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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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先代剣帝

 儂がこの狭間の国を訪れたのは息子に剣帝の座を譲ってすぐのことだった。
 儂は魔族との戦いにおいて、常に最前線にいながら、戦う意味というものを見いだせずにいた。
 何故、人族と魔族は戦い続けるのか?
 その問いに答えはない。
 答えの出ない問いを考える暇があれば、敵を殺すために剣を振るった。

 が、儂の弟子の1人が勇者となり、単身魔族領に渡ってから、魔族は攻めて来なくなった。
 奴もまた、儂と同じく戦う意味を失っていた男だった。
 そして、どうやったのかは分からぬが、戦争を一時的にとはいえ止めてみせた。

 奴が魔族領に行ったことは儂を含め、極小数の人間しか知らぬ。
 だから、急に大人しくなった魔族に不信感を抱く輩は多くいた。
 この機に乗じてこちらから攻めるべきだという声も、少なからずあった。
 だが、儂は奴に賭けてみたかった。
 争い続けた人族と魔族の歴史に、終止符を打ってくれることを。

 だが、儂がその結果を見ることはなかった。
 儂は剣の腕こそ自信があるが、政治のこととなると弱い。
 戦闘がなくなり、武官よりも文官の地位が強くなり始め、儂のような剣を振るしか能のない男は必要とされなくなりつつあった。

 幸い、息子は剣の腕は未熟だが、頭の方の出来はそれなりだった。
 儂のような骨董品がいつまでも玉座にいるよりかは、息子に帝国の未来を託してみたほうが良さそうに見えた。
 そう決意すると、途端に肩の荷が降りたような気分になった。
 儂自身が気づかぬうちに、剣帝という地位の重圧は儂を苦しめいたようだった。

 息子に玉座を明け渡し、隠居すると、それまで考える余裕がなかった問いが儂の中で大きくなっていった。
 人族と魔族は争い続けなければならぬのだろうか?
 そんなことはないと思える。
 現に、帝国内でも過激派はいるが、全体的には嫌戦ムードが漂っていた。
 長い戦いは帝国に少なくない打撃を与え、国全体に暗い影を落としていた。

 魔族もきっと似たような状況だろう。
 だからこそ、引いたのだ。
 そこに、人族と共通した思考がうかがい知れる。
 同じような考えを持つのであれば、決して分かち合えないことはない。
 儂はそう結論づけた。

 そして、かのお方に見出され、この狭間の国へと招待された。
 そこには、儂が思い描いた通りの光景が広がっていた。
 人族と魔族が分け隔てなく暮らし、血を流すことも武器を振ることもなく生活している。
 儂は感涙し、ここで余生を過ごすことを決意した。

 そのままゆっくりと天寿を全うすることができればよかったのだが、そうもいかないらしい。

 儂は、己の愛剣を引き抜く。
 この平和な国にあって、儂は愛剣を手放すことはなかった。
 それどころか、毎日の鍛錬を欠かすこともなく、手入れもきちんとしていた。
 こうなることを見越していたわけではない。
 ただ、剣という己の半身を捨て去ることがどうしてもできなかった。
 平和を願いつつ、武器を振る。
 そんな矛盾を抱え続けてきた。
 それが役に立つとは、皮肉なものだ。

 儂は逃げる人々とは逆の方向に向かう。
 既に相手の姿は見えている。
 人の背丈をはるかに超えた巨体。
 オーガ、それも、進化種。
 あの大きさからして、おそらくハイオーガか。
 だが、感じられる威圧感はかつて戦ったことのあるオーガキングを上回る。
 その気配は人の手の届かない、龍種などにも通じるものだった。

 それでも儂はオーガに向けて足を前に出す。
 今は退いたとはいえ、元剣帝。
 そして、剣神。
 剣を極めしもの。
 たとえステータスで負けていようとも、それだけで勝負は決まらない。
 それを、この怒り狂うオーガの体に教えてやろう。




*************************


 魔の山脈の第1層。
 そこで、氷龍は主と合流していた。
 オーガから命からがら逃げ延び、主に連絡を行っていた。
 連絡を受けた主は転移ですぐさま氷龍のもとを訪れた。
 氷龍に事の次第を聞いた男は、氷龍に労いの言葉と治療を施し、先に行くと言い残して転移で消えた。
 氷龍は転移が使えないため、飛んで戻る。
 そして、戻った場所に、先に向かったはずの主がいないことに困惑することとなる。


*************************


 氷龍の主、黒は転移による空間移動が失敗に終わったことを悟った。
 普段であれば一瞬で済むはずの異空間での移動が、いつまでたっても解除されないからだ。
 まるで奈落のような闇が、黒の全身を包み込んでいた。

 黒は考える。
 転移の際の空間に干渉され、異空間に閉じ込められた。
 現状をそう把握する。
 しかし、黒はこの世界でも最強の存在。
 その黒の転移に干渉できる存在などいるはずがない。

 だが、現にこうして黒は閉じ込められている。
 外部の神が侵入した、という線は考えにくい。
 システムはそれに関して敏感に設定されている。
 Dが作ったそのシステムに感知されずにこの世界に侵入できる神など、ほんのひと握りの上位の神しかいないはず。
 そして、そんな上位の神であれば、黒のことを閉じ込めるのではなく、消すことも容易いはず。

 そして黒は2つの可能性を考える。
 1つ目はDによる干渉。
 2つ目はつい最近神へと至った新米による干渉。
 どちらもありえないとも、ありえるとも言える。
 Dの行動は黒には読めない。
 今まで不干渉を貫いてきていても、気まぐれに干渉してくることは十分考えられる。
 新米には黒の転移を阻害するほどの高度なことはできない。
 神の技術というのは一朝一夕で身につくものではない。
 が、あの新米は僅かな期間で神へと至っている。
 その成長速度を思えば、出来てもおかしくないのではないかと思わされる。
 どちらにしても、厄介なことに変わりはない。

 黒は異空間からの脱出を試みる。
 その瞬間、それを妨げるように、闇が白く染まる。
 そうと思える程の、大量の白い蜘蛛が視界を埋め尽くし、黒の体を飲み込む。
 その時点で相手が判明した。

「どういうつもりだ、白織!」

 黒は、白い蜘蛛の津波を掻き分け、怒声を発した。
 それに答える声は、なかった。
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