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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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血33 前世と今世

 よりにもよってこいつは何を言ってるの?
 もう少し食べたらどうだぁ?
 ついこの前、同じ口で人の食事のこと散々否定しておいて。
 ふざけてる。

 いえ、わかってるわよ。
 こいつはなんにもわかってないって。
 吸血鬼にとって、食事とはすなわち血を摂取することなんだってことを、理解してないっていうのは。

 けどね。
 最低とまで言ったその口で、わかってないとは言え私に食事をもっと取れとかよく言えたもんねって、そう思っても仕方ないと思わない?

 無言で睨みつけると、ラースは若干慌てたような顔をした。
 けど、私がなんで苛立っているのか、それはわかってないでしょうね。

「もっと食べろって? それって、私に血を吸えって言ってるの? この前は最低だなんだと言っておいて?」

 ラースの間抜けな顔を見ていたら、思わず心の中の言葉がそのまま飛び出てた。
 それを聞いたラースが、あからさまにうろたえたもんだから、少しは気が晴れたわ。

「それとも、そう言うってことは、あなたが血を提供してくれるの? だって、催眠を使うなってことは、相手の同意を得てもらえってことでしょ? そんな酔狂なこと、誰もしてくれないもんねぇ?」

 ここぞとばかりに、嫌味ったらしく言葉をぶつける。
 普段だったら多分、口では勝てない。
 けど、墓穴を掘ってくれた今なら、この前言いたい放題言われた恨みを晴らせる。

「ねえ。あんたさあ、この前私のこと最低だなんだと言いたい放題言ってくれたけど、催眠を使わずに吸血鬼が血を得るのがどんだけ難しいか、わかって言ってた?」

 ラースはだんまり。
 こいつは自分が不利になると黙るタイプらしい。

「確かに、人間の価値観で言ったら私たち吸血鬼は存在そのものが悪なのかもね。じゃあさ、あんたは私に死ねって言うの?」
「そんなつもりは……」
「ないって? そう言ってるようなもんじゃない。催眠は使うな。ていうことは、問答無用で襲うか、バカ正直に血を下さいって交渉するかしかないじゃない。さっきも言ったけど、血をくださいって言ってくれる酔狂な奴がいるとでも思う? いるわけないじゃない。じゃあ襲うしかないわけでしょ? けど、そっちの方がよっぽど悪いと私は思うけど」

 実際は、私は真祖なので、必ずしも血を摂取しなきゃ生きていけないわけじゃない。
 だけど、一度血の味を覚えちゃった今、それ抜きで生活しろと言われても我慢できる自信はない。
 知られちゃうとややこしくなるけど、言わなきゃバレないんだから黙っておく。

「催眠を使えば、襲われた記憶も消せるし、逆にいい気持ちにできる。知ってる? 吸血されるのって気持ちいいらしいわよ。こっちは血を吸えてハッピー。相手は怖い思いをせずに気持ちよくなれてハッピー。両方ハッピーでウインウインの関係じゃない?」

 血を吸われて気持ちよくなるのは本当らしい。
 私は吸う側だから経験したことはないけど、性的な気持ちよさに通じるものがあると、吸った本人から聞いた。
 だからまあ、吸うとなし崩し的にそっち方面の行動に移っちゃうことも多々あるわけ。

 ラースは、私の気持ちいい発言に嫌悪感を顔に表した。
 なにこいつ。
 童貞?

「あんた童貞?」
「ぶっ!?」

 ラースがコントみたいに吹いた。

「な、ななな、何を!?」

 あ、こいつ童貞だわ。
 ふーん。

「吸わせてくれるのなら脱童貞手伝ってあげてもいいわよ?」

 ポロっと出た言葉に、私自身びっくり。
 それ以上にラースはびっくりしすぎて固まってしまったわ。
 そのままお互い無言のまま見つめ合う。

「僕は軽々しくそういうことはしない」

 先に口を開いたのはラース。
 疲れたかのような声音で、お堅いことを口にする。

「あなたって、前世の常識に捕らわれすぎじゃない?」

 これまたポロっと出た言葉が、私にはストンと胸に落ちるかのようだった。
 そうよね。
 前世は前世。
 前世の私は確かに人だったけど、今世では姿は似たようなものだけど、中身は全くの別の生物。
 なら、常識も何も違うに決まってるじゃない。

『お嬢様、今のあなたは、ご自身のことをあなたのご両親に誇れますか?』

 ずっと胸の中にあった、メラゾフィスの言葉。
 その答えが、朧げながら見えた気がした。
 まだ、しっかりとした言葉にはできないけど、そのとっかかりは掴めた気がする。

 私は私。
 私は吸血鬼。
 結局のところ、ラースの言うとおり。
 人の心のままに死を選ぶか、吸血鬼として生きていくか。
 そのどっちかなのよ。
 だったら、私は吸血鬼として生きる道を選ぶ。

 そう思うと、今までやたら悩んでいたのがバカらしくなってきた。
 悪で結構。
 吸血鬼なら、吸血鬼らしく生きて何が悪いのよ?
 人の常識を吸血鬼に当てはめようだなんて、そもそも前提がおかしかったのよ。

「そういう君は、前世のことを捨てすぎなんじゃないのかい? 根岸彰子さん」

 どういうつもりで私の前世の名前をあえて呼んだのか知らない。
 けど、本当にこいつは人の神経を逆なでするのが得意なのね!

「それの何が悪いの? 私から見れば、人外のくせに人であろうと足掻くあんたの方がよっぽど歪んで見えるけど? 笹島京也くん」

 お返しとばかりにラースの前世の名前を呼んでみた。
 すると、わかりやすいくらいに顔をしかめる。

 ふーん。
 どうしてラースが前世の名前をそこまで嫌がるのかわからないけど、そんなに嫌がるならこれからはずっと京也くんって呼んでやろうかしら?
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