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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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194 魔王、語る

『見事』

 地龍ガキアが倒れる。

「それはこっちのセリフだね」

 見事だった。
 圧倒的な戦力差をものともせず、ガキアを筆頭とした地龍はこの私を足止めしてみせた。
 今現在も交戦中の特殊な相手を抜かせば、直接対決でここまで手こずったのは随分と久しぶりのことだった。

『本望、だ』

 ガキアの目から光が消える。
 長い時を生きた龍がその生涯を終えた。

 倒れ伏したガキアの亡骸を眺める。
 別にガキアとはさして交流があったわけじゃない。
 けど、古くから居る龍が滅びたという事実には、言いようのない感傷のようなものを感じる。
 また1つ、古き存在が消えたと。
 それが自分の手でなされたのだから、尚更。

 益体もない感傷を振り切る。
 今の私にはなさなければならないことがある。
 まずはガキアの亡骸を食べ、その後他の8体も食べなければ。
 最下層を動き回ったせいで、途中で脱落した龍の亡骸は所々に散ってしまっている。
 面倒だけど、回収してきっちり食べなければ。
 お残しは私の主義に反する。

 待った。
 おかしいな。
 私にそんな主義あったっけ?
 んー?
 ま、いっか。

 イヤ。
 良くない。
 これは良くない。

 前兆はあった。
 けど、ここまであからさまに思考が変わったのは、これが初めてだ。
 いつから?
 いや、決まってるか。
 地龍に足止めを食らっている間にだ。

 私が今敵対している相手。
 それは今まで生きてきた中で初めて経験する脅威だった。

 私は長生きしている。
 この世界ではサリエル様とギュリエの次に長生きしているはずだ。
 その長い生の中には死ぬような体験も何度もあった。
 私はそこまで優れていたわけでもないし、サリエル様に拾われるまでは生きるか死ぬかのギリギリの生活をしていた。
 サリエル様に拾われてからも何度となく死にかけたし、生き残れたのは単に運が良かっただけだ。

 システムができて初期の頃も私は何度となく危機に遭遇した。
 システムが生み出した魔物というエネミーに殺されかけ、人族と魔族に殺されかけ、エルフにも追われた。
 私はそれら危機を乗り越え、いつしか最古の神獣となっていた。
 戦えば戦うほど強くなるという、システムの恩恵によって。

 皮肉なものだと思う。
 仲間の中でも、ゴブゴブと並んで弱っちかった私が、今では世界最強クラスの力を持っているのだから。
 けど、その力を得るのに見合うだけの戦いはずっとしてきた。

 その戦歴を振り返ってみても、今回の敵は異質だった。
 魂に直接食らいつき、貪られる。
 それはまるで、話に聞いた神の所業。
 この世界でそんなことが可能なのはギュリエだけだと思っていた。

 違和感はあった。
 配下の様子が少しぎこちない気がした。
 けど、無視した。
 所詮あれらはただの手駒。
 少しガタが来ていても使えればそれでいい。
 そう思っていた。

 ギュリエが異界からの転生者の話を持ってきたのもこの頃だ。
 彼らは被害者であり、管理者Dの意向もあってできれば手出しはしないこと、と。
 この時はまさか、それが私に対してここまで影響を与えるとは思っていなかった。
 転生者はまだ幼いし、関わるようになるとしても数年の猶予があると思っていた。

 甘かった。
 まさかその転生者の中に配下を乗っ取ろうとしている輩がいるなんて思いもしなかった。
 それも、そいつの矛先は私にも向いていたのだ。

 気付いたときには既に魂に取り憑かれていた。
 そして徐々に食われる。

 今まで経験したことがない攻撃。
 自分の存在が根こそぎ食われていく不快感。
 抵抗しようにも、戦いの場が慣れない魂という土俵のせいで時間稼ぎ程度しかできない。

 外道魔法の使い手とは何度か戦ったことがある。
 あれも魂に作用する魔法だ。
 けど、それなら対処はできる。
 術者を物理的に殺せばいいだけなのだから。
 けど、こいつは違う。
 そもそも本体がそばにいない。

 私はそいつの本体を探した。
 魂に取り憑いている繋がりを逆算して。
 そんなことをするのは初めてだし、スキルにもそんな能力はない。
 だから、確信があったわけじゃない。
 ただなんとなくそこに居る気がした。
 それだけの理由でエルロー大迷宮を目指した。

 結果、私は途中で神獣と言われる蜘蛛の魔物の噂を聞き、そいつと対面することになった。
 私と魂が繋がっていることで予想はしていた。
 そいつは私の眷属、それが意図していない程異常進化した個体だった。

 どうしてこんなイレギュラーが発生したのか。
 皮肉にも取り憑いた相手の侵食が進んだせいで理解させられた。
 異界からの転生者。
 しかも、管理者Dが関わっている。

 最悪だった。
 ギュリエが手出し無用と言っていた相手。
 かといって、このまま手をこまねいていたらこちらが食われる。

 そして、私はそいつを殺した。

 殺したはずだった。
 なのに、魂には未だにそいつがこびりついている。
 そして、私はぼんやりと、魂の繋がりからそいつの本体が死んでいないことを察知した。

 どうすればいいのかも分からず、とりあえず居場所がはっきりとしている、乗っ取られた元配下を始末する。
 始末した、はずだった。
 だというのに、そいつまでも死なずに別の場所で復活しているようだった。

 訳がわからない。
 長く生きてきたけど、こんな理不尽な相手は生まれて初めてだ。
 どうすればいいのかも分からず、泣きそうな気持ちになっていたところへの地龍の追い打ち。
 そして現在に至る。

 状況は、最悪に近い。
 最早私は自分が自分をちゃんと保てているのかさえわからない。
 だというのに、あまり不安にならない。
 まあ、なんとかなるかなー、という感じの、気楽な思考しかわいてこない。

 いよいよ性格まで侵食によって変わってきたのかもしれない。
 私は私である気になっているだけで、既に食われ尽くしているのかもしれない。
 それでもまあいっか、と思ってしまう自分が、我ながら恐ろしい。

 考えていても仕方がない。
 どうも、私の中で地龍を食べないという選択肢はないようだ。
 実際腹は減っているし、暴食の効果を考えると、食べたほうがいいのは事実だ。
 ならば迷う必要はない。

「いただきます」
「いただくな」

 独り言に返答があった。
 振り向いた先に、ギュリエが難しい顔をして立っていた。
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