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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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S28 エルロー大迷宮脱出

 悪夢の残滓と遭遇してから、そのあとの行程は驚く程順調に進んだ。
 進化したての地龍が他の魔物を捕食して回っていたらしく、大通路には魔物がほとんど残っていなかった。
 そのおかげで戦闘回数も少なくすみ、大物にも出くわすことはなかった。

 多分それは、地龍の影響だけじゃないと思う。
 悪夢の残滓。
 あの存在がいたからこそ、魔物たちも逃げ出したか、排除されたかしたのだろう。

 あの後からバスガスさんの口数が減った。
 余計なことは口にせず、神経を張り巡らせていた。
 必要なことはきちんと口にするけど、前のように快活に笑うことはなくなった。
 その姿はまるで戦場を行く戦士のようだ。

 バスガスさんのその様子に触発されて、俺たちの間にも会話が少なくなっていった。
 それは出口が近づいていくにつれて顕著になっていった。
 危険な迷宮の中にいるという緊張感と、もうすぐこの迷宮を抜け、本物の戦場に立つのだという緊張感。
 それらが混ざり合い、みんなの顔は徐々に険しくなっていった。

「さて、ここまでくれば出口はすぐそこだ」

 おそらく最後になるだろう野営の折、バスガスさんがそう切り出した。

「出口についてだが、こちら側の抜け道は1つだけある」
「では、その抜け道を使うということですか?」
「そうなるな」
「やはり、危険な場所なんですか?」
「ああ」

 バスガスさんが重々しく頷く。

「そもそも抜け道なんてもんが安全ならもっと多くの人間が使うに決まってるだろ?それがないってことは、知られていないか、危険で使えないか、そのどっちかしかない」

 バスガスさんが地図を取り出す。

「見ろ。今いるのがここだ」

 バスガスさんが指差す場所。
 そこはもう出口のすぐ近くだった。
 はっきりと自分の今いる場所を認識すると、ようやくここまで来たんだという実感が沸き起こる。

「そして、俺たちが突破しなきゃならない抜け道はここだ」

 バスガスさんが指し示す場所。
 そこは、広い空間になっていた。

「縦穴だ。大迷宮にいくつかあるもので、上層と下層を繋ぐものだ。そして、この縦穴は地上にも繋がっている。ここを登っていけば、地上に出れる」

 縦穴。
 話には聞いていた、上層と前人未到の危険地帯と言われる下層を繋ぐとされる巨大な穴。
 そこを降りていった冒険者はほとんどが戻ってこなかったという。
 けど、今回は降りるわけじゃない。
 逆に登るのだ。
 それを、バスガスさんは危険だという。
 危険な理由があるのだ。

「縦穴には、どんな危険があるんです?」
「ああ。まず縦穴の前に危険地帯を抜けなきゃならない。それがここだ」

 バスガスさんの指し示す地図の場所には、縦穴の前にポッカリと空いた広い空間があった。

「エルローフェレクトの巣だ」
「エルローフェレクト?」
「足がワサワサと生えた虫型の魔物だ。1匹1匹は弱いんだが、とにかく数が多い上に麻痺の状態異常を使ってくる。足も速いから、捕まったら最後、麻痺させられてウジャウジャと集られる」
「う」

 その光景を想像したのか、カティアが小さく呻き声を漏らす。

「対処するには広範囲攻撃で一気に殲滅するしかない」
「なるほど」

 確かに普通なら危険だ。
 けど、このパーティーなら大丈夫だろう。
 なんせここにいるメンバーのほとんどが高い威力の広範囲殲滅魔法を使うことができる。
 俺、カティア、先生、アナ、この4人でそれぞれ魔法を発動させれば、相当な範囲をカバーできるはずだ。
 もし、取り逃がしたとしても、ハイリンスさんの鉄壁の防御に、バスガスさんの援護もある。
 いけないことはないだろう。

「まずはそれが第一関門だ」
「第一、ということは、まだ何かあるんですか?」
「第二関門、フィンジゴアットの巣だ」

 俺たちはバスガスさんの次の言葉を待つ。

「フィンジゴアットはエルロー大迷宮以外にも生息してる魔物なんだが、エルロー大迷宮に生息してる奴は縦穴に巣を作り、そこを拠点に活動している。どういうわけなんだか、ほとんどの縦穴にはフィンジゴアットの巣があるくらいだ。フィンジゴアットは空を飛ぶ虫型の魔物で、毒針を持つ。1匹あたりの危険度はDとされているが、たいていは進化個体に率いられて小隊を形成している。そいつらが連携して襲いかかってくるわけだ。出口に到達するには、そいつらの襲撃をいなしつつ垂直の壁を登っていかなきゃならん」

 エルロー大迷宮は、俺たちを簡単に外に出してはくれそうになかった。




「ひいぃぃぃぃぃぃぃ!」

 カティアの口から悲鳴が漏れる。
 前世の時からそこまで虫とか得意な方じゃなかったけど、こっちに来てから余計に苦手になった気がするな。
 まあ、気持ちはわからないでもない。
 この光景を見れば、虫が特に苦手でなくとも嫌悪感が沸き起こるだろう。

 俺の見る先には、虫の大群がひしめきあっていた。
 元の世界のゲジに似た姿の虫の魔物だ。
 それが視界いっぱいに折り重なるようにして蠢いているのだ。
 悲鳴が出ても仕方がないだろう。

 俺たちは当初の予定通り、広範囲の魔法を順番に放っていき、魔物の群れをなぎ払うつもりでいた。
 のだが。

「ひぃぃやぁ!ムリムリムリィィィ!」

 カティアが狂乱して魔法を撃ちまくっている。
 次々に放たれる魔法で、ゲジ型の魔物がみるみる数を減らしていく。

「あの、洞窟で火とか危ないんじゃありませんか?」
「多分大丈夫でしょう。この世界の魔法の火というものは、酸素を燃焼させて二酸化炭素を発生させているわけじゃありませんから」
「え?そうなんですか?」
「ええ。私も詳しく調べたわけじゃありませんが、火という現象を起こしているというか、そんな曖昧な感じなんです。魔法の腕が未熟だと二酸化炭素が発生したりもしているようなんですが、詳しい条件はよくわかりません。カティアちゃんの腕なら二酸化炭素は発生していないでしょうし、心配はないと思います」
「不思議ですね」
「不思議です。そもそも炭素の燃焼なしにどうやって火が発生しているのか謎ですし、腕が未熟だと二酸化炭素が発生するメカニズムもよくわかりません。水素の燃焼とも違うようですしね。まあ、そんなことを言い始めたら魔法ってそもそも何なんだって話になってしまいますけど。科学のある世界から来た身としてはとても納得できないんですけど、そういうものなんだと思わないとダメでしょうね」

 そんな無駄口を叩いている間に、カティアは魔物の大群を一人で燃やし尽くしてしまった。




 下を見下ろす。
 そこには底の見えない暗闇がポッカリと口を開けていた。
 上を見上げる。
 僅かに差し込む日の光があり、その光の間を無数の影が飛び交っていた。

 蜂だ。
 その姿は元の世界の蜂に酷似している。
 ただし、その大きさは比較にならない。
 体長にして俺の2倍近く。
 巨大な魔物が、無数飛び交っているのだ。

 虫嫌いのカティアがまた青い顔をするが、さっき大暴れしたせいで騒ぐ気力が大幅に減っている。
 幸か不幸かカティアは暴れる元気もなく蜂の群れを眺めるだけだった。

「さて、ここは俺たちの腕の見せどころか」
「そうですね」

 俺とハイリンスさんが先行する。
 空中を走って。
 空間機動のスキルによる、空中走りだ。

 空間機動のスキルは便利なんだが、その分習得は難しい。
 空間機動を使った戦闘ができるのは俺とハイリンスさんだけ。
 カティアも空間機動のスキルは持っているが、さっきの魔法乱打で相当消耗してしまっているので、今回は後方組となった。

 作戦はいたって単純。
 空間起動を駆使して襲いかかってくる魔物を迎撃し、その隙に他のメンバーが壁をよじ登るというものだ。
 壁を登るのも一苦労だし、その間空間機動を発動させ続けなければならない俺とハイリンスさんも相当辛い。
 言うほど簡単な作戦ではない。
 心配なのはアナだけど、バスガスさんがそばについているから、よっぽどのことがない限り大丈夫だと信じたい。

 早速蜂が数匹こちらに向かって飛んできた。
 近くで見ると相当でかい。
 6匹の蜂。
 その中の1匹から強い力を感じる。
 どうやらその個体がリーダーのようだ。

 俺の剣がリーダーの蜂を切り裂く。
 小手調べのつもりで軽く振るっただけだが、それであっさりと倒すことができた。
 どうやら1匹1匹は大したことがなさそうだ。

 けど、2匹以上が同時にかかってこられると厄介だ。
 俺とハイリンスさんはお互いをかばい合うようにして、蜂を1匹ずつ確実に仕留めていく。

 最後の1匹を仕留めたところで、次の群れが到着していた。

「休む暇もありませんね」
「だな」

 聖光魔法で近づいて来る前に数を減らす。
 けど、どうやら蜂の群れは本格的にこちらを敵と認識したようで、一気に大量の蜂が押し寄せてくる。

 広範囲の魔法で数を減らすも、もともとの数が多すぎてあまり効果があるように感じられない。
 魔法と剣で迎撃するも、何匹かが後ろに抜けてしまう。

 それを、先生の風の魔法が撃ち落とした。

「後ろは気にしないでください!私も短時間なら魔法で浮けますので!」

 先生の援護もあって、俺とハイリンスさんは蜂退治に専念する。
 次々と襲いかかってくる蜂の群れを機械的に捌いていく。
 いい加減空間機動の維持が辛くなってきた頃、ようやく終わりが見えた。

 出口だ。

 バスガスさんがまず上によじ登り、アナの手を引いて引っ張り上げる。
 次にカティアが、先生が、そして、ハイリンスさんが出口に向かったのを見て、俺も最後の広範囲魔法を迫り来る蜂に向けて放ち、出口に飛び込んだ。

 何日かぶりに目にする日の光が飛び込んでくる。
 もう夕方で、空は茜色に染まっていた。

 感慨に耽っている暇もなく、出口から遠ざかる。
 ここにいると蜂がまた追いかけてくるかもしれないし、帝国の待ち伏せがあるかもしれない。
 今のところ帝国兵の姿は見えないものの、油断はできない。

「こっち側にも俺のアジトがある。今日はそこに行こう」

 バスガスさんの提案に乗ることにする。
 こうして俺たちは、長かった迷宮生活から抜け出すことに成功した。
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