後が多数派なんだけど、私に視線を向けるもの。
 まあ、な。
 この状況で話を進めるとしたら、それは私の役割だよな。
 丸投げしたいことこの上ねーけどな!

 あー、うー。
 とりあえず元いた席に座りなおす。
 なんか、慣れないことしたせいか、喋りまくったせいか、メッチャ疲れた。
 もう、ゴールしてもいいよね?
 ダメっすか?
 ……そっすか。

「……優しいんだな」

 気まずい沈黙を破ったのは、意外な人物だった。
 イヤ、意外でもないのか?

「それなら、どうして。いや、なんでもない……」

 沈黙を破った主、山田くんは、複雑な感情を織り交ぜた、何とも言えない表情で黙り込んだ。
 いろいろな感情がごちゃ混ぜになったその表情からは、山田くんが何を言いたかったのか読み取ることはできない。
 というか、山田くん自身、感情の整理がついていないように見える。
 ただ、私が押しのけた時の態勢のまま固まっていたその体を、力なく自分の席に落とした。
 音にすればドサリという、ホントに脱力して体重のままに座り込む感じだった。
 その山田くんの肩を、心配げに大島くんが優しく叩く。
 それに対して山田くんは、心配ないとでもいうかのように、大島くんの手をこれまた優しく叩き返した。
 イチャイチャすんなや。

「委員長も座れば?」

 鬼くんが、いまだに立ったままの工藤さんに声をかける。
 工藤さんは迷子の子供みたいな表情を一瞬してから、その言葉に従って席に腰を落ち着けた。

「まあ、みんなも、言いたいことはあると思う。僕らはこのエルフの里の外で生活してたから、ここでの暮らしがどういうものかは伝聞でしか知らないし、みんなの気持ちもわかるとは言えない。けど、先生も好きでみんなをここに押し込めていたんじゃないってことは、さっきの態度でわかったと思う。悪気があってそうしてたんじゃなくて、善意からそうしてたんだって。必死になってそうしていたんだってことだけは、覚えておいてほしいかな」

 鬼くんが穏やかに語り掛ける。
 それを真剣に聞くもの、どことなく居心地悪そうに受け取るもの、反応は様々だ。

「けどさあ、それでも今までここに押し込められてたって事実は消えなくない?」

 そう、鬼くんに堂々と反対したのは、漆原さんだった。
 その言葉に、工藤さんがギョッとした顔をする。
 真面目な工藤さんと、奔放な漆原さんは前世の頃から相性が悪かった。
 それはどうやら今も変わっていないらしい。

「しかもさあ、今のままだったらポ、ポ、ポリマス? だっけ? そいつにあたしらって利用されるところだったんでしょ? なんかあんたらの口ぶりからするとろくでもない感じで。先生って知らないうちにそいつらの片棒担いでたってことじゃん。それって知らないからって許されることなの?」

 はあ?
 何言っちゃってんのこいつ?
 ……殺るか?

「そうだよな」
「せっかくのファンタジー世界なのに、飼い殺しだもんな」
「保護って言っても、監禁だし」

 ひそひそと、漆原さんに同意する声が上がる。

「けど、衣食住保証されてたんだし、悪くはなかったんじゃない?」
「スローライフ、とはちょっと違うけど、私はまあ不満はなかったかな」
「あんな姿見せられちゃうとね。ちょっと責められないよ」

 一方で、先生をかばう声も聞こえてくる。
 比率は大体半々くらい。
 ただ、両者に言えるのは、どっちもどっちの言い分がわかるといった感じで話し合っていることだ。
 ここでの生活に不満は少なからずあった。
 けれど、先生を全面的に責めることもできない。
 そんな空気。

 どちらかというと、男子がより不満を声にしている感じだ。
 やっぱ男の子は冒険とかそういうのに憧れるんだろうか?
 外で冒険者として活躍していた田川くんに、羨望の眼差しを送っていたし。
 というか、田川くんという成功例がいるからこそ、そう思うのかも。
 外にいられれば、自分も、って感じで。
 そう、うまくいったかなー?

「言っておくけどな、外の生活もいいもんじゃねえぞ?」

 おっと、その田川くんが口を開いた。

「お前、それお前が言っても説得力ねーよ」

 男子の一人がそんなツッコミをする。
 確かに。
 成功者の田川くんが言っても、自慢にしか聞こえない。

「じゃあ、聞くけどよ。お前ら一日中苦痛で呻いたことあるか? そこまでじゃなくても、骨折したとかでかい切り傷を作ったとか」

 田川くんの言葉に、転生者の主に男子が顔を見合わせる。

「一回だけ、作業でミスって骨折ったことなら」
「じゃあ、想像してみろ。それが日常茶飯事だってな」

 男子の一人がそう名乗り出ると、田川くんはこともなげに言ってのけた。

「は?」
「冒険者やってりゃ、そのくらいの怪我は日常茶飯事だ。治療魔法で治してもすぐ同じような怪我をする。そうやって生傷絶えない状態に慣れないと、やってられない。ちなみに俺はアサカがいなかったらとっくの昔に心折れてただろうよ」

 真剣な話してるのか、それとも惚気ているのか。
 判断に迷うところだな。

「俺はどうしてもやりたいことがあったから、冒険者っていう危険な仕事に就いた。けど、何度もそれを後悔した。死にそうになったことも何度もあるし、アサカがいなかったら実際俺は何度死んだかわからない。憧れだけで冒険者やろうってんだったら、悪いことは言わない、やめとけ」

 田川くんが男子を見回しながら言った。
 むむむ。
 やっぱ真剣な話してんのか、惚気てんのか、どっちなんだ?

「今言ったのは冒険者っていう特殊な職業についての話だが、それ以外でも外が危険なことは確かだ。冒険者っていう職業柄、俺はいろんなところでいろんな悲劇を見てきた。魔物に殺された人や、盗賊に殺された人。そうやって死んでいった人たちだけじゃない。残されて身寄りのなくなった子供や、金銭的な理由で捨てられる子供だっている。委員長の家は貧しかったんだろ? ここにいなかったら、どうなってたかな」

 田川くんが工藤さんにそんな、残酷なことを言う。
 工藤さんは、反論できずにうつむいた。
 なんせ、工藤さんは実の親に売られたのだ。
 その売り先がエルフだったというだけで、別の場所に売られていたことだって十分に考えられる。
 その場合さすがに赤ん坊のころに売られるってことはなかっただろうから、もう少し成長してからの話になっただろうけど、どこに売られるかは運次第。
 転生者の利発さを見込まれて、いいところの商家に引き取られるとかだったらいい。
 けど、転生者の美貌を買われて、いかがわしいところに、なんてことだって十分にありえたことだ。

「けど、そういうのって結局田川が外で暮らしたことがあるから言えることでしょ? あたしらにはその選択肢がなかったの」

 漆原さんの再度の言葉に、またざわつきだす転生者たち。
 そんな転生者たちを鬼くんが手を叩いて静かにさせる。

「結局のところ、どっちがよかったとか、そういう話をしても意味がないと思うけどな。だって、過去は変えられないんだ。僕らがこうして今ここで生きていることは変えようがない。そして、今ここにいない、死んでしまった人がいることも、ね。生きてる僕らがどっちがよかっただのなんだの言えるのは、贅沢なことだと思ったほうがいいよ」

 生きていられるだけで贅沢。
 それを言われた転生者たちは、シーンと静まり返った。

「ユーゴー、夏目を殺したお前が、それを言うのか?」

 ただ一人を除いて。
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