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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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過去編③

本日二話目
 ギュリエディストディエスは龍の中でもまだ若い。
 それゆえに今回の事件への憤りは強い。
 龍の子供を攫うという暴挙に出た人間に対して、そしてそんな人間に慈悲を与えるかのような及び腰の龍上層部に対して。

 このような狼藉を働いた人間など、国ごと滅ぼしてしまえばいいではないか。

 それがギュリエディストディエスの偽らざる本音だった。
 龍にとって同種以外の生物など等しく下等な存在でしかない。
 生まれたその瞬間から将来神の領域に立つことが確約されている龍にとって、神へと至る前にそのほぼ全てが死んでしまう脆弱な生物など、下等と言わずして何というのかギュリエディストディエスは知らない。
 龍こそが世界を統べる種族であり至高。
 龍に傅き服従するならばいいが、その龍に唾を吐きかけるような行為をする種族など滅びてしかるべきである。
 それを種族ではなく国だけで済ませてやるのだから、自分の判断は慈悲深いのではないか。
 ギュリエディストディエスはそう考えるのだが、上層部が下した判断はそれよりももっと慈悲深い、いっそ手温いとさえ思えるものだった。

「ちっ」

 苛立たし気に舌打ちをする。
 今のギュリエディストディエスは人間に変身している。
 若いとはいえ、すでに神の領域に到達しているギュリエディストディエスにとって、姿形を変えることなど造作もない。
 本来の姿からすればあまりにも小さい人の姿であろうとも、難なく変身することができる。
 人に化けたギュリエディストディエスは、人の作り上げた街の中を歩いていた。
 その目的は攫われた子供の捜索だ。
 人の姿に化け、人に迷惑をかけないよう細心の注意を払って行動せよ。
 破壊活動などもってのほか。
 それが上層部から下された命令だった。

 温い。
 温いにもほどがある対応だ。
 ギュリエディストディエスに力をもってすれば、国一つ潰すのも容易い。
 二度と人間が妙な真似をしようと思わないように、見せしめで国を潰してもいいのではないか。

 既にギュリエディストディエスは攫われた子供の所在を掴んでいる。
 ギュリエディストディエスは空間能力を最も得手とする龍であり、その力を使えば同種の居場所を掴むことなど容易い。
 しかし、それでいながら手出しができないでいた。
 龍の上層部の意向で、できるならば人間の手で解決させなければならないからだ。
 攫われた子供を救出するのは容易い。
 しかし、攫ったのが人間であるのならば、その責任もまた人間に取らせるべき。
 故に、人間の手で攫われた子供を救出させる。
 それが龍の上層部が出した結論だった。
 ギュリエディストディエスは万が一子供に危険が迫った時の保険であり、子供に危機が訪れない限り動いてはならなかった。
 それをギュリエディストディエスは不満に思っている。

 人間の街の空気の悪さもまた、ギュリエディストディエスの気分を悪くさせる。
 車という乗り物が排気ガスを出し、ビルという建物が空を狭くし、道を埋め尽くす人間が我が物顔で闊歩する。
 それらすべてが、ここが人間の街なのだと主張しているかのようで腹立たしいことこの上ない。
 衝動的に全てを吹き飛ばしてしまいたくなってくるのも致し方ないだろう。
 なぜ上層部がこんな生物を野放しにしているのか、理解に苦しむ。

 ギュリエディストディエスの感じていることは、龍にとって不思議な感情ではない。
 龍は総じて自種族こそが至高の存在であり、世界を統べるべきだと本気で考えている。
 それゆえにこうして下等生物たる人間が龍の支配下にあるのではなく、自立して自治を保っているのを内心面白く思っていない龍は多い。
 ただ、ギュリエディストディエスと上層部の違いがあるとすれば、知っているか否かだ。
 龍ですら容易に手出しできない存在がいることを。

 ギュリエディストディエスの肩に、青年がぶつかる。
 若い男女のカップルの男のほうだ。
 青年はギュリエディストディエスにぶつかったことに気づかず、恋人と笑い合いながら歩き去っていく。

 ギュリエディストディエスは瞬間的に怒りを沸騰させた。
 下等生物が、自分にぶつかっておきながら無視して行った。
 こんな屈辱が許せるはずもなかった。
 ギュリエディストディエスは貯めこんだ苛立ちも相まって、狼藉を働いた青年を殺すべく行動する。
 その脳天に拳を叩きつけるだけで、脆弱な人間など殺すことができる。
 一瞬後には青年が頭から粉々になる光景が展開される、はずだった。

「警告します。原生生物への物理的干渉は許可できません」

 ギュリエディストディエスの手を、そっと掴む手があった。
 軽く添えられているだけのように見えるその手に、ギュリエディストディエスの動きは完全に止められていた。
 ギョッとして後ろに下がろうとしても、体が動いてくれない。

「なんだ!?」

 その言葉は動揺から出た、本人ですら意味を理解しきれていないものだった。

「原生生物への龍種の敵対的行動を感知しました。実行する場合は当該使命に抵触。排除に移ります」

 意味のないギュリエディストディエスの疑問符に、その手を掴んだ人物は事実確認をするかのように、淡々と告げる。
 まるで感情の感じられない、ガラス玉のような瞳を向けながら。
 まるでゴミを見る目と変わらぬ視線のように。

 ギュリエディストディエスは知らなかった。
 世界には、龍と対等以上の存在がいることを。
 ギュリエディストディエスはこの日出会った。
 対神戦闘種族天使、上位熾天使級個体、はぐれ天使サリエル。
 女神と呼ばれる、神殺しの殺戮兵器と。
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