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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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非公式会談⑧

鬼くん視点
「待ってください。その言い分では、女神教は神言の神と女神とが同一存在であると知っているということになります。ですが、そうではないのでしょう?」

 正直、口を挟むつもりはなかったけど、思わずそんな疑問が声に出ていた。
 会談の前にソフィアさんに女神教についても少しだけど聞いていた。
 彼女が女神教に触れていたのは赤ん坊の頃のごく短い間だけだったから、詳しい教義なんかはわからない。
 けど、それが女神を崇拝するものであることは、名称からも想像できる。
 神言教と対立しているのだから、神言の神と女神が同一存在だと知らないことも。

 教皇の言葉は、まるでそれが周知されているのが当然であるかのように語られている。
 でなければ、神言の神が代替わりをしても、イコールで女神の死にはならないはずだ。

「それはそうでしょう。我々がこれから周知させていく予定でしたので」

 教皇は僕の問いに、あっさりとそう答えた。
 どういうことだ?

「まあ、いろいろと聞きたいこともあるでしょうが、ひとまず私の話を聞いてください。結論から言いますと、女神様が亡くなられた時に、神言教と女神教の力関係が逆転しないよう、今のうちに女神教の勢力を弱体化、もしくは神言教に取り込んでおかなければならないのです。そのための布石の一つとして、ソフィア嬢の故郷を巻き込んだ戦争があったということです」

 いろいろとすっとばしているけれど、結論はそういうことらしい。

「つまり、自分の地位が失墜するのを恐れてってわけね?」

 ソフィアさんが低い声で教皇に問いかける。

「そう思うのなら、今すぐこの首を差し上げましょう。それをもって遺恨をなくしてもらい、協定にサインをして頂ければ」

 その言葉の意味を、僕は一瞬理解できなかった。
 それはこの場にいるほぼ全員に言えることだろう。
 一拍遅れて神言教の列席者はギョッとした顔をし、ソフィアさんは開いた口がふさがらないようで間抜けな顔を晒している。
 唯一、白さんだけは表情を動かしていない。

「どうなさいました? 抵抗は致しませぬ。どうぞ一思いにやってください」

 教皇の穏やかな声音には、冗談を言っている雰囲気はない。
 本気でこの場で首を差し出してもいいと、そう思っていると感じられる。
 妙な沈黙が場を満たす。

「どういう、つもりよ?」

 ややあって、ソフィアさんがようやくかすれた声を絞り出した。

「どういうつもりもなにも、私はいつでもこの命を差し出す覚悟ができていると、ただそれだけのことです」

 その言葉に反応したのは、ソフィアさんではなく、他の神言教の面々だった。
 口々に「あなたがいなければ困る」「馬鹿な真似はよせ」「首を差し出すならばかわりに私のものを」とうとう、教皇やソフィアさんに向けて言葉を投げかける。
 とうのソフィアさんと教皇は、それらの言葉を聞き流し、互いに見つめ合ったまま動かない。
 教皇のそのブレない視線に、彼の本気が窺えた。

「楽に死ねると思って?」
「どちらでも構わんよ。私にとって死はただの通過点に過ぎない。何度死のうと、何度生まれ変わろうと、何度記憶を失おうと、私が私の道を違えることはない」
「今死んだら、その道を放り捨てることになるんじゃないの?」
「私がいなくとも神言教は回ります。そうなるように周囲を育ててきました。一人の人間が抜けたくらいで揺らぐほど、脆弱な組織にした覚えはないので」

 ソフィアさんが歯噛みする。
 教皇の覚悟は本物だろう。
 協定を結ぶためならば、この場で死ぬことも辞さないつもりだ。
 それは、遠まわしに地位や権力に固執しているわけではないと言っているかのようだ。
 命すら簡単に交渉のカードとして切るような人間が、地位なんて小さなものに固執するわけがない。

「女神様が亡くなられ、黒龍様への代替わりが起きれば、少なからず神言教の権威は失墜するでしょう。その時に、万が一にも女神教の台頭を許すわけにはいかないのです。いつでも叩き潰すことができるからこそ、女神教が存続していても良かったのですが、それが神言教に変わり、人族最大宗派になることだけは避けねばなりません。失われた神に祈りを捧げ、システムのなんたるかを理解していない宗派には」

 教皇が熱のない声で言い募る。

「地位に固執していると、それは否定しませぬ。神言教が倒れれば、それは人族のみならず、世界の破滅の一歩になると私は考えております。私個人がどうなろうが構いませぬが、神言教が倒れることがあってはならない。女神様の理想を忘れ、歪んでしまった女神教がその後釜につくならなおさら」

 僕は女神教について、そこまで詳しく知らない。
 けれど、教皇の言葉の中に、微かな嫌悪が混じっていたのは、きっと気のせいではないと思う。

「神言教はこれまでもこれからも、世界のため、ひいては人族を守るためだけに活動しております。もし、神言教よりも人族のためになるというのであれば、喜んでその地位を譲りましょう。が、人族のためにならないと判断すれば、排除するのに一片の躊躇いも持ちません」

 結局のところ、この教皇を動かしているのは、その思いからなのだろう。
 人族のため。
 そのために私欲を捨て、あるいは己の命すら捨て、生まれ変わってもなおその思いを貫く。

「相手がその守るべき人族でも?」
「大を生かすために小を殺すしかないのであれば、私は躊躇いなく小を殺します。神言教を生かした場合と、女神教を生かした場合、そのどちらがより人族全体の益になるか考えた場合、私は女神教を殺す選択をしました。それだけのことなのです」

 震える声で問いただすソフィアさんと、それに迷いなく即答する教皇。

「守るべき人々を虐殺しておいて、とんだお笑い種ね」

 負け惜しみのように、お笑い種と言いつつも笑わぬままに吐き出される言葉。

「だからこそ、私は積み上げた死体の山が無駄にならぬようにしております」

 その言葉に、僕は頭を殴られたかのような錯覚を感じた。

「この身も、魂でさえも、滅び尽くすまで私は止まりません。その前に世界が救われるならば、地獄で詫び続ける覚悟もしております。ですから、どうか今はこの身だけでお許しください」

 申し訳ありませんでした。
 あなたの家族を殺し、居場所を奪い、未来を失わせて。

 その言葉を聞いて、ソフィアさんは、力なく天を振り仰いだ。
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