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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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非公式会談 裏

本日三話目
教皇視点
 会議室の後片付けを任せ、私室へと向かう。
 扉を閉め、一人になったのを確認し、私は倒れこむように椅子へ座り込んだ。
 今さらになって足が震えてくる。
 私は盛大な溜息を吐いた。

 何度経験しても、死の恐怖というものは慣れないものだ。
 今回は生き残ることができたが、十日後はどうなることか。

 死ぬのは怖い。
 が、それ以上に、私がいぬ間に世界が滅びたらと、その不安が大きい。
 会談の場では私がいなくても大丈夫だなどと豪語してみせたし、実際私がいなくても神言教は揺るがないだろう。
 それでも、私のいぬ間に何かあったらという不安は拭いきれない。

 震える膝に喝を入れ、立ち上がり、棚にある酒瓶を手に取る。
 普段は自重しているが、今日くらいこの蓋を開けるのは許されるだろう。
 それほどまでに、あの短い会談は私の心身を追い詰めた。

「グラスは二つ用意してくれるか?」

 突如聞こえてきた声に振り向くと、そこには黒龍様が優雅に椅子に座られていた。

「さすがのお前も、あれには相当肝を冷やされたらしい」
「覗き見とは感心しませんな」

 私の苦言をさらりと受け流し、黒龍様は艶然とその笑みを深くした。
 出そうになる溜息を飲み込み、グラスを二つ用意して黒龍様の向かいに腰を下ろす。
 酒を注いだグラスを黒龍様に手渡し、自分のグラスにも同じように注ぐ。

「では、乾杯」

 澄んだグラス同士が軽くぶつかる音が響く。
 傾けたグラスから酒が口に流れ込み、老いた喉に刺激を伝える。
 久しぶりに飲む酒は、どうやら私の老体には少々刺激が強すぎたようだ。

「あれはどうだった?」

 しばし無言で杯を傾け、黒龍様は二杯目を自分で注ぎながらそう聞いてきた。

「わかりません」

 私は正直にそう告げた。
 今回の会談で、私はあの管理者を名乗る白という少女のことを、何も理解することができなかった。
 どういった人物なのか、推し量ることもできず、逆にこちらを試された。
 最後に言われた、「あなたの覚悟、しかと見させていただきました」というその言葉が、何よりもその事実を語っている。
 試す側と試される側。
 それがそのまま力関係として現れているかのようだった。

「だろうな。私にもあれのことはよくわからん」

 黒龍様は上機嫌そうに笑いながら酒を煽った。

「あの方が管理者というのは、真実ですか?」
「それを私が明かすのは不公平な気もするが、まあいいだろう。あれはまごう事なき管理者だ。私以上にシステムの内側にあるくらいのな」

 黒龍様の言葉に納得すると同時に、疲れが増したような気がした。

「その管理者が直々に動くほど、現状は悪いということですか」
「悪いな」

 黒龍様はあっさりとそう告げ、三杯目に手をかける。

「だが、そう悲観したものでもない。あれが成し遂げるか、それとも私が消えるか。結局のところ行き着く先はそのどちらかだ。私はあれの用意したシナリオ通りに動き、何も知らぬふりをしているだけでいい」

 黒龍様は自分が消えると、そんな話をどこか楽しげに語られる。

「よろしいのですか?」
「何がだ?」
「あなたが、次のシステムの人柱になるということです」
「ああ。そのことか」
「ええ。女神様亡き後、あなた様にこの世界に留まる理由はなくなるでしょう。ましてや、女神様の後を引き継ぐことも」
「前にも言ったが、ここまできて見捨てることのほうが、私にはできぬよ。サリエルもそれを望みはしないだろう。それに、サリエルのいない世界など、私には生きる価値がない。ならば、最後にこの命をサリエルが愛したこの世界のために使うのも、悪くはない」

 ところどころ気になることを言いつつも、それを問いただしてもこの方はきっと話してはくれないのだろう。
 この方は誰かに頼るということをしない。
 誰も並び立つものがいなかった。
 そして、誰も信頼できるものがいなかった。
 だからこそ、たった一人。
 私では、この方の隣に立つ資格はない。

 だからこそだろうか。
 黒龍様の機嫌がいつになくいいのは。
 隣に立つに足る存在が現れたから。

「あれは面白い。私があれに影でなんと呼ばれているか知っているか?」
「さて、私には想像もできません」
「ヘタレだと」

 なんとまあ。
 この世界の頂点たる存在に対して、ヘタレとは。
 豪胆なのかなんなのか。
 物静かで清楚な会談の時のイメージとは全く別物のようだ。

「そう言われても仕方がないという自覚はあるさ。私は選択することを拒み続けた。だからこそ、今さら何かを選択する権利などない。私はただ用意されたシナリオ通りに動く。あれがシナリオを完遂するのか、それとも途中で躓き失敗するのか。それを見届けよう。どちらに転んでも私は構わない」

 黒龍様の言葉に、私の思う以上に白様は何か大きなことを成し遂げる気でいることが察せられる。
 そして、私にそれを言うということは、言外に邪魔はするなと、そう告げているのだろう。

「そのシナリオとやらが、人族に仇なすものではないことを祈るばかりです」

 私の返答はこれで決まっている。
 いくら黒龍様に忠告されようと、それが人族のためにならないのであれば、従うことはない。
 私もまた、選択する権利を失っているのだ。
 人族のため以外に動くという、その選択を。

「そうか。馳走になったな」

 気が付くと、酒瓶の中身はなくなっていた。
 私のグラスには一杯目のものが一口飲まれただけで残っている。
 大半は黒龍様に飲まれてしまったようだ。
 その事実に気づいた時には、向かいの席からその姿は消えてなくなていた。
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