挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

505/521

過去編⑱

「あそぼー!」

 アリエルともう一人、緑色の肌の男の子が木陰で一緒に本を読んでいると、元気のいい女の子が突撃してきた。
 孤児院の中でも最年少の、耳が少し尖った女の子だ。
 その後ろから、彼女を追ってきたのか、孤児院でも最年長の男の子が走ってくる。
 アリエルは女の子に飛びつかれて地面にしたたかに背中を打ち付けることになった緑肌の少年よりも、走ってくる少年のほうが見ていてハラハラさせられた。
 その理由は、少年の目を見ればわかる。
 少年の目は暗く濁っており、瞳の焦点があっていなかった。
 少年はポティマスの人体実験により、視力を完全に失っていた。

「こらナタリー! そんなに勢いよく走ったら危ないじゃないか!」

 盲目の少年が、耳の尖った少女ナタリーを緑色の少年から引き剥がす。

「クラも走ったら危ないよ?」

 自分のことを棚に上げている盲目の少年クラに、アリエルがやんわりと注意を促す。

「俺は大丈夫だよ。目が見えなくても見えるものがある」

 アリエルにはクラの言っている言葉の意味がよくわからなかったが、クラは確かに目が見えていないはずなのに、まるで見えているかのように行動することが多い。

「それでも気を付けてね」
「ああ。けど、俺よりもこいつだ」

 クラはナタリーの首根っこを掴み、無理矢理立たせると、その頭に拳骨を落とした。

「いったーい!」
「痛くしたんだから当たり前だ。ほら、ゴブに謝って」
「うー!」
「うなるんじゃない。悪いことをしたら謝る。サリエルさんに教わっただろ? ナタリーが俺の殴られて痛かったように、ゴブだってナタリーに急に飛びつかれて痛かったんだ。わかるか?」
「うー」
「い、いいよ。そんな、謝らなくても。ちょっとびっくりしただけで、そんな、痛くなかったから」

 叱られるナタリーの姿を見かねて、被害者である緑色の肌の少年ゴブが擁護する。
 その助け舟にパッと顔を輝かせるナタリーだが、クラは許さなかった。

「駄目だ。ナタリーがちゃんと謝るまで許さん」

 絶対に譲らないというクラの気迫に押され、ナタリーがしぶしぶ「ごめんなさい」と口にする。
 しかし、クラは容赦がなかった。

「俺のほうを向いて言うんじゃないだろ? 謝るのならゴブに対してだ。それに、そんな心のこもってない謝りかたじゃ駄目だ。ほら、もう一度ごめんなさいして」

 クラに促されて、ナタリーがゴブに向き直る。

「ごめんなさい」
「い、いいよ」

 しおらしく謝るナタリーをすぐさま許すゴブ。
 その姿を見て、クラが微笑んだ。

「よくできました。俺も殴ってごめんな」

 クラがナタリーの頭を撫でる。
 そこはちょうどクラが拳骨を落としたところだ。

「いいよ!」

 さっきまでのしおらしい態度が嘘のように、ナタリーがパッと顔をほころばせる。

「ゴブゴブあっち行こう!」

 そして、ゴブの手を引っ張って連れ出してしまった。
 去り際、ゴブはアリエルのことを気にするように振り返ったが、アリエルは仕草で「付き合ってやれ」と示した。
 元気よく走り去っていくナタリーとゴブを、アリエルとクラが見送る。

「危ないから走るな!」

 クラが叫んだ直後、ナタリーがゴブを巻き込みながら転んだ。

「ああ、言わんこっちゃない」
「助けに行かなくていいの?」
「ゴブがいるから大丈夫だよ」

 そう言うが、アリエルにはあまり大丈夫そうには見えなかった。
 転んで泣き出してしまったナタリーと、それを見てオロオロしているゴブ。
 しかし、それもまたいつもの光景だと思えば、大丈夫ではないけれど大丈夫なのかもしれない。
 それを証明するかのように、泣き叫ぶナタリーをゴブが必死に慰め始める。
 アリエルとクラが見守る中、ゴブがたどたどしくナタリーを宥め、泣き止ませることに成功。
 そのまま、今度は走らずに、他の子供たちが遊んでいる輪の中に入っていった。

「クラはいかなくていいの?」
「俺はもう遊び回る歳じゃないのさ」

 そう言って肩をすくめるクラだが、世間一般から見れば十分子供だ。
 孤児院の中では最年長だが、遊びたい盛りの子供には違いない。
 アリエルは自分を気づかってクラがそばにいるのだと、察した。

 アリエルは孤児院の中で、特に体が弱い。
 ベッドの上から起き上がれない頃に比べればだいぶ改善され、多少ならば歩き回ることもできるようになったものの、走り回ることなどできない。
 こうして木陰で本を読むのがせいぜいだ。
 だからこそ、アリエルは常に孤児院の職員か、サリエルがそばにいて見守られていることが多い。
 そのサリエルは、現在少年少女に囲まれて、もみくちゃにされていた。
 クラは手が離せないサリエルの代わりというわけだ。

「ありがとう」
「何のお礼?」
「駄目なことをしたら謝らなきゃいけないのと同じで、感謝の気持ちも言葉にして伝えなきゃいけないでしょ?」

 とぼけるクラに、アリエルは何がとは答えずに、教わったことを口にする。

「さっきのクラ、ちょっとサリエル様に似てた」

 アリエルの言葉に、クラが恥ずかしがるように頭をかいた。
 アリエルは知らないことだが、ナタリーを叱った時の言葉はサリエルからの受け売りだったからだ。

 表情の変化が乏しいサリエルだが、孤児院の子供たちには人気がある。
 親のいない子供たちの親代わりとなり、親身に世話をしてくれるのだからそれも当然のこと。
 そのサリエルの温もりに触れ、アリエルは控えめながら、人らしい感情を取り戻していった。

 実験動物扱いされていた少年少女たちは、狭い箱庭の中で年頃の子供のように笑い、遊び回っていた。









「今、なんとおっしゃいましたか?」

 ギュリエの震える声。
 その問いかけに、相手はつまらないものを見るかのような温度のない瞳で見返した。

「人を淘汰する。そう言った」

 この日、龍種が人類に牙をむいた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ