挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
203/487

S23 エルロー大迷宮突入

 光竜の背に乗り丸一日。
 エルロー大迷宮の入口近くまでたどり着いた。
 森や山などを一直線に越えられたおかげで、徒歩での移動よりだいぶ早く着いたはずだ。 
 俺たちは遠くに見えるエルロー大迷宮の入口を千里眼で見つめる。

「やっぱり、帝国の兵がいるな」

 エルロー大迷宮の入口、そこに建てられた砦の中に、帝国兵の姿が多数あった。
 エルロー大迷宮は大陸と大陸を繋ぐほぼ唯一の手段だ。
 そのため、もし魔族が侵攻してくるとしたら、この大迷宮を抜けてくる必要がある。
 千里眼で見える前方の砦は、魔族がエルロー大迷宮を越えてきた際の最後の防衛戦となる。

 とはいえ、魔族がエルロー大迷宮を越えてくることはほぼありえない。
 エルロー大迷宮は案内がなければ一生かかっても抜け出せない広さと、複雑に入り組んだ迷路のような構造になっている。
 その上、厄介な魔物が多く生息し、軍で侵攻するにはあまりにも難易度が高すぎる場所だ。

 そもそも、エルロー大迷宮の入口にまで魔族が攻め入っている状況というのは、カサナガラ大陸がほぼ魔族の手中に落ちるということを意味するので、その時点で人族は相当な苦境に立たされていることになる。
 今までの長い歴史の中で、魔族がそこまで猛威を振るった時代はない。
 これから先はどうかわからないけど、今すぐ魔族がそんな猛威を振るうとも思えないし、エルロー大迷宮を魔族が越えてくることはそうそう起こらない。

 なので、砦の主な役割は大迷宮から迷い出てくる魔物の対処に重点が置かれている。
 大迷宮には、そこにしか生息しない特殊な魔物が数多くいる。
 それらを外の世界に放たないようにするのが砦の今の役割だ。

 その砦の中に、本来ならいないはずの他国の帝国兵がいる。
 この意味するところは一つ。
 俺たちを、エルロー大迷宮に入れさせないための見張りだ。

「どうします?」

 カティアの言葉に、俺は悩む。
 正面突破は、できなくもない。
 けど、それは最終手段だ。
 できればやりたくない。

「忍び込んでどうにかやり過ごすことはできないでしょうか?」

 先生が俺のことを見ながら提案してくる。
 俺のスキル、隠蔽の効果を期待しているんだろう。

 隠蔽のスキルは、迷彩のスキルが進化したスキルだ。
 その効果は文字通り、何かを隠す。
 迷彩のスキルもそうなんだけど、このスキルは使っても見た目が変わるわけじゃない。
 ただ、他の生物の五感に察知されにくくなるという効果がある。
 隠密と合わせれば、かなり見つかりにくくなる。

 そして、このスキルの優秀なところは、スキルをかける対象を選べるということだ。
 自分だけでなく、他の人や物にもかけることができる。
 更にはスキルにまで。
 俺は隠蔽のスキルをとあるものに常にかけている。
 それは、禁忌のスキル。
 これで、不意に鑑定されても俺のスキルに禁忌があることはバレにくくなっている。
 バレる時はバレるが、ないよりかは断然マシなはずだ。

 俺は先生が出した案に首を振って否定する。
 隠蔽はバレる時はバレる。
 俺の隠蔽のスキル以上に高い察知能力を相手が持っていたりすれば、あっさりとバレてしまう。
 王都で戦った魔法使いの老人がいい例だ。
 あの老人ははるか高空にいる隠蔽された俺たちの姿をしっかりと認識していた。
 流石にあのレベルの人間がそう多くいるとは思えないけど、ユーゴーが本気で俺たちの行動を阻害しようと考えているのなら、手練を砦に配置していてもおかしくはない。
 スキルの力だけに頼った安易な潜入は危険だと思えた。

「俺に心当たりがある。付いてこい」

 八方塞がりになっている俺たちに、ハイリンスさんが新たな提案をしてくる。
 他の方法も思い浮かばないし、俺たちは黙ってハイリンスさんの指示に従う。

 ハイリンスさんに連れられてきたのは、大迷宮の入口にほど近い場所にある、小さな村だった。
 道すがら、ハイリンスさんがこの村について教えてくれたところによると、この村は大迷宮に入る人たちを相手にした商人や宿屋が集まって出来た村らしい。
 村の外から眺めれば、確かに大迷宮に必要な保存食料や毒消しなどを売る商店。
 小さな村には不釣合いな大所帯でも泊まれそうな大きな宿屋などが見える。

 俺たちは人目につかないように村の外周をこっそりと移動する。
 村の中にも帝国兵に通じている人がいるかもしれないし、何より今の俺たちはお尋ね者だ。

 コソコソと移動したどり着いたのは、村のはずれにある一軒の家だった。
 他の家に比べるとなかなか大きい。
 ハイリンスさんはその家の扉を控えめにノックする。

「はーい。どちらさまで?」

 中から現れた壮年が、ハイリンスさんの姿を見た瞬間、驚いたような顔をする。

「ご無沙汰しております」

 ハイリンスさんが頭を下げる。
 壮年は、そんなハイリンスさんの様子を見て、周りをキョロキョロと見回す。

「とりあえず、中にお入りください」

 壮年に招かれるままに、俺たちは家の中に入る。

「こちらの方は迷宮案内人のゴイエフ殿。ユリウス達と何度かお世話になったことがある方だ」
「ご紹介にあずかりましたゴイエフです。よろしくお願いします」
「ゴイエフ殿、こちらにいるのがユリウスの弟のシュレインです」
「シュレインです。よろしくお願いします」

 ハイリンスさんの紹介に合わせて皆が挨拶をする。
 ゴイエフさんは柔和な笑みを浮かべながらそれを聞いていたけど、この人はなかなかに侮れない。
 服に隠れてわかりにくいけど、その体はかなり鍛え上げられているし、柔和に見える目の奥はこちらを値踏みするように細められている。
 ハイリンスさんが丁寧な態度で接するのも頷ける。
 一筋縄ではいかなさそうな人物だ。

「では、ゴイエフ殿。単刀直入にこちらのご要件をお話します。現在我々は無実の罪を着せられ、帝国から追われる立場になっています。我々はその決着をつけるためにエルロー大迷宮を越えてカサナガラ大陸に向かいたいのですが、入口が帝国兵に囲まれていてそれができません。ゴイエフ殿のお力で、なんとか我々を大迷宮内部に入れることはできないでしょうか?」

 ハイリンスさんの言葉に、ゴイエフさんはしばし考え込む。

「事情はある程度わかりました。私もハイリンス様が国家転覆を企てたという話を聞いた時からおかしいとは思っていましたから」

 ゴイエフさんの言葉に一同ホッとする。
 どうやらゴイエフさんはこちらに敵対する意思はなさそうだ。

「しかし、残念ながらお力にはなれません」

 続くゴイエフさんの言葉に落胆する。

「そこをなんとか」
「申し訳ありません。こちらも生活と命がかかっていますので。下手にあなた方に力を貸して帝国に目をつけられるわけにはいきません。私が良くても、家族にまでその危険が及ぶかもしれないと考えると」
「そうですか」

 姿は見えないけど、この家の中に子供を含む何人かの気配があるのは分かっていた。
 ゴイエフさんにも家族が居る。
 その家族を巻き込んでまで、俺たちの味方はできない。
 わかってはいたけど、こうして改めてその場に直面すると、俺たちに着せられた国家反逆者というレッテルは重いものなんだと自覚させられる。
 いや、こうやって話を聞いてくれるだけマシなはずだ。
 最悪、俺たちの姿を見た瞬間、武器を向けられてもおかしくないのだから。

「なんだ。腰抜けが案内したくないってんなら、俺が案内してやろうか?」

 沈む俺たちに、ドアを蹴り飛ばしながら現れた老人が言ってくる。

「親父!?」
「まったく。この臆病者が。いい歳こいて何帝国なんざ怖がってるんだか」

 酒瓶片手に現れた老人は、そのまま俺たちの間に割って入ってくる。

「俺はこの腰抜けの父親でバスガスという。コイツの代わりに俺が案内人になってやってもいいぜ?」
「待てよ親父!」
「黙ってろ」

 決して大きくはない、けれど、力のこもった声に、ゴイエフさんは黙らざるを得なくなる。
 バスガスさんは老人とは思えないほどの立派な体躯に、一目見てわかるほどの覇気をまとっている。
 思わずステータスを鑑定してみたくなるような、強さを感じた。

「こんな引退した爺で良ければ案内するが、どうする?」

 ハイリンスさんは悩んでいるけど、俺の直感はこの人に任せてもいいと思う。
 それを念話で手短に伝える。
 その際、バスガスさんがわずかに反応したのも見逃さない。
 この人、念話を盗み聞きできるな。

「よろしくお願いします」
「おうよ。つっても、そうたいしたことはできんがな」

 嘘だな。

「では、具体的な話をしましょう」

 ハイリンスさんの提案で、そのあとは今後の予定を話し合った。
 ゴイエフさんも途中から諦めたようで、バックアップをしてくれるようだ。




 準備に1日掛け、俺たちは海辺に来ていた。
 バスガスさんの話によると、このすぐ近くに大迷宮に繋がる海底洞窟があるとのこと。
 水龍の棲家が近いために使われることはないし、案内人のなかでもごく一部しか知らない秘密の抜け道なのだそうだ。

「いいか。水龍が現れても絶対に戦おうとはするな。殺されるだけだ。基本は逃げる。洞窟の入口は潜ってすぐのところだし、洞窟の中にまでは狭くて水龍も入ってこれない。潜ったらすぐさま洞窟の中に逃げ込む。わかったな?」

 バスガスさんの言葉に俺たちは頷く。
 水着に着替えた俺たちはほぼ荷物を持っていない。
 荷物は全てバスガスさんが持つ空間収納袋の中だ。
 空納というスキルの力を宿した魔道具で、異空間に物を収納しておくことができる。
 現在の武器防具含む全財産を他人に預けるのはやっぱり不安だったけど、一度信用すると決めた以上、とことん信用すべきだと思ってバスガスさんに任せることにした。

「それでは、風玉を配ります。間違っても噛み砕かないでくださいね」

 先生が手の平に乗るくらいの小さな玉を配る。
 これは、風の魔法で空気を圧縮して、それを封じ込めた玉だ。
 これを口に含んでいれば、空気の心配はない。
 超小型の酸素ボンベのようなものだ。
 ただ、先生が言うように、間違って噛み砕いたりしてしまうと、その瞬間封じ込められていた圧縮空気が炸裂することになる。
 便利な反面、非常に危険な代物だ。

「じゃあ、俺が先導するから、みんなついてこいよ」

 バスガスさんが風玉を口に含んで海に潜っていく。
 順番にそのあとに続き、最後に俺が潜っていく。
 海の中に入ると、浅瀬はほとんどなく、急激に深くなっていった。
 スキルのおかげか、ゴーグルなしでも海中の様子がはっきりと見える。
 その視界の端に、悠然と迫って来る巨大な姿が見えた。

 水龍クラグ。

 レベルは8。
 姿は恐竜図鑑なんかで見たような、ネッシーのような姿だ。
 そのステータスを見て戦慄する。
 全ての数値が3000を超えていた。
 その上、スキルも今まで見た魔物とは比べ物にならないくらい充実している。

 まずい。
 まだ俺たちは先頭のバスガスさんが洞窟の入口に到着したばかり。
 他のみんなはまだ水龍の存在に気づいていない。

 水龍が身構える。
 あれは、ブレスの予備動作!?

 俺は咄嗟にみんなの前に出て、魔法を発動する。
 聖光魔法。
 勇者の称号とともに手に入れた魔法を。

 水龍のブレスと俺の魔法がぶつかり、余波で水流が発生する。
 それに流されるままに洞窟の中に吸い込まれる。
 口の中の風玉を噛んでしまわないように気をつけながら、体のあちこちをぶつけながら流され続ける。

 一瞬の浮遊感。
 そして、次の瞬間に地面に叩きつけられる。
 どうやら、流されて洞窟の終点にまで到着したようだ。

「みんな、大丈夫か?」

 風玉を口の中から出して、周りを見回す。
 そこにはぐったりした様子であちこちを擦りむいた仲間たちがヘタリこんでいた。
 誰一人命に別状はなさそうだ。

 ただ、ロリ体型の先生はいいとして、カティアとアナは水着がところどころ破けて肌の露出が増えている。
 おまけに髪の毛が体に張り付いて、そこはかとない色気がある。
 非常に目の毒だ。

「かー!しょっぱなからこれじゃ、先が思いやられるな!」

 バスガスさんの叫びに、俺は心の中で同意しておく。
 とりあえず、あちこち擦りむいているし治療しなければならない。

「ま、無事に中に入ることはできたな。ようこそ。この世の地獄、エルロー大迷宮へ」

 バスガスさんの大げさな語りに、げんなりしながらみんなの治療を開始した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ