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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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神言教と女神教

教皇視点
「では、悪夢は滅びたと?」
「は。実行犯は以前不明ですが、悪夢が縄張りとしていた場所は跡形もなく吹き飛び、周辺を秘密裏に捜索しましたが、悪夢らしき魔物は発見できませんでした」
「しかし、悪夢は転移が使えるとも言われている。滅びたと断定するには早いのではないか?」
「はい。ただ、これはまだ未確認の情報なのですが、現場には深淵魔法が使われた形跡があると報告があります」
「深淵魔法か」
「魂さえ破壊し、全てを無に帰すと言われる魔法の直撃を受ければ、いかに転移が使える魔物であろうと、滅びを回避するのは至難ではないかと愚考いたします」
「わかった。悪夢については滅びたということを前提に行動して構わん。それで。サリエーラ国の動きはどうなっている?」
「は。かの国は戦争の準備を着々と進めております。現在国境線付近に兵が集結しつつある状況です」
「こちらの情報に踊らされたか。それともそれを承知でこちらの思惑に乗ったか。どちらにしても好都合か。手筈通りオウツ国に援軍を出しておけ」
「既に手配済みです」
「仕事が早くて結構」
「この戦争で、長年の仇敵である女神教を打倒できると思えばこそです」
「そうだな。神言の神もお喜びになることだろう。お前も戦列に加わるつもりか?」
「は。神言の神を差し置いて女神を名乗る異端者をこの手で裁きたく思います」
「そうか。期待している。行っていいぞ」
「は。それでは失礼します」

 部下を追い出し、椅子に体を深く沈める。
 滑稽だな。
 神言の神がそんな事を望むはずもなかろうに。

 報告書に目を通す。
 それは、迷宮に突如として現れ、謎の行動を繰り返していた悪夢と呼称される魔物の資料だ。
 初の目撃情報は帝国がオウツ国の要請で迷宮内の異変を調査したとき。
 調査隊は悪夢に遭遇し、撤退。
 その後、帝国は精鋭部隊による悪夢討伐作戦を敢行。
 結果は部隊のほぼ全ての人間が虐殺されるという惨憺たるものだった。
 さらに、逃げ出した現地案内人の後を追う形で地上へと進出。
 エルロー大迷宮入口を守護する砦を破壊する。

 そういった虐殺と破壊を繰り返す一方で、人を助けるという場面もある。
 初めは大迷宮内で魔物に襲われていた冒険者を助けた。
 その後、サリエーラ国に出現し、盗賊に襲われていたセラス・ケレン婦人を救出。
 ケレン伯爵領に巣を作り、ここを拠点に活動を開始。
 さらにケレン伯爵領の盗賊を駆逐。
 その際盗賊に偽装して潜ませていた我が工作部隊が壊滅させられたのは痛手だった。

 かなり高度な治療魔法が扱えるらしく、民衆の治療なども手がける。
 こうした行動から、女神教で語られる女神の蜘蛛の御使いと同一視する声があり、サリエーラ国内では神獣として崇め始める。

 帝国の機密情報から抜き出した悪夢の能力から、推定危険度オーバーS。
 詳細不明のスキルを複数所持し、鑑定を途中から妨害されたとも。

 鑑定を妨害したという情報が本当なら、由々しき事態だ。
 それは新たな支配者の誕生、それも魔物である、を意味するからだ。

 とはいえ、先ほどの報告を聞く限りでは悪夢は滅びたと思われる。
 深淵魔法を単独で行使する存在。
 思い当たるのは最古の支配者しかいない。
 しかし、彼女が動いた理由がわからない。
 悪夢は蜘蛛型の魔物。
 ということは、彼女の配下ではなかったのか?
 なぜ自らの配下、それも支配者にまで上り詰めたものを潰す必要があったのか。
 彼女はずっと姿を隠し、活動をしていなかったはずだ。
 それが今頃になってなぜ動くというのか。
 わからないことが多い。

 最悪、今回の戦争に彼女が介入してくることも考えられるか。
 そうなれば人がどう足掻いたところでどうしようもない。
 彼女を止められるとすれば、管理者だけだ。

 この頃は不確定要素が多すぎる。
 先代勇者が死亡した経緯もわかっていない。
 魔族の動きが活発になってきている。
 だというのに、新たに勇者に任命されたのはユリウスという幼い少年。
 動き出す最古の神獣。
 その神獣に討たれた謎の新支配者。

 世界が混乱している。
 いくら教会の情報網が広く優秀であるとは言っても、限度がある。
 一体世界に何が起きているというのか。

「失礼します。お客様がお見えになっております」

 ノックの音とともに声がかけられる。

「あ、ちょっと!?」

 私が返事をする前に扉が開かれ、フードで頭を隠した女性が室内に入ってくる。
 秘書が慌てて止めようとするが、女性はズカズカと室内に入り込む。

「よい。君は下がりたまえ」

 秘書に合図を送り、退室させる。

「それで?何の用だ、ポティマス・ハァイフェナス?」

 女性はフードを取る。
 そこから見えるのは、美貌の素顔と、尖った耳。
 エルフだった。

「久しぶりの再会だというのに、つれないのではないか?」
「旧交を温める仲でもあるまい。本体(・・)で私の前に立つというのであれば、手厚く歓迎してやってもいいがな」
「それは怖いな」

 私が向ける殺気にも動じた様子を見せないポティマス。

「それで、何の用だ?こちらは忙しい身なのだ。貴様のような存在に構っている時間はない」
「では単刀直入に言おう。君が保護している2人の人間。あれを我らに引き渡して欲しい」
「何?」
「知っているのだよ?君が謎のスキルを持った子供を保護しているのは」

 ポティマスの言葉に、私は腕を組む。
 確かに、私は謎のスキル「n%I=W」を持つ子供を2人保護し、1人を監視下に置いている。
 ちょうど慌ただしくなってきた時に現れた謎のスキルであり、効果が不明ということもあって私も扱いに困っていたところだが、それをなぜエルフが欲するのか?

「理由は?」
「我らエルフにとってこのスキルを持ったものはあまり歓迎できない。かと言って、殺すこともできない。なので、飼い殺しにすべきだと判断した」
「スキルの効果を知っているのか?」
「推測でしかないがな」
「その内容を教えることは?」
「子供を引き渡してくれると約束してくれるのなら教えても良い」

 ふむ。
 考えるまでもないな。

「断る」
「どうしてもかね?」
「貴様らエルフのためになるようなことは一切できない。世界の害悪にこれ以上施してやるものはないと知れ」
「酷い言い草だ。我らはただ平穏に暮らしたいだけだよ」
「どの口がそんな戯言を言うのか。不愉快だ。その移し身をこの場で処刑しても構わんのだぞ?」
「それは困るな。それでは失礼しよう。心変わりするならばいつでもきたまえ」
「私が貴様の前に自発的に立つことがあるとすれば、その時は貴様を殺す時だけだ」
「怖いな」

 ポティマスの去っていく後ろ姿を見送る。
 世界を食い物にするエルフめが。
 いつかはあの結界を破壊し、エルフを駆逐せねばなるまい。

 しかし、今は女神教が先決だ。
 あの宗教は危険だ。
 語られる伝説が真実であるがゆえに。
 何とかして、私が生きているうちに潰しておきたい。
 それが、神言教教皇たる私の使命だろう。
 まったく、神言教も女神教も、崇める神は同じだというのに、滑稽なことだ。
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