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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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過去編㉑

 突如として人々を襲いだした龍。
 平和に暮らしていた人類は、その脅威により存亡の危機に立たされた。
 サリエルという救世主のおかげでかろうじて滅亡には至らなかったものの、龍の攻勢が続けばそれも時間の問題だった。
 しかし、始まりと同様に、龍の襲撃は突如ぱったりと止まる。
 だが、それは喜ぶべきことではなかった。
 龍は直接的な暴力による被害よりも、もっと深刻な滅びを突き付けてきていたのだ。

 龍にとって、星を滅ぼすことは些細とまでは言わないまでも、大きな問題ではない。
 龍がこの星に居ついていたのは、ゆくゆくは支配圏として治めるため。
 龍にとって至高の存在である自身らが星を統治するのは当然のこと。
 そして、統治のできない星に価値などない。
 是正しようにもサリエルという邪魔な存在がいるせいで軌道修正ができず、将来滅びることが既定路線となってしまった星など、統治をする意味など見いだせなかった。
 故に、少しでも龍の益となる行動をとった。
 龍にとってはただそれだけのことであり、それだけのことで星を滅びに向かわせた。
 どうせ自分たちが手を出さずとも、数百年後には滅びる星。
 ならば、少しくらいその時期が早まっても問題ないと。
 それに、この星の住人が宇宙に飛び立つのも困る。
 その前に駆除することもできて一石二鳥。
 かくして、龍は星のMAエネルギーを簒奪した。




「終末か」

 大統領がポツリと呟く。
 それに反応する人間はいない。
 会議室の中には重苦しい空気が漂っていた。

 ダズドルディア国は、最後の最後までMAエネルギーの使用を禁止し続けた。
 MAエネルギーが星の生命力そのものであり、それを使用し続ければ星を崩壊に導くという事実は、すでに人々の知るところとなっている。
 そして、それゆえに龍が突如襲い掛かってきたのだということも。
 龍神教を介してその説明はされていた。
 サリエーラ会も同様の警告を発していた。
 それを無視し、各国は競うようにMAエネルギーを使い、その恩恵を享受していた。
 他国が甘い蜜を吸う様を見つつ、それでも大統領は頑としてMAエネルギーの使用を認めなかった。
 国民の反応は辛辣なもので、毎日のようにMAエネルギーの解禁を求めるデモが起きたほどだ。
 しかし、それでも大統領は意見を曲げず、国内でMAエネルギーを使ったものには厳しい罰でもって答えた。
 そして現在、大統領は世界一の堅君と称されている。
 ついこの前までさんざん罵倒したその口で、称賛の言葉を吐き出す。
 それを聞いても、大統領の眉間に寄った皺がほぐれることはない。

「状況は?」
「各地で異常気象を始めとした、異変が起きております」
「市民の間では暴動が頻発し、殺人などの犯罪が頻発しています」
「自殺者も増えております。特に龍神教の教徒の多くが集団自殺を」
「食料の配給が滞っております」

 次々と報告される、ままならない現状。
 ままならなくて当然。
 すぐそばに終末が近づいてきているのだから。

「……あと、どれほどの時間が残されている?」

 大統領の質問に、即答できる人間はいなかった。
 まるで答えを言うのを恐れているかのように、誰一人として口を開こうとしない。
 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。

「ポティマス・ハァイフェナスの見解では、一年あるかないかだと」

 ポティマスの名を聞き、大統領は不快感をあらわにした。
 この事態に陥った、全ての責任をポティマスに押し付けることはできない。
 しかし、発端は間違いなくポティマスであった。
 一人の男の妄執が、星を崩壊へと導いたのだ。
 だが、この状況を打開することができる可能性を秘めているのもまた、ポティマスしかいなかった。
 それゆえに、どんなに嫌悪しようとも、ポティマスを拘束することはできなかった。
 それらの事情もあって、大統領はポティマスの名を聞くだけで機嫌が悪くなる。

「しかも、それはあくまでも星が原形を留める限界時間であって、生物が生きていられる限界時間はそれよりも少ないだろうとの見解です」
「捕捉しますと、時間が経てば経つほど状況は悪化していきます」

 言外に、決断をするのならば早めに、と迫る。
 ここまで大統領についてきた彼らは、大統領の意思に従おうと決めている。
 それがどれだけ理不尽な決断であろうとも、世界一の名君と言われるようになった大統領の決断であるのならば、受け入れようと。

 決定権を与えられた大統領は、しかし、なかなか口を開こうとしなかった。
 MAエネルギーの使用を禁止していたためか、龍の襲撃頻度がダズドルディア国では少なかった。
 他国が壊滅的被害を受けている中、比較的軽傷で済んでいる。
 その上、大統領の名声もあり、今やダズドルディア国の逆らえる国はないと言える。
 だからこそ、大統領は慎重な判断を下さなければならない。
 ダズドルディア国が白といえば、黒も白となる状況なのだから。

「ふう」

 大統領が大きな溜息を吐く。
 考えても考えても、結局のところ行きつく結論は同じ。
 大統領として、人々の上に立つ人間として、どれだけ受け入れがたくとも決断しなければならない。

「それしか、手はないのか?」

 それは問いかけというよりも、自分の中で確認するための呟き。
 そして、誰一人その問いかけに答えるものはいない。
 答えられない。
 長い、長い長い沈黙が会議室を包み込む。

「ポティマス・ハァイフェナスの足取りは?」
「掴めています」
「では、すぐに拘束しろ」
「はっ!」
「拘束が完了したら、準備をさせるんだ」
「……はっ!」

 それは、現在人類の代表と言っても過言ではない男が決断した瞬間だった。
 その決断に、会議室にいる面々は自然と頭を下げた。

 大統領は一人、席から立つ。
 そして、壁際まで歩いていく。
 鈍い音が響いた。
 大統領が壁を殴りつけた音だった。

「何が、何が世界一の賢君だ。ただの、ただの恥知らずではないか!」

 叫びながら、もう一度壁を殴る。
 続けてさらに殴る。
 何度も、何度も。

「大統領! 大統領!」

 よほど強く殴りつけていたのか、拳に血が滴るのを見て、止めに入る大臣。
 しかし、それでも大統領は壁を殴り続ける。
 三人がかりで壁から引き剥がし、ようやく大統領は自傷を止めた。

「クズめ! このクズめ!」

 しかし、言葉は止まらない。
 自身に向けた罵倒は止まらない。

「大統領! 大統領! あなたは立派です! クズなどではありません!」

 大臣は本心からそう言った。
 しかし、大統領の心には響かない。

「受けた恩を仇で返す。これのどこがクズでないと言える!? 畜生、畜生!」

 大統領は肩で息をしながら叫び、力を失ったかのように椅子に座り込んだ。

「私の名前は、未来永劫罵られねばならんな」
「そんなことは」
「ある。あるんだ。だからこそ、その未来を作らねばならん」

 大統領の悲壮な決意に、大臣たちは黙り込む。

「私は、もう手段を選ばん。クズはクズらしく、どんな手を使ってでも人々を守る。私のこの魂が消えてなくなるその時まで。それが、恥知らずである私の、唯一できることだ」

 血走った眼で、しかし、そこに揺るぎない信念を込めて。
 大統領は宣言する。

「地獄のそこまでお供します。ダスティン大統領」

 大臣たちが頭を下げる。
 恥知らずの集団は、しかし、固い信念のもと一致団結した。

 そして動き出す。
 ポティマスの提唱する星の再生方法。
 女神サリエル、その膨大なエネルギーをMAエネルギーに変換し、失われた星に戻すという再生法を。
 それはすなわち、サリエルに死んでくれということに他ならない。
 龍を相手に人類を救い続けた相手に対して。
 恥知らずたちは、それでも止まらない。
 止まれない。
 全ては、愚かな人類を救うために。
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