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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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第二回非公式会談①

教皇視点
「やあ」

 出鼻をくじかれた。
 それも盛大に。

 気安く片手を上げて挨拶をしてきた方に、私は頭を下げることしかできなかった。
 今のこの表情を見せるわけにはいかない。
 たとえ、私が魔族の長に頭を下げたという事実を部下に見られようとだ。
 一瞬でも、恐怖の表情を浮かべてしまったこの顔を見せるよりかは、幾分ましであろう。

「お久しぶりです。それとも、初めましてと言うべきでしょうか」

 表情を取り繕い、顔を上げてから挨拶を交わす。
 目の前の少女の姿をした化物は、最初と変わらぬ笑みを浮かべている。
 こちらの恐怖に気付かなかったのか、それとも気付いていながら見て見ぬふりをしてくれているのか。
 後者であろうな。

「どっちでもいいんじゃない? とりあえず、ちゃっちゃと始めちゃおうよ」

 記憶にあるよりも随分と呑気な対応に、戸惑いを覚える。
 昔のこの方は貼り付けた微笑みの下に、隠しきれない怒りを孕んでいた。
 が、今のこの方からは感じられるのは、随分と丸みを帯びた感情。
 それでも、それは表面上のことで、心の奥深くには今だに煮えたぎるこの世界への憎悪があるはずだ。
 長く生きてきただけに、言動や仕草を変えることなど造作もないのだろう。
 なにせ、この方は私と違い、システム稼働以前より死することなく生き続ける最古の幻獣なのだから。

 最古の幻獣、原初の蜘蛛アリエル様。
 システムが稼働するその前から生き続ける、管理者を除けばこの世界で最も強き存在。
 長い間大きな動きを見せてこなかったその方が、まさか魔王となっているとは思いもしなかった。

 してやられたという気持ちになる。
 少し考えれば迷宮の悪夢である白様と、この方に繋がりがあるだろうことは見抜けそうなものを。
 私はこの瞬間までその認識はすっぽりと抜け落ちていた。

 それというのも、迷宮の悪夢とアリエル様は敵対関係にあるという認識があったからだろう。
 こちらで確認できるアリエル様の最後の動きは、サリエーラ国ケレン領の中心都市の近くに巣を作った迷宮の悪夢を襲撃したこと。
 そこから、どういったわけか自身の眷属でもあるはずの蜘蛛の魔物である迷宮の悪夢と敵対しているらしいと推測したのが、我々が知るアリエル様の最後の行動だ。
 それからというもの、アリエル様の行方は知れず、また歴史の舞台から降りたのだと思い込んでいた。
 己の浅はかさを呪うばかりだ。
 アリエル様が姿を隠された時期と、迷宮の悪夢が消えた時期は全く同じとは言い難いが、近いものがある。
 その間に、敵対していた両者が和解していたとしても不思議ではない。

 思い起こせば辻褄が合うことが多い。
 迷宮の悪夢とアリエル様の関係性。
 先代の頃とは打って変わって軍拡を推し進めている新魔王。
 そしてなによりも、黒龍様が「容赦がない」と忠告するほどの存在。
 点と点が結びつき、線となる。
 見えていなかったものが、一気に見渡せるかのようだ。

「へいへーい? 現世に帰っておいでー?」

 アリエル様が手を打ち鳴らしながら語りかけてくる。
 実時間にすれば私の思考時間は短かったはずだが、アリエル様には私が沈思黙考していたことがわかっているのだろう。

「失礼いたしました。この悪癖だけは何度生まれ変わっても治らないものです」
「考えすぎはいかんと思うよ。もう少し頭空っぽにして気楽に行こうや?」
「そうできればそうしたいものです」

 机に頬杖をついて座るアリエル様の対面に腰を下ろす。
 そのアリエル様の無作法に眉をしかめる者もいたが、私が最初に頭を下げたのが効いているのだろう、誰も何も言わない。
 前回の白様との会談で、どちらが上に立っているのか、他の幹部もわかったのだろう。
 その白様はアリエル様の隣に腰掛けている。
 中央をアリエル様に譲ったことから、此度の会談はアリエル様が中心になって進めるつもりなのだろう。

「じゃあ、始めよっか。ていっても、私今日何話し合うのか聞いてないんだけど。エルフを共同で倒すってことで概ね同意したってホント?」

 アリエル様が白様と私を交互に見ながら問いかけてくる。
 それに白様は無言で頷いたので、私もそれに倣って首肯した。

「左様です。エルフ打倒は我らの悲願の一つ。それが達成できるのであれば、協力はおしみません」

 エルフ、というよりも、その首魁たるポティマスを打倒することが、ひいては世界のためと言える。
 奴を亡きものにできるのであれば、本来は人族の敵である魔族と手を組むのも苦にはならない。

「うんうん。じゃあ、エルフに関してはそんな感じで。ぶっちゃけまだ準備が整わないし。状況が揃い次第行動開始って感じかな。それで大丈夫?」
「はい」

 こちらもいきなり行動すると言われてもすぐには動けない。
 アリエル様の提案は渡りに船だった。

「じゃあ、それで。で、今度魔族使って大規模な戦仕掛けるんだけど、それに関して神言教はどう動くつもり?」

 軽く世間話をするかのように魔族の今後の動向を暴露し、我らの動きを聞いてくるアリエル様。

「残念ですが、そちらは協力の範囲外です。お教えするわけには参りません」

 あくまで協力するのはエルフ打倒に関してのみ。
 魔族が攻めて来ることに関してはその範囲外となる。
 であれば、むざむざと情報を渡すわけにはいかない。
 それは向こうもわかっているだろう。
 なにせ、白様が事前に魔族の動向をこちらに教えているくらいなのだから。
 そこには、おそらく人族側にも戦の準備をさせ、双方の死者を増やそうという魂胆が見える。
 であるならば、人族側にも本気で戦うことを望まれるはず。
 ここで情報を開示することを拒んでも、それは神言教もまた戦に全力で挑むという意思表示をしたことになり、アリエル様方の意向には沿うはずだ。
 協定が切れることにはなるまい。

「あ、そう」

 こちらの考え通り、アリエル様は機嫌を害された様子もなくあっさりと頷いてみせた。

「うーん。じゃあ、まあ、こっちもそんな情報明け渡すこともないか。一応言っておくと、私とか白ちゃんが直接暴れまわるようなことはしないから安心しておいて。あくまで魔族と人族を殺し合わせる方向で進めるから。そっちがなるべく戦力温存したいって言うんだったらムリして参戦しなくてもいいよ。その分人族のダメージがでかくなるだろうけど」

 情報を明け渡さないと言いつつ、アリエル様は貴重なことをおっしゃってくださった。
 アリエル様や白様が直接参戦されないというのは大きな情報だ。
 お二方が参戦すれば、人族が蹂躙されるのは必然。
 だが、そうでないのであれば、戦いようはある。

「ああ、ちょっといいですか? その戦い、僕は魔族側として参戦するつもりなので、よろしくお願いします」

 しかし、私の希望を打ち砕くかのように、ラース殿が発言した。
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