挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

415/523

鬼16 正義?

「だからこそ、私は積み上げた死体の山が無駄にならぬようにしております」

 耳にこびりついた、教皇の言葉。
 あの老人は、己の確固たる意志に従って、守るべき人類すらその手にかけ続けてきた。
 大を生かすために小を殺す。
 それを、一片の躊躇もなく実行するだけの覚悟と、力がある。

 人殺しはいけないことだ。
 なんで? とか、どうして? とか、そんな疑問は意味がない。
 人を殺してはいけない理由など、理屈で説明することじゃない。
 ならぬものはならぬ。
 ただそれだけのこと。
 理屈なんかじゃない、人が人であるからこそ忌避する行動。

 けれど、じゃあ、そのならぬことをしてでも守りたいものがあるとしたら?
 いけないことだと知りつつも、それ以外に取れる手段がなかったら?

 教皇のしていることは、己の都合のいいように世界のあり方を改変する行為だ。
 けど、それは自身の利益を求めた行動ではなく、純粋に世界を案じてのこと。
 世界のために、己という個を殺し、多くの犠牲を出しながらも、それ以上の数の人族を救う。

 その行動は、正義なんだろうか?
 それとも、悪なんだろうか?

 誰かを救おうという行動は正義だろう。
 誰かを殺すという行動は悪だろう。
 それが両方ともある場合、一体どちらが正解なのだろうか?

 わからない。
 それが正しいことなのか、それとも間違ったことなのか。

 けど、一つだけわかることがある。
 教皇は、たとえ間違っていると面と向かって否定されようと、己の道を変えることはないだろうということ。
 あの穏やかな面持ちでありながら、目の奥に狂気にも似た信念を抱いた老人ならば。
 どんなことがあろうとも、止まることはないと断言できる。
 あの人が止まるとすれば、それは本人が言ったように、世界が救われた時か、それともなければ身も魂も朽ち果てた時だけだろう。

 教皇の進む道が正しいのか、間違っているのか。
 もし、仮に間違っていたのだとしても、それを糧にして再び立ち上がるだろう。
 身も魂も朽ち果てるその時まで。

 恐ろしい。
 行き過ぎたその信念は、ステータスやスキルでは表せない、とてつもない力だ。
 直接戦えば僕が勝つだろう。
 けど、その勝利に意味なんてない。
 彼は死んでも再び立ち上がる。
 何度も、何度でも。
 折れない心ほど、強いものはない。

 僕はどうだろう?
 そういう意味では、僕はとても弱い。
 自分が犯した罪に耐えられず、一時でも死を望むくらいには。
 そのくせ、いざ助かってみれば死にたくなかったのだと、浅ましい想いを抱くくらい、弱い。

 僕のステータスとスキルは、おそらくこの世界でも相当高い。
 上には上がいるということは思い知らされたけれど、それでも平均よりかなり高い。
 その力を持つのは、あまりにも心の弱い僕。
 バランスが悪い。

 僕も、強くならなきゃいけない。
 あの教皇のように、狂気の域に達することはできないし、目指そうとも思わないけれど。
 それでも、僕は僕がこれまで歩んできた過去を背負って、それを無駄にしないために行動しなければならない。
 それが、僕のけじめ。
 心の弱い僕が、僕自身を許すための言い訳。

 ステータスはもう元通りになった。
 もう、この屋敷でうだうだするのも終わりにしよう。
 行動しなければならない。
 僕がこの先、どうあるべきなのか、それを知るためにも。

 白さんに話を聞こう。
 白さんがどこに向かうつもりなのかを。
 そこに至るための方法を。

 それが僕の道と重なるならば、僕は白さんに喜んで協力する。
 もし、違うのなら……。
 そうでないことを祈ろう。

 そう決意したはいいものの、白さんは珍しく食事時になっても戻ってこなかった。
 かわりに、魂の抜けたような状態のソフィアさんが、食事にほとんど手をつけずに座っていた。

 彼女も教皇との対面でいろいろと考えさせられることが多かったんじゃないかと思う。
 その胸中は僕には想像もできないくらい複雑だろう。

 彼女はもともと女神教を信仰する国に生まれ、その故郷を神言教に滅ぼされたと聞く。
 僕にもゴブリンの村を人間に滅ぼされた経験があるから、その気持ちはよくわかる。
 怒りと憎しみに我を忘れそうになるほどの、あの激情。

 僕の場合は自らの手で復讐を果たした。
 けれど、ソフィアさんにはそれができない。
 できなくはないけれど、おそらくはしない。
 あの会談で、教皇の覚悟を知ってしまったから。
 あまりにも潔く、謝罪の言葉を聞かされてしまったから。
 それでもなお、止まらない信念を見せつけられれば、教皇をあの場で殺しても意味がないことなんて、ソフィアさんにもわかっただろう。

 復讐は正義なのか?
 僕にはわからない。
 ただ、果たさなければ前には進めないことだというのも、経験した僕だからこそわかる。

 ソフィアさんは、復讐を果たせずに今まで生きてきた。
 だからこそ、人として踏み外してはいけないラインを、あっさりと踏み越えて非道に走ってしまったんじゃないか?
 心の内に留まっていた復讐の炎が、ソフィアさんの人格を歪めてしまったなじゃないか。
 僕はそう思うようになった。

 そして、いざその復讐相手と相対してみれば、どうやっても復讐を果たすことなんかできないと知る。
 普通ならばその肉体を死に追いやれば満足できるだろう。
 けど、教皇は例外だ。
 殺しても、意味がない。
 彼に復讐を果たすつもりならば、その心を折る必要がある。
 それがどれだけ難しいか、ソフィアさんも感じているだろう。

 ほとんど食事に手をつけないまま、ソフィアさんが席を立つ。

「もう少し食べたらどうだい?」

 思わず声をかけてしまった。
 かけてから、しまった、と思った。
 ソフィアさんの目には、隠しきれない苛立ちが見えていたから。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ