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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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過去編㉒

 星を存続させるため、サリエルを犠牲にする。
 その動きを肯定する人々。
 それに反対する人々。
 主張は真っ二つに割れるが、前者のほうが圧倒的多数を占めていた。
 今まで助けてもらっていた恩を仇で返すことに罪悪感を覚えても、それでもこのままでは星と共に死ぬしかない。
 であるならば、罪悪感を無視してでも生き残りたいと思うのが人の感情。
 反対する人々も、口にはすれど、実際にサリエルを守るために動く人間はごく少数だった。

 そして、実際に動いたごく少数、サリエーラ会は鎮圧された。
 サリエルの引き渡し要求を拒否し、激しい抵抗をした。
 それも、ダズドルディア国が軍を差し向けたことによって鎮圧される。
 覚悟を決めたダスティン大統領の命により、強硬手段に打って出ていた。
 非殺傷装備で鎮圧し、誰一人として死者を出さないようにしたのは、大統領の良心によるもの。
 それも、サリエーラ会の抵抗が非殺傷にこだわっていたため。
 彼らは元は慈善団体。
 その志は人を救いはしても、傷つけることなど望んでいない。
 だからこそ、その信念に基づき、全力で抵抗しつつも誰も殺めないという姿勢を見せた。
 その高潔な姿勢は、攻め手であるダズドルディア軍の士気を著しく下げた。
 自分たちのしていることが恥知らずなことであると、ダズドルディア軍の誰もが知っていた。
 しかし、それでも彼らに攻め手を緩めるという選択肢はない。
 サリエーラ会が非殺傷にこだわっていなければ、殲滅することすら厭わなかった。
 ダスティン大統領には、それだけの非道を行う覚悟があった。
 結果的に、サリエーラ会の不殺の信念が、彼らの命を救った。

 ダズドルディア軍の兵士がサリエルの居場所に踏み込んだ時、彼女は子供たちに抱き着かれていた。
 何人もの子供が前後左右から、おしくらまんじゅうでもしているかのように、まるで拘束するかのように抱き着いている。
 実際、子供たちはサリエルのことを拘束していた。
 そうしていなければ、サリエルは去ってしまうと理解していたから。

「力づくで引き剥がすのなら舌を噛んで死ぬ。どうしても、行くというのならば私たちを殺してから行け」

 サリエルに抱き着いている子供は、そう言って自らを人質にしてサリエルを脅し、拘束した。
 子供たちはわかっていた。
 そうやって引き留めなければ、サリエルは自らが犠牲になることを容認してしまうと。
 むしろ率先してそうするだろうと。
 だから引き止める。
 このように脅せば、サリエルが身動きができなくなるとわかっていて。

 子供たち、とくに年長の子供には、これがただの時間稼ぎのみっともない足掻きだとわかっている。
 年少の子供たちも、きっと心のどこかではわかっている。
 それでも、やらないという選択肢はなかった。
 人々からは女神だ救世主だと言われ、龍からは大局を見ない壊れたはぐれ天使と罵られ、傍観者からは愚者と蔑まれようと、子供たちには関係がなかった。
 子供たちから見れば、サリエルはそんな御大層な存在ではなく、ただちょっと感情表現が苦手な、だけど優しい、母親に過ぎなかった。
 そして、それだけでよかった。

 泣き叫ぶ子供たちを、サリエルから引き剥がしていく兵士たち。
 子供たちに叩かれ、噛まれ、ひっかかれようと、兵士たちは抵抗せず、しかし容赦なくサリエルから引き剥がしていく。
 そして、最後の一人が引き剥がされ、サリエルは兵士に連れられて去っていった。

「みんな。幸せに生きてください。ただ、平穏に」

 それだけを言い残して。





 サリエルは自身が犠牲となり、星のエネルギーに変換されることをあっさりと了承した。

「それが私の使命ですので」

 そう言って。
 大統領はそう言ったサリエルに、深く深く頭を垂れた。

 そして決行の日。
 この日までに、ポティマスの身柄は拘束され、有無を言わさずに装置の開発を強行させられていた。
 妙なことをさせないように、厳重な監視のもと。
 ポティマスは言われた通り、生物をMAエネルギーに変換する装置を改良し、サリエルをMAエネルギーへと変換、星に還元するための装置を開発した。
 監視の目が厳しいため、その装置に不正を仕込むことはできない。
 そして、拘束され、命を握られたポティマスに、言うことを聞かないわけにはいかなかった。
 大統領にはポティマスの目的が不老不死であると見抜かれている。
 ポティマスにとって何よりも大事な命を握られている以上、協力せざるをえなかったのだ。

 それが、本物のポティマスであればの話だが。

 ダズドルディア国に拘束されたポティマスは、本物ではない。
 ポティマスのクローンである。
 魔術の研究を始める前、ポティマスはクローン技術によって不老不死を実現できないか研究していた。
 そして、人間のクローンを生み出すという成果を上げていた。
 しかし、それはポティマスの求めるものではなかった。
 生み出されたクローンは所詮クローン。
 遺伝子上は全く同じ存在でも、ポティマス本人ではない。
 ポティマスと同じ容姿を持つ、ただの別人。
 同時に研究をしていた脳移植の技術を使えば、スペアのボディとしては使えるが、不老不死を実現するものではなかった。
 ボディを入れ替えても、脳そのものが老化していけばそのうち寿命が訪れる。

 しかし、このクローン技術はのちの研究の発展には大いに役立つことになる。
 ポティマスは自分のクローンを量産し、そのクローンたちにも不老不死の研究をさせたのだ。
 能力的にはポティマス本人と変わらないクローン。
 もちろん、蓄えられた経験や知識は一朝一夕では身につかない。
 しかし、人格に大いに問題があろうとも、ポティマスが天才であることは疑いようがなく、そのクローンもまた優秀であることには違いがなかった。
 そして、その問題のある人格も、オリジナルによって手を入れられている。
 オリジナルが欲するのは研究のための手駒であり、自身と同じように思考する存在ではなかった。
 クローンには研究のための知識は植え付けたが、自我の乏しい機械的な自意識しか与えなかった。
 そこにはオリジナルにある死への恐怖もない。

 そのクローンのうちの一体こそ、ダズドルディア国が拘束したポティマスの正体だった。
 そうオリジナルが仕向けたのだ。
 オリジナルのポティマスの目的は一つ。
 サリエルの力を手に入れること。
 龍という死の象徴にさえ思える化物を、いともたやすく退けるさらなる化物。
 そんなサリエルの力をえることができれば、ポティマスに恐れるものはもはやない。

 しかし、ポティマス自身にそのエネルギーを受け入れる器はない。
 人類の進化実験を繰り返す過程で、過剰なエネルギーの供給は人体に耐えられるものではないという結果が出ている。
 あくまでも少々身体能力が向上し、寿命が多少伸びる程度の進化を促す量しか受け入れられないのだ。
 神のエネルギーをそのまま吸収することができればそれに越したことはないが、それは不可能。
 だから、ポティマスは別のものにサリエルのエネルギーを入れることにした。
 それこそが、未来においてグローリアΩと呼ばれる兵器のひな型。
 自身のクローンの魂を大量に受け皿に加工した、血塗られた兵器。

 MAエネルギーは、電力などに変換しなければ長時間の保存が不可能。
 しかし、実はその変換効率は非常に悪い。
 サリエルの力を十全に得るには、MAエネルギーのまま保存する必要がある。
 だからこそ、受け皿となるもの、すなわち魂の容器が必要だった。
 それを、ポティマスは自身のクローンで作り上げた。
 その受け皿に、サリエルの力を流し込む。

 クローンの作り上げた装置に不正はない。
 ポティマスの持てる知識を総動員し、確かにサリエルを分解し、星へと注入するための装置として作り上げた。
 ただ、星へと注入する際に、横から抜き出すことができるようになっているだけで。
 ポティマスはそのエネルギーを回収し、星を飛び立つつもりでいる。
 サリエルの力さえ手に入れてしまえば、恐れるものはない。
 そして、こんな壊れかけの星にももはや未練はない。
 宇宙へと旅立ち、そこでゆっくりと不老不死の研究をすればいい。

 そして、装置にサリエルが足を踏み入れる。
 大統領たちが見守る中、サリエルの分解が始まり、そのエネルギーは星へと注入される。
 それをポティマスが横取りする。
 そうなるはずだった。

 サリエルが装置に足を踏み入れたその瞬間、世界は変質した。
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