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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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人魔大戦 ブロウの場合

 俺は生まれた時から兄貴の背中を見てきた。
 戦争戦争戦争で、ボロボロになった魔族を立て直すために奔走する兄貴の姿を。
 魔王はいない。
 本来魔族を取りまとめるべき魔王不在の中、兄貴はその代わりを務め続けた。
 俺が知る中で、誰よりも魔族のために働いてきたのは兄貴だ。
 その兄貴を、魔王ではないからといってこき下ろす無能どもの姿も。

 兄貴は魔王ではない。
 だから、従わない魔族も多かった。
 あのクソみたいな状況の時に、クソみたいな野郎が兄貴に楯突く。
 馬鹿か?
 馬鹿な俺でも、当時の魔族が内乱なんざしてる余裕はねえってわかるのに、なぜそれがわからねえ?

 魔族は荒れに荒れ、民は食うのすら困る有様。
 兄貴はそれを、歯を食いしばって支えた。
 そしてようやく、下々の連中に飢えさせないで済むくらいに回復した。

 した時に、あいつは現れやがった。
 魔王を名乗る女。
 見た目はガキで、中身もガキだ。
 なのに、兄貴はそんな奴に頭を垂れる。

 目の前が真っ赤になるとはこういうことなんだなと、怒り狂う感情とは別の、冷静な部分が言った。
 今まで、魔族を支え、その道標になってきたのは兄貴だ。
 その兄貴が築いてきたものを、あの女は魔王だからという、ただそれだけの理由で奪い去っていく。
 あまつさえ、兄貴が必死になって立て直した魔族を集め、人族に攻め込むとほざく。
 ようやく、ようやく魔族に安寧の一時が訪れようとしていた時にだ。

 やっと掴みかけた平和。
 それをむざむざ無に帰す魔王。
 そんな魔王に従う兄貴。
 納得ができなかった。
 できるわけがない。

 魔王を名乗る小娘も、同時に現れた居候の白い女も、二人とも何もしていない。
 そのくせ、大事な食料を貪る。
 ただいるだけでも害にしかならず、その上俺たち魔族に死ねとでも言うかのような命令を下す。
 なぜ、兄貴があんな女の命令に唯々諾々と従っているのか、初めはわからないかった。

「ブロウ。何度も言うがあの方は我らでは到底及びもつかない力を持っている。逆らえば魔族は終わりだ。どんなに理不尽な命令でも、従わざるを得ないんだ。それを理解してくれ」

 何度も何度も、兄貴はそう言って俺を説得した。
 わかってるさ。
 他ならない兄貴が、なんの理由もなく、誰かに従うなんてするわけがねえってな。

 けどな、力があるからって何でもかんでも許されるわけがねえだろ?
 俺たち魔族が一体何をしたって言うんだ?
 遠い先祖が何かやらかして、魔族と人族は常に殺し合わなければならないとは知っている。
 だが、今を生きる俺たちには関係のない話だろうが。
 先祖の起こしたことがなんなのか、それは知らねえが、子孫の俺達までその咎を負う必要がどこにある?
 ましてや、今はただでさえ魔族が生きるか死ぬかって瀬戸際なのに、ここで人族と戦争なんておっぱじめた暁には、魔族は滅びるしかねえ。
 それを魔王はわかっていない。

 いや、わかっててもやるのかもしれない。
 兄貴はそれを覚悟して、少しでも傷を少なくするために奔走しているのやも。
 俺だって馬鹿じゃねえ。
 魔王があの小さな見た目に反して、とんでもない化物だっていうことはなんとなくわかる。
 それでも、魔族を破滅に導くような輩を、魔王だと崇めることなんざできっこない。

 もう、ここまで来たら魔族には勝利するより他、生き残る術がない。
 なるべく被害を抑え、人族に勝利する。
 そのためには、何か人族を絶望に叩き落とす、大打撃を与えなければならないだろう。
 それに打って付けの相手が、いる。

「白。手は出すな」

 俺は横にいる白に声をかける。
 こいつは魔王の関係者。
 だが、こいつがもたらしてくれた情報のおかげで、俺も兄貴もだいぶ助けられた。
 大食らいなのは少しくらい目をつぶってもいいだけの対価をもらった。

 白自身とその指揮する第十軍は、おそらく諜報と暗殺に特化した集団だろう。
 白自身は転移魔法によって神出鬼没。
 諜報も暗殺もそれによってなしてきたに違いない。
 だが、転移魔法は取得するのに大量のスキルポイントが必要だ。
 その分、他のスキルを犠牲にせざるを得ない。
 おそらく、こいつの戦闘能力は低い。
 転移を使った奇襲以外では、他の軍団長よりも劣るだろう。
 勇者の相手ができるとは思えねえ。

 俺はこれから、勇者に挑む。
 伝令の報告で、勇者がその仲間と共に兵を蹴散らして進んできているのはわかっている。

 勇者は俺のこの手で倒さなければならない。
 勇者を倒した実績、これを持ってあの魔王に対するカードの一つにする。
 このまま何もせず、あの魔王の言うなりになっていれば、いずれ魔族は滅びる。
 それに少しでも楔を打ち込む。

 勇者に勝てるかどうかは、正直厳しい。
 だが、引くわけにはいかねえ。
 俺の功績に、魔族の、いや、兄貴のこれからがかかってるんだ。

「勇者だな?」

 人族語で語りかける。
 現れたのは、こんな戦場でも高貴さを感じさせる青年。

「わざわざ人族語で尋ねてくるなんてね。そうだ。僕が勇者。勇者ユリウス・ザガン・アナレイトだ」

 俺が人族語を話せるのが意外なのか、それともわざわざ人族語を使ったのが意外なのか、勇者は少し驚いたような表情を見せたあと、名乗りを上げた。
 優しげな風貌だが、その目には確かな強い意志が感じられる。
 間違いなく、勇者の風格。
 頷き、剣を構える。

「俺は魔族軍第七軍団長ブロウ。勇者よ。いざ尋常に勝負!」
「受けてたとう」

 勇者の了承を得て、一騎打ちが始まる。
 先手必勝。
 俺は勇者に斬りかかった。
 だが、あっさりとそれは受け止められ、逆に力負けして押し返される。
 チッ!
 純粋な物理攻撃力のステータスは向こうの方が上か。

 体勢を崩した俺に、勇者の追撃が迫る。
 力で負けてるのに剣を合わせるのは、悪手。
 打ち合いは避け、攻撃を躱す。
 すると、勇者の剣にまとわりついていた光が離れ、俺に襲いかかってきた。
 咄嗟に剣を盾にしてガードする。

 やべえ。
 今のはおそらく魔法系のスキル。
 そして、今の威力で、勇者がどっちかといえば魔法の方が得意なのがわかっちまった。
 物理も魔法も、俺よりも上。
 それでも、負けるわけにはいかねえ。

 俺のそんな決意を嘲笑うかのように、勇者が光の玉を複数展開する。
 嘘だろ、おい。
 その光の玉の一つ一つが、膨大な力を宿しているのがわかる。
 それらが、一斉に俺に襲いかかってきた。

 避ければ、俺の背後にいる連中を巻き込むことになる。
 俺の後ろには、白が。

 避けるという選択肢は捨てた。
 向かい来る光の玉を、剣で受け止める。
 瞬間、視界が揺れた。
 何が起きたのかもわからず、全身に痛みが走るのだけを理解する。
 それが何度となく続く。

 一瞬だけ意識が飛んだ。
 気づいた瞬間、俺は地面にうつ伏せで倒れていた。
 体はボロボロ。
 だが、だが!

「まだ、だ」

 傷の回復をしながら、立ち上がる。
 ここで引くわけにはいかねえ。
 俺が倒れたら、誰が兄貴を支える?
 俺が倒れたら、次に勇者の相手をするのは誰になる?
 倒れるわけにはいかねえ。

「無理はしないほうがいい。実力の差はわかったはずだ」
「まだ負けたわけじゃねえ! このままおめおめ負けて帰ったら、兄貴に合わせる顔がねえ!」

 言われなくても、実力の差なんざわかりきってるんだよ!

「兄弟が居るなら尚更ここで死ぬわけにもいかないんじゃないかい? 軍を引け。深追いはしない」
「引くわけにはいかないんだよ!」

 負けるわけには、引くわけにはいかないんだよ!
 勇者に向かっていく。
 勇者の魔法が、剣が、俺をことごとく吹き飛ばす。
 それでも愚直なまでに何度も立ち上がり、向かっていく。
 何度も何度も。

 ここで引くわけにはいかねえ。
 いかねえんだ!

「終わりだ」
「まだ、お、わ、れ」
「終わりだよ。忠告はした。そして君はそれを無視して、敗北した」

 忠、告?
 そ、んな、もん、聞け、る、わけ、ね、え、だ、ろ。

「ちく、しょ、う。あ、に」

 兄貴……。
 白……。
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