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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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教皇の苦悩

「い8、読め」

 考えた末に出した結論は、い8に内容を検めさせるというものだった。
 もし、読めば何らかの不都合が起こるような罠でも、い8を犠牲にすれば済む。
 い8も私の思惑に気づき、一瞬動きを止めるも、無言で本を手に取って中身を確認し始めた。
 禁魔部隊を表す目のマークが刻まれた布でその表情は見えないが、覚悟を決めた男の顔になっているだろう。
 禁魔部隊に所属するものなら、いついかなる時も死を受け入れる覚悟を決めておかなければならない。

「サジン、あの少女のことを教えてくれ」

 い8が本を読み終えるまでの間に、サジンからあの少女のことを聞いておかなければならない。

「ああ。あの子は若葉姫色さん。前世の同級生でクラスメイトだ。んでもって学校一の美少女!」

 サジンの言葉にふとした違和感を覚える。
 何が引っかかっている?
 美少女?
 サジンはあの少女のことを美少女と言ったか?
 おかしい。
 私の認識では、あの少女のことを特別優れた容姿だとは思わなかった。

 そこまで考えて、戦慄する。
 あの少女の顔を、はっきりと思い出せなかったのだ。

「サジン、お前にはあの少女の顔がはっきりと見えていたのか?」
「は? 何当たり前のこと言ってんだよ? ついにボケたか?」

 これはどういうことだ?
 私の記憶を掘り返してみても、少女のことを白いとしか思い出せない。
 記録のスキルを持つこの私がだ。

 これは、何らかの方法で私の認識を阻害していたということか?
 しかし、何のために?
 それに、どうしてそれがサジンには効いていないのだ?
 特定の人物にだけ働くように術を組んでいた?
 それとも、サジンは元々彼女のことを知っていたがために、術が効いていなかったか?
 どちらにしろそれをする意味がわからない。
 サジンにまで認識阻害が有効になっていたのであれば、転生者だと気づいてもらえなかったのではないか?
 その場合、どうするつもりだったのだ?
 それとも、認識阻害を突破できるかどうかを試された?
 わからない。
 あくまで私の考えは予想の域を出ない。
 少女の意図を掴むことはできそうにない。
 わかるのは、私にその術の存在すら気づかせなかったという、恐るべき隠蔽能力であるということか。
 前世の姿に変装していることといい、あの少女の特殊スキルは幻覚系の能力かもしれんな。

「若葉さんってクールビューティーを体現したような完璧美少女でさ、もう、なんつーかマンガの世界から出てきたんじゃねってくらいぶっ飛んでるわけよ。芸能人かよって感じのあの容姿だろ? 眼鏡なんかかけて本人は目立たないようにしてたっぽいけど、そんなんであの美貌が隠せるわけないよなー。あれ絶対伊達だって。しかも、スタイルも超いいの。黄金比ってこういうことかって感動したもんよ。あと、髪! 超サラサラロングストレート! 天使の輪が見える、ていうかあなたが天使かってな! あの黒髪も良かったけど、さっきの若葉さんの真っ白い髪もいいなー。元から現実離れしてたけど、白く輝く髪とか超ファンタジーっぽくて神々しいじゃん。やべえ、超やべえ」

 どうしたのだ、こやつは?

「惚れておったのか?」
「違うって! そんな俗な感情じゃないの! これは崇拝ってやつだ!」

 仮にもこの世界最大の宗教組織のど真ん中で、神でもない一般人を対象に崇拝を語るか。
 どうにも教育を失敗してしまった気がしてならんな。

「そうか。容姿のことはもういい。肝心なのはどういった人物であったのかだ」
「わからん」

 一瞬言われたことの意味が理解できず、私としたことが思考に空白が出来てしまった。
 わからんだと?
 あれだけ語っておきながらわからんとは、どういうことなのだ?

「ミステリアスなのも若葉さんの魅力なんだぜ!」
「戯け。それでは何もわからんわ」
「若葉さんって人と関わらうとしなかったから。無口無表情。何を考えてるのかわからない。そんな謎めいた美少女を、俺らはただ遠巻きに見てるだけ。それだけで満足だったのさ」

 何やら悟ったような顔でそう締めくくるサジン。
 やはり、私は人選を誤ったかもしれん。
 アナレイト王国の学園に通わせているユーリーンを呼び戻して、暗部教育を施したほうが今後の為になりそうな気がしてきた。

「教皇様、読み終わりました」

 サジンの阿呆ぶりに呆れ返っていると、い8から声がかかった。

「ふむ。体調に変化はないか?」
「はい。鑑定して見た限り、ステータス異常には陥っておりません。遅効性でない限り、直接的な害はないかと思われます」
「その言い草だと、間接的に害になると聞こえるが?」
「内容が、あまりにも特異なものでして。あるいは害になりうるかと」

 い8が歯切れ悪く答える。
 ふむ?
 この反応は予想外だな。
 い8は暗部として優秀な男だ。
 内容が危険なものであれなんであれ、このような中途半端な言葉を使うのは珍しい。

「い8、率直な意見を聞こう。その本の内容は、私が直接見たほうが良いと思えるものか?」
「はい。ここに書かれている内容が正しとするならば、判断は教皇様にしか下せないと愚考いたします」
「それは、緊急を要するものか? でなければ写本をしたものを読むのだが」
「出来うる限り早めに目を通されるのがよろしいと個人的には判断します。が、遅効性の罠が貼られている可能性を考慮するのであれば、写本してからの方がよろしいかと」

 私は一瞬だけ考え、い8の手から本を奪い、読み始めた。
 もとより罠の可能性など低い。
 この厳重な警備を敷いている神言教の中枢に苦もなく侵入するような相手だ。
 罠などという遠まわしな方法を取らずとも、暗殺の一つでもできよう。
 もし、これで私の身に何かあるようであれば、所詮私はそれまでの男であったということ。
 この身が終えようと、この意思を受け継いでくれる部下たちがいる。
 もしもの時の引き継ぎや対策など、教皇になった当時から常にしている。

 しかし、この本は別の意味でとんでもないものであった。
 私は、頭を抱えたい衝動をなんとか押さえ込む。

「なんで蜘蛛?」

 横から本を覗き込んできていたサジンがポツリと呟いた。
 本の内容もとんでもなければ、余白部分に書かれた落書きもとんでもなかった。

「若葉さん、こんなお茶目な一面もあったのか」
「馬鹿が。これは隠されたメッセージだ」

 一見、可愛らしく描かれた蜘蛛の絵だが、これは重要なメッセージだ。
 まず、蜘蛛の体が白い。
 蜘蛛と言えば真っ先に思い浮かぶのは最古の神獣たる彼女のことだが、彼女の眷属の体は黒い。
 そして、鎌のような前足もない。
 体が白く、鎌のような前足を持つ魔物。
 記録のスキルを持つ私には、ついこの前のできごとのように、その魔物が引き起こした騒動を思い出すことができる。

「迷宮の悪夢」

 神言教とも縁がある、謎多き魔物。
 これは、それを示しているのだ。
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