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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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エルフの里攻防戦⑥

ポティマス視点
 モニター越しに這いつくばるアリエルの姿を眺める。
 長い、本当に長い付き合いだった。
 私の長い人生の中で、ギュリエディストディエスやダスティンと並んで最も長い付き合いのある相手だ。
 が、そんな長い付き合いでも、終わる時は呆気ないものだ。

 アリエルは自分がなぜ倒れているのかもわかっていないはずだ。
 それどころか、もうすでに意識を失っているやもな。
 だとすれば、眠るように死ねるのだからある意味理想的な死に方かもしれん。
 先に宣言していたように苦しまずに殺してやれる。
 それが長年の怨敵に対する私なりの敬意の表し方。
 ふ、いかんな。
 私としたことが、いつになく感傷的になっている。
 それだけアリエルの存在は私の中で大きかったということか。

 わからないものだ。
 最初は取るに足りない失敗作だと思っていた存在が、まさかこの私と敵対するまでに成長するのだからな。
 そう考えれば、今までに不用品として切り捨ててきたものの中にも、もしかしたら後々化ける逸材が混じっていたかもしれん。
 尤も、それは奇跡のたまものであり、数あるゴミの中から砂金を探し当てるような行為に他ならない。
 そんな時間があるならば、別の場所から金鉱を掘り当てる方がよほど建設的だ。
 アリエルはゴミが金塊に化けた奇跡の産物であり、唯一無二の存在。
 だからこそ愛おしくもあり、また鬱陶しくもある。

 何か一つ、そう、何か一つでも違っていれば、あれは私の手元にいたかもしれないのだ。
 女神などという下らぬ存在を信奉することもなく、私の右腕として辣腕をふるっていたかもしれない。
 それであれば失敗作だの小娘だのと言わず、本物の娘のように扱ってやったものを。
 そう思うと無性に腹立たしくなる。
 仮定の話をしても無意味であると理解していて、なおそう感じてしまうくらいには惜しいことをしたと思っている。
 だが、現実には私たちは敵対関係にあり、奴はこうして這いつくばっている。

 アリエルが倒れている理由は、毒による昏睡だ。
 システムの似非毒物などではない、化学的な毒物。
 システム由来の毒であればシステムの耐性によって相殺できる。
 が、それはあくまでもシステムが生み出した毒限定の効果であり、本物の毒に対する耐性を高めているわけではない。
 酷いマッチポンプもあったものだ。
 毒と称して魔術攻撃を仕掛け、それを毒耐性と称して耐えさせる。
 そうしてスキルというエネルギーを生み出させているのだから。

 アリエルは長年システムの中で生きてきた。
 それゆえに、毒は自分には効かないと思い込んでいる。
 自然由来の毒はシステムによって消され、残っているのはシステムが生み出した似非毒物のみ。
 そう思い込むのも不思議ではない。
 まったく、システムというものは理不尽この上ない。
 自然の法則をことごとく捻じ曲げ、世界のありようを変質させ、その上でこの世界に生きる生物にエネルギーの供給を強要してくるのだから。
 何度も何度も、システムに消されない毒物を完成させようとして、結局私はそれを成し遂げることはできなかった。
 それが、私がシステムに敗北したかのようで気に食わなかったのも懐かしい思い出だ。

 そんな理不尽を体現するかのようなシステムだが、穴がないわけでもない。
 アリエルが毒に侵され、昏倒しているのがその証拠。
 アリエルを死の淵に追いやっている毒物の名は、二酸化炭素。

 考えてみれば当たり前だが、毒物と一言で言ってもその種類は膨大。
 中には毒でありながら、この世になくてはならないものもある。
 その最たる例が二酸化炭素。
 人間に限らず、生物の大半は酸素を吸収し、二酸化炭素を吐き出す。
 そして、二酸化炭素は植物に吸収され、酸素となって吐き出される。
 このサイクルはいかなシステムと言えど覆すことはできない。
 ゆえに、この世から二酸化炭素が消え去ることもまたない。
 濃度が高くなれば立派な毒物となる二酸化炭素が。

 あとは簡単だ。
 密室空間に二酸化炭素を大量にばら撒けばいい。
 二酸化炭素の濃度が高くなれば、呼吸不全に陥り、意識の混濁を引き起こしてやがて死に至る。
 システムの恩恵で理外の力を振るえるようになろうとも、その身はれっきとした生物。
 生物である以上、理から逃れることはできない。

 システムやそれに類する神の力はその理を無視しているように見えるが、実際には完全に理から外れているわけではない。
 理を外れているように見えて、その実一定のルールは存在している。
 なんでもできるように見えるが、それはエネルギーを大量に消費しての等価交換による奇跡の体現であり、それを実行に移すだけのエネルギーが足りなければ実現は不可能。
 また、エネルギーがあっても実行するためのプロセスが理解できていなければならない。

 魔術とは、無から有を生み出す技ではない。
 仮説でしかないが、私がエネルギーと呼ぶものはおそらく原子の前段階なのではないかと思っている。
 物質でも個体、液体、気体と状態変化をするが、ならば原子の、ひいては物質の前段階が存在しても不思議ではない。
 それこそがエネルギー。
 魔術とはそのエネルギーを扱う技であり、干渉することによって、エネルギーを物質に変換している。
 であれば、エネルギーを酸素に変換することも、逆に二酸化炭素をエネルギーに還元することも理論上は可能。

 だから、アリエルがグローリアの攻撃をすんでのところで避け、二酸化炭素に侵されたはずの体を起き上がらせても、何ら不思議ではない。

 なるほど。
 どうやら奴はちゃんとこの状況を打破するためのプロセスを知っていたらしい。
 エネルギーがあろうとも、それを扱うだけの知識がなければ魔術という奇跡は起こせない。
 アリエルの内在エネルギーであれば、二酸化炭素中毒を自身で治療し、そのまま戦い続けることも不可能ではないはずだ。
 知っていれば。
 そして、アリエルは知っていた。
 だからこそ、立つことができた。

 まったくもって、実に惜しい。
 それだけの力がありながら、それだけの知識がありながら、それを叩き潰さなければならないのが、な。

 立ち上がったことは褒めよう。
 しかし、魔術妨害結界が消えたわけでも、室内の二酸化炭素濃度が下がったわけでもない。
 アリエルはその環境の中で、グローリアと戦わねばならない。
 魔術が起こす奇跡はエネルギーあってのもの。
 エネルギーが足りなければそれが実行されることはない。
 だとすれば、アリエルはいつまでもつかな?
 魔術妨害結界に対抗するために体内で身体強化を行使し、二酸化炭素中毒を常に治療し続け、その上でグローリアと戦って。

 これが、私が対ギュリエディストディエスを想定して導き出した答え。
 神とは、エネルギーの量が桁外れな生物のこと。
 そして生物である以上、理から逃れることはできない。
 たとえ膨大な量のエネルギーをその身に宿していてもだ。
 奇跡のような技を行使しようとも、それがエネルギーに裏打ちされているのであれば、そのエネルギーを消費させてしまえばいい。
 そのための舞台。
 そのためのグローリアタイプΩ。
 グローリアタイプΩは、持久戦特化。
 一日中だろうと、一週間だろうと、一か月であろうと戦い続けることが可能な、破壊不可能機体。
 外を片付けたら、ずっと付き合ってやろう。
 アリエル、お前が死ぬまでな。
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