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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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血8 決断

「あなた」
「すまんな。私の力不足だ」
「いいえ。あなたは私たちのために尽力してくれました」

 項垂れる父を支えるように、母が優しく抱きしめる。

「ソフィア、せめて成人するまではそばにいてやりたかった。不甲斐ない父を許してくれ」

 父が私を優しく抱き上げる。
 父に抱っこされるのは、記憶している限りこれが初めてかもしれない。
 けど、父の愛情はしっかりと伝わってきていた。
 父に抱かれながら、母からの口づけを受ける。

 正直に言うと、親子の情というものは薄かった。
 どうしても前世の記憶があるせいで、実の親子という感覚が私には薄かった。
 だから、こうして愛情を注いでくれていることに、どこか後ろめたい気持ちさえあった。
 けど、これが最後なんだと思うと、逆に後悔した。
 もっと、甘えておけば良かった。

 まだ私はこの人たちの子供として、何1つお返しができていない。
 前世の記憶があるせいで、随分素っ気ない態度をとっていたと思う。
 もっと甘えていれば、この人たちも子供とのふれあいをもっと積極的にとっていたかもしれない。
 そうすれば、私たちは本当の親子になれていたかもしれない。
 けど、それももう遅い。

「メラゾフィス、ノイリア。後を頼む」
「はい」
「はい」

 父の声に、メラゾフィスとノイリアが背筋を伸ばす。
 2人はいつもの従者の格好から、街の一般的な男女が着るような服に着替えている。
 敵に攻め込まれた混乱に乗じて、私を逃がすために2人には夫婦の役をやってもらうのだ。
 ただの街人の赤ん坊としてなら、私も逃げ出すことができるかもしれない。
 追い詰められた父が出した、苦肉の策だった。

 他にも、屋敷の中で残っている人間はいない。
 みんな作物の荷運び人に紛れ込ませたりして、街から避難させている。
 けど、どうしても母や私には厳しい監視の目がある。
 逃げ出すには、混乱に乗じるしかなかった。

 そして、赤ん坊の私はともかく、露出が多く、顔が割れている母が逃げる機会はなかった。
 私が逃げ切れるかは運次第。
 そして、父と母が生き残ることは、ない。
 今生の別れだった。

 今屋敷に残っているものは、そうした父と母についていく決心をした、老齢の従者が多い。
 若い従者は有無を言わさず父が遠方に追いやった。
 そして、メラゾフィスとノイリアも最後までここに残ると言っていた2人だった。
 だからこそ、私を逃すという大役を任されたとも言える。

 父はメラゾフィスが母のことを慕っていることを知っていたんだと思う。
 知った上で、なお信頼していたんだと思う。
 メラゾフィスもそれを理解した上で、父に仕えていた。
 恋愛なんて経験したことがないから、父の気持ちも、メラゾフィスの気持ちも、私にはよくわからない。
 ただ、そこには確かな信頼関係があった。

「お嬢様は、必ずや私がお守りします」
「ああ。頼んだ」

 涙を流しながら抱擁する母とノイリア。
 メラゾフィスの手に、そっと私を手渡す父。
 その手はかすかに震えていた。

 そして、私は両親と別れた。
 もう2度と出会うことのない別れを。

 屋敷の裏口からこっそりと出ると、その時にはもう街の入り口付近から火の手が上がっていた。
 逃げ出す人々の波にうまく滑り込む。
 そのまま人の流れに沿って、街の外を目指す。
 けど、街の外に続く門には、既に敵国の兵士が構えていた。

「抜けるぞ」

 メラゾフィスがノイリアの手を引いて、人の流れを強引に割って路地裏に駆け込む。
 そこで、私の気配感知が働いた。

「待て」
「待ってもらおう」

 路地裏にいつの間にか現れる人影。
 路地の奥と、路地の手前。
 それぞれに4人ずつ立ちふさがる。

 これは、屋敷を出た瞬間からマークされていたと見るべきか。
 絶体絶命だった。

 けど、どうも様子がおかしい。

「貴様ら、何者だ!?」
「答える義理はない。赤子の保護を」
「狙いは赤子だ!死守しろ!」

 路地の手前と奥にいた男たちが同時にこちらに向かって駆けてくる。
 事情はよくわからないけど、手前の4人と奥の4人は別の組織の人間?
 まだ、この混乱に乗じて逃げることもできるかもしれない。

 そんな淡い期待は、路地の奥から迫ってきた男に、ノイリアが切られたことによって潰えた。

「ノイリア!?」
「赤子をよこせ!」

 メラゾフィスに迫る切先を、反対側の男が受け止める。
 それと同時に、メラゾフィスの体を引き寄せる。
 メラゾフィスは、その勢いを使って男に逆に体当たりを食らわせる。
 そのままの勢いで路地裏から駆け抜けようとする。
 が、その体は路地に倒れ込むことになった。

 倒れながらも私が押し潰されないようにする。
 横向きに倒れたメラゾフィスの顔には、苦悶の表情。
 覗き込んでみれば、その背には短刀が深々と突き刺さっていた。

 路地では謎の男たちの戦闘が続いている。
 その足元にはノエリアが横たわっている。
 溢れ出る血と、虚ろな目が、彼女が既に事切れていることを如実に物語っていた。

 このままじゃ、メラゾフィスも助からない。
 幼い手で必死になってメラゾフィスの背に刺さった短刀を引き抜く。
 その途端溢れ出す鮮血。
 このままじゃ、死ぬ。
 メラゾフィスが死ねば、次は私の番だ。

 ここから逆転する方法。
 1つだけ、可能性はある。
 けど、それをしてしまうと、私の人としての人生は終わってしまう。
 それに、成功するかどうかさえわからない。
 成功してもこの場をどうにかできるかなんてわからない。

 今にも死にそうなメラゾフィスを見る。
 その目に、己の無力さを呪うかのような、壮絶な感情を見る。

「お嬢様、申し訳ありません」

 掠れるような声。
 私は、決断する。
 倒れた男の首筋に、私は牙を突き立てた。
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