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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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血27 血の鬼

「お嬢様、今のあなたは、ご自身のことをあなたのご両親に誇れますか?」

 メラゾフィスの言葉が未だに頭の中で反響している。
 私は、その言葉に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

 思い返してみて、私のこの頃の行動は常軌を逸していると自覚した。
 男の子を魅了で拐かして、その血を貪った。
 前世の私が見たら、卒倒しそうな光景だわ。

 だというのに、私はそれに対してなんの感想も持っていなかった。
 ごく自然なことのように、自覚もなくその行為に及んでいた。
 思い返してみれば異常。
 だっていうのに、それを異常と自覚しながらも、今の私はその行為に対して特別な感情を抱けずにいる。

 異常が、平常。

 私は、いつの間にか身も心までも吸血鬼と成り果てていた。
 そのことを考えると、少しだけ寂しくなる。
 ああ、もう人には戻れないんだなと。
 逆に言えば、少し寂しい程度で済んでしまうということでもあるけれど。

 私はあの鬼人との戦いから、一日あけて、学園に復帰した。
 学園ではこの騒動は謎の魔物の仕業と言われていて、魔物の姿形や能力は不明とされていた。
 私以外の目撃者はみんな死んでしまったし、戦いの跡はもはや森の原型を留めていない。
 あれではとんでもない威力の何かで破壊された、としかわからないと思う。

 学園ではその魔物を、私が退治したことになっていた。
 半分正解だけれど、半分違う。
 私はあの鬼人と戦いはしたけれど、倒したのはきっとあの黒とかいうご主人様の同類だ。
 この私がいとも容易くあしらわれたのだから、私と互角に戦っていた鬼人も、同じ運命をたどったに違いない。

 その後鬼人がどうなったのか、私は知らない。
 ただ、ご主人様に下手な事を言うなと釘を刺されただけ。
 けど、この学園の話を聞く限り、ご主人様がどこかしらで介入して、話をねじ曲げたのはわかる。
 だとしたら、ご主人様に聞けば、あの鬼人がどうなったのかわかるはず。

 けど、私はそれを聞けずにいた。
 ご主人様は私の用のない時にはフラッと現れるくせに、こういう時はなぜか全然捕まらない。
 蜘蛛のくせに、猫みたいに気まぐれでウロチョロするんだから。
 おかげで私は悶々としている。

 それに、メラゾフィスの言葉が、未だに奥歯に挟まったかのように、私の心にしこりを残している。
 両親に誇れるかって?
 人族だった両親に、今の私が誇れるわけないじゃない。
 私は吸血鬼。
 考え方も価値観も、生き方すらも違う。
 人としての誇りなんて、とうの昔に捨ててしまっている。
 それも、特に気負いもなく、ゴミ箱にちょっとクズゴミを捨てるかのような気安さで。
 そうと指摘されなければ、自覚すらもなかったんだから。

 けど、自覚した今は違う。
 はっきりと人と吸血鬼の違いが、わかる。
 わかってしまう。

「ソフィア、とんでもない魔物を倒したんだって? 流石だ」

 学園の王子様こと、ワルドが私に賞賛の言葉を贈る。
 いつもだったらそれに自然と「ありがとう」とでも言う。
 けれど、今日はそれができない。

「お嬢様、今のあなたは、ご自身のことをあなたのご両親に誇れますか?」

 メラゾフィスの言葉が、まるで耳元で囁かれたかのように、鮮明にリフレインする。
 同時に、ふと鑑定したワルドのステータスに、記された状態異常『魅了』の文字。

 吐き気。
 たまらず私はワルドに背を向け、走り出していた。
 途中ですれ違う知った顔に、何度も声をかけられる。
 その度に、吐き気は強さを増していく。

 トイレに飛び込み、閉じこもる。
 吐き気はするけれど、口からはくぐもった呻きしか出てこない。
 しばらく口を押さえて、トイレの壁にもたれかかった。

 なんだか懐かしい。
 今世ではこんなことはなかったけど、前世ではよくこうやってトイレに逃げ込んでいた。
 トイレの無駄に香りの強い香料が、気分をさらに悪くさせるのであんまり逃げ込みたい場所でもないのだけれど。
 そこにしか逃げ場がなかったのだから仕方がないじゃない。

 何やってるんだろう、私。
 生まれ変わって、私は変わった。
 容姿は前世の醜さが嘘のように綺麗になったし、学園での成績は常にトップ。
 前世では手に入らないものを、ことごとく手に入れられた。
 だからかもしれない。
 私は、変わりすぎてしまった。

 もはや私という存在に、かつての根岸彰子という人間の面影はほとんどない。
 唯一残っているのは、ご主人様に対する嫉妬の心だけ。
 そこが残っているというのも、己の醜さを強調しているかのようで、笑うに笑えない。

 醜い。
 今の私は、人の価値観から照らし合わせて考えると、心底醜い化物。
 だというのに、私はそれを平然と行い、罪悪感の欠片すら抱かず、疑問すら抱かず、当然のことと受け入れていた。
 それが、吸血鬼として当然であるがために。

 吸血鬼としては、今の私は至極まっとうなんだと思う。
 それこそ、これが吸血鬼としての日常であるかのように。
 実際に私にとってはそれが日常だった。

「お嬢様、今のあなたは、ご自身のことをあなたのご両親に誇れますか?」

 メラゾフィスの言葉を聞く前までは。
 誇り?
 誇りって何?
 今更、私が何を誇れって言うの?

 もし、両親がまだ生きていて、今の私を見たらどう思うだろう?
 私を逃がすために、犠牲になった使用人のみんな。
 彼らに、私はどう見える?

 そこまで考えた時、私は衝動的に伸びた犬歯を引き抜いていた。
 口の中に甘い血の味が広がる。
 自分の血を飲んで美味しいと思うなんて、いよいよ人としてはもう終わっているな。
 トイレの中に犬歯を叩きつけるかのように投げ捨てる。
 けど、次の瞬間には新たな犬歯が生えてきていて、抜いたという事実そのものがなかったかのように元通りになってしまった。
 それが、もう戻れないと、そう言っているかのようで、私は抜かれた犬歯を呆然と眺めた。

 もう、人としてなんか生きられるはずもないのに、どう誇れって言うのよ。
 わからない。
 わからないよ。
 こんなことなら、自覚なんかしたくなかった。
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