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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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過去編⑳

 人々が重い足取りで瓦礫の山を避けながら歩いていく。
 先頭を進むのは、普段であれば清潔に保たれているだろうスーツを粉塵で汚した男性。
 その後ろに続く人々も彼と同じように薄汚れ、その顔からは生気が抜け落ちている。
 つい前日までは平和に暮らしていた。
 それが、この日唐突に失われたのだ。
 ビルはなぎ倒され、道路は地盤ごとひっくり返され、その破壊を止めるべく奮戦した兵器もスクラップとなり転がっている。
 そんな地獄のような光景でひときわ異彩を放つのが、高層マンションに突き刺さるかのようにして絶命した、龍。

 世界各地でここと同じような光景が見られるようになっていた。
 突如として人類に牙をむいた龍。
 その脅威的な力を前に、人類ができることは多くなかった。
 MAエネルギーをふんだんに使った、ポティマスの手により開発された兵器でも、龍に対抗することはできなかったのだ。
 それまでのものとは一線を画する性能を誇る兵器でも、龍をわずかな時間足止めするので精いっぱい。
 しかし、そのわずかな時間を稼ぐことによって、サリエルが駆け付けるまで被害を減らすという意味では、その兵器も意味があったと言える。
 その兵器こそ、龍の勘気に触れるものなのだが。

 龍がなぜ、突如人々を襲いだしたのか、人々はその理由を徐々にではあるが、知り始めていた。
 自分たちが使っていたMAエネルギーがどういったものなのか、その真実を。
 他ならない、虐殺者である龍の口から聞いて。
 初めはMAエネルギーを推進した国の上層部がその事実を隠蔽しようとした。
 しかし、通信網が発達した世界で、その口止めが長く続くはずもない。
 徐々にその事実は拡散されていく。

 それでも、人々がMAエネルギーを手放すことはできない。
 他ならない龍の脅威から身を守るために。
 龍の力の前に、人々ができることは少ない。
 しかし、少ないであって0ではない。
 皮肉にも、その少ない手段のためには、MAエネルギーを使わざるをえなかった。
 そして、待つ。
 サリエルという救いを。

 MAエネルギーの事実と共に、サリエルの存在が人類を助けてくれるという話もまた、人々の知ることとなっていた。
 龍に対抗できるのはサリエルだけ。
 そして、サリエルが駆け付けてくれるまでの時間を稼ぐのが、人々にできる抵抗だった。

 それでも、被害は大きい。
 いくつもの都市が壊滅し、多くの人々が死に、生き残った人々も家を失った。
 彼らは思い知った。
 龍という、あまりにも理不尽な力の権化、その無慈悲さを。
 人では到底抵抗できない、絶望を。

 その絶望に抗う存在が二つ。
 一つはサリエル。
 龍に対抗できる唯一の存在であり、人類の救世主。
 そしてもう一つ、ポティマス・ハァイフェナス。
 MAエネルギーの発見者にして、この現状を作り出した元凶。
 それゆえに、この事態を想定し、あらかじめ龍に対抗するための準備を進めていた。

 ポティマスはMAエネルギーがどういったものなのか、もちろんのこと承知していた。
 それを使えばどうなるのかも含めて。
 そして、龍やサリエルが制裁に乗り出すこともありえると予測していた。
 そうなった時のために、ポティマスは兵器の開発を進めていた。
 もともとの目的である不老不死研究の合間に、各国に兵器の設計図をばら撒く。
 そうすれば、後は各国が勝手に兵器を作ってくれる。
 MAエネルギーという尽きないエネルギーを手に入れた各国は、競うように兵器の作成に着手していた。
 他国よりも一歩抜きんでるために。
 ポティマスは国際指名手配を受けているが、その頭脳から得られる知識には価値があった。
 だからこそ、各国は秘密裏にポティマスを支援し、見返りにその知識の一部を提供してもらっていた。
 ポティマスの手のひらの上で踊っているとも知らずに。

 そして作り上げられた対神防衛網。
 ポティマスに誤算があったとすれば、龍が動き出すのが思いのほか早かったことと、龍の戦力を過小評価していたこと。
 ポティマスは自身の設計した兵器が、龍に勝てないにしても、善戦はできるだろうと踏んでいた。
 しかし、蓋を開けてみれば善戦どころか時間稼ぎが精いっぱい。
 それも、サリエルという救援があればこそ意味がある。
 もし、サリエルが人類に味方していなければ、蹂躙されるだけの結果に終わっていた。

 このままではいずれ龍に殺されてしまう。
 その危機感に、ポティマスはそれまで以上に研究に力を入れた。
 それまでの決して手を抜いていたわけではない。
 しかし、迫りくる死の恐怖が、ポティマスの中にあったわずかな常識の枷を外し、より凄惨な実験へと過激さを増していった。
 そしてたどり着く。
 たどり着いてしまった。
 生物を、MAエネルギーへと変換する、外法に。
 そして、そこから抽出されたMAエネルギーを使った進化実験で、ポティマスは自らを進化させた。
 それまでの進化とは異なる方法。
 寿命の長さに焦点を合わせた進化方法によって、ポティマスはそれまでの進化で伸びるものよりもはるかに長い寿命を手にすることに成功する。
 のちの世で、エルフと呼ばれる種族へと進化した。

 しかし、寿命が延びようとも、迫りくる龍の脅威はいまだ健在。
 サリエルが龍のうちの何体かを屠ろうとも、龍を全て殺しきるよりも前に人類が滅びる。
 複数いる龍に対して、サリエルはたった一人なのだから。
 その計算を終えた時、ポティマスは抗うのではなく逃げ出すことを選択した。
 宇宙への退避。
 そのための準備を着々と進める。

 しかし、幸か不幸か、ポティマスが宇宙へと飛び立つことはなかった。
 その前に、龍がいなくなったのだ。
 星のMAエネルギーを、根こそぎ略奪して。
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