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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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S22 エルフの里へ

 先生が遠話でエルフの里に向けて、軍が侵攻してきているという報告を受けた。
 その軍が掲げる旗は、レングザント帝国。
 ユーゴーが率いる軍だった。

 先生はその報告を受け、迷うことなくエルフの里に帰還することを宣言した。

「ユーゴーはもう放ってはおけません。エルフの里に帰還し、迎撃します」

 先生の決意に満ちた目。
 それを遮るように、ハイリンスさんが口を開いた。

「で?どうやってエルフの里まで行くのだ?」

 エルフの里の場所は、深い森のさらに奥、聖域と呼ばれる場所にある。
 その聖域は、カサナガラ大陸の中部、魔族の領域に近い位置にある。
 そして、今いるのはダズトルディア大陸。
 そこには、とんでもない距離の開きがあった。

「転移でもしない限り、どう見積もってもここからエルフの里まで数十日かかる。今から行ったところで、着いた頃には既に決着がついているはずだ」

 ハイリンスさんの言うように、転移でもしない限りどう頑張っても間に合うはずがない。
 王城には転移陣があるが、レストン兄様達を救出した時に確認したのだが、転移陣は機能を停止させられていた。
 完全に壊されたわけじゃないけど、復旧させるためには高度な技術が要求されそうだった。
 このメンバーの中でそれができるものはいない。

「大丈夫です。カサナガラ大陸にさえ渡ってしまえば、エルフが秘密裏に抱えている転移陣があります」

 そんなものがあるのか。
 転移陣は魔道具の中でも希少で、高レベルの鑑定石以上に重要視されている。
 それを秘密に抱えているとは。
 エルフの組織力というものは、思った以上に高いのかもしれない。

 けど、考えてみれば、転生した俺たちを独自に集めることもできたくらいなのだから、それくらいはあってもおかしくないのか。

「しかし、それを使ったとしても十数日はかかる。どれくらいで帝国の軍がエルフの里にたどり着くのかはわからないが、報告に上がるということは、それだけしっかりと進軍を開始しているということだ。間に合うとは思えない」
「確かに、開戦には間に合わないでしょう。ですが、エルフの里には強力な結界があり、森林という自然の要塞もあります。私がたどり着くまでに里が陥落することはありえません」

 断言する先生。
 よほどエルフの里の防衛力に自信があるのだろう。

「むしろ、問題はたどり着く前に帝国軍が撤退してしまうかもしれないことです」
「そこまで言い切るか」
「人族と魔族、双方と近い場所にありながら、今まで難攻不落を誇った実績は伊達じゃありません」
「なるほど」

 ハイリンスさんはそこで一度俺の方を見る。

「それで?どうやってカサナガラ大陸に渡るんだ?」
「エルロー大迷宮を抜けるしかありません」
「出来ると思うか?」
「わかりません」

 エルロー大迷宮。
 転移以外で大陸と大陸を繋ぐ、ほぼ唯一の道。
 海は強力な水龍の根城となっており、渡航に成功した例はない。
 空を飛んでいようと、お構いなく撃ち落とされるという。

 エルロー大迷宮はそんな両大陸を、地下を通じて繋げる広大な迷宮だ。
 広大であるがゆえに案内人がいなければ迷って一生出られなくなるとも言われている。
 さらに、そこに生息する魔物は毒を使うものが多く、対策を講じていないと最悪の事態に陥ってしまう。
 この世界最大の迷宮であり、同時に世界最悪の難易度を誇る迷宮でもある。
 ただし、案内人の指示に従い、ちゃんとしたルートを通っていけば、危険は少ない。
 本来であれば。

「迷宮の出入り口、おそらく待ち伏せがあるだろうな」
「でしょうね」

 エルロー大迷宮はその重要性から、出入り口は厳しく監視されている。
 ダズトルディア大陸に魔族がいないのも、エルロー大迷宮を越えさせないからだ。
 お尋ね者になった俺たちでは、入ることも出ることも難しい。
 そこに、明確に俺たちを狙う部隊でも配置されていればなおさらだ。

「シュン、どうする?」
「え?」
「オカさんは一人でエルフの里に向かおうとしている。シュンはそれにどうすると聞いている」

 あれ?
 俺は普通に先生と一緒に行くつもりだったんだけど。
 違うの?

「え?先生と一緒に行くつもりだったんだけど」

 なぜかハイリンスさんの口から盛大な溜息が漏れた。

「シュン、お前自分の立場を分かっているのか?」
「え?」
「現在俺たちには国家反逆の罪がつけられ、国際的に追われる立場になっている。その主犯格と言われているのはシュン、お前だろ?」
「あ、ああ」
「そのお前がノコノコ顔を出してまでエルフの里に向かう必要があるか?」

 考える。
 確かに、ハイリンスさんの言い分もわかる。
 エルフを守る義理は一見俺にはない。
 ハイリンスさんから見れば。

「ハイリンスさん。エルフの里には、俺の同郷、転生前の友人たちがいるんです。それを放ってはおけません」

 俺の言葉に、ハイリンスさんは驚き、先生に目線を送る。
 それに、先生は頷いて肯定した。

「それに、ユーゴーとは決着をつけなければなりません」

 俺の決意を感じたのか、ハイリンスさんは一度目を閉じ、頷いた。

「わかった。シュンがそう言うのであれば、俺に異存はない。俺もお前を守るためについて行こう」
「ありがとうございます」
「当然、私も一緒に行きますわ」

 ハイリンスさんに同調するかのように、カティアが存在をアピールする。
 正直、カティアのことは心配だからあまり戦場に連れて行きたくはないんだが、ここまで来たらカティアも引かないだろう。
 なんだかんだ言ってカティアもかなり強いし、俺がいつもそばにいてフォローするようにすれば、滅多なことは起きないだろう。
 起きたとしても、俺には慈悲による蘇生が使える。
 あまりそれに頼りすぎるのは危険だが、ないよりかはあったほうがはるかにいい。

 慈悲の蘇生は反則のようなチートスキルに見えるが、実はかなり使用に制限がある。
 まず、死んだ直後でなければ効果がないこと。
 大体死後5分以内に蘇生をしなければ、効果はない。
 父上が殺された時、真っ先に蘇生をしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
 とはいえ、あの時は俺もユーゴーに不覚を取って負傷していた。
 万全の状態でなければ、蘇生は成功しない。
 あとは、蘇生をするにしても、元の肉体が完全に破壊されてしまっていると蘇生はできない。
 これらの条件をクリアしなければ、蘇生はできない。

 それに、俺はあと一人でも蘇生させてしまえば、禁忌がレベル10に上がってしまう。
 禁忌がレベル10になると、恐ろしい事が起こるらしい。
 できれば、それは避けたいところだけど、仲間が犠牲になってしまったら、俺は迷うことなく蘇生を実行するだろう。

「残念だが、俺は戦闘に関しては足でまといだ。こっちに残って、王都奪還の下準備でも進めておこう」

 レストン兄様はそう言って残ることを選択した。

「では、私もレストン様の補助に徹します。この先、私の力が通用するとも思えませんしね」

 クレベアも兄様と残るようだ。

「私は、お願いします。シュレイン様と一緒に行かせてください」

 思いつめたような表情でアナがそう言った。
 正直、アナがそう言ってくるのは意外だった。
 なぜなら、アナはハーフエルフ。
 そして、これから向かうのはエルフの里。

 エルフは排他的な種族だ。
 半分同じ種であるはずのハーフエルフでさえ、彼らは受け入れない。
 半分同じだからこそなのかもしれないけど。
 とにかく、エルフの里で生まれたハーフエルフは肩身の狭い思いをして成長し、ある程度自活できるようになると、里から問答無用で放逐される。
 酷い場合は、赤子のうちから放り出されることもあるという。

 アナは幼少期をエルフの里で過ごし、その後人族領域に放逐された過去がある。
 エルフの里はアナにとってはいい思い出のない場所のはずだった。
 そのアナが、エルフの里について行くという。

「アナ。無理をする必要はないよ?」
「いえ。無理だなんて思っていません。私は、このままでは自分が許せません。どうか、一緒に連れて行ってください」

 鬼気迫る様子のアナ。
 はっきり言って、この状態は危険な気がする。
 精神的に追い詰められてしまっている。
 ここで残して行っても、連れて行っても、どちらでも良くない。
 なら、目に付く場所に置いておいたほうがまだましか?

「わかった」
「シュン」
「いいんだ。アナ、くれぐれも無理はしないように。常に俺と一緒にいるようにしてくれ」
「はい」

 非難めいた視線を向けるカティアに目線で答える。
 厄介事を抱えたような感じになってしまったが、アナも人族としては優秀な魔法使いだ。
 精神が安定してくれば、大丈夫なはずだ。
 それまでは、しっかりと見守ってあげよう。

 ふと、立場が逆になったなあ、と思う。
 昔はアナに守ってもらって、色々教えてもらっていた。
 今度は逆に、俺がアナを守る番だ。

「そうと決まれば、早速行動を開始しよう」

 ハイリンスさんの号令で、それぞれ動き始める。
 まずはエルロー大迷宮にたどり着く。
 そこからだ。



 その夜、カティアが部屋を訪ねてきた。

「どうした?」
「いや、お前に話しておかなきゃならないことがあると思ってな」

 カティアの微妙に気まずそうな顔に、あまりいい話じゃなさそうだと腹をくくる。

「先生から行方不明の生徒の話を聞いていただろ?」
「ああ」
「そのうちの4人はもう死んでる」
「そうか」

 ある程度、予想はしてた。
 予想はしてたけど、こうやって改めて聞くと、ショックを受ける。

「なんで、今その話を?」
「エルフの里に行けば、昔の仲間と会う事になるだろ?その前に、死んだ奴の名前くらいは、把握しといたほうがいいって思ってな」
「そうか、ありがとう。俺がそれを聞いたらへこむのがわかってて、今まで黙っててくれたんだろ?」
「そうだ」
「聞かせてくれ。誰が死んだのか」
「仲のよかった順から言うぞ。まずは小暮」

 小暮。
 そうか、あいつにはもう二度と会えないのか。

「あいつ、高校生のくせに泣き虫だったからな」
「ああ。誰もやりたがらない生物係にジャンケンで負けて小暮が選ばれた時、あいつマジ泣きしてたからな」
「無理だーってな。それ以外でもゲーム機が壊れたって言って泣き腫らして学校来たりとかな」
「あー、あったあった」

 しばらく小暮のことで盛り上がる。

「次は、林」
「卓球部の?」
「その林だ」
「そんな仲は良くなかったけど、体育の卓球の授業の時にハッスルしてたのは覚えてるな」
「俺もだ。普段あんま明るくないのにラケット持った瞬間性格変わったよな」
「必殺トルネードスマッシュとか叫びながらスマッシュ打ってたよな」
「あれには笑ったわ」

「次は、若葉さん」
「え?あの全校美少女の?」
「そうだ」
「世界の損失だ」
「だよなー。あの人無口無表情で誰とも会話しないのにすごい存在感あったからな」
「うちの学校のアイドルだったよなー。予想外に運動音痴っていうのもポイント高かったよなー」

「最後は、桜崎」
「夏目、ユーゴーの友達か」
「ああ。夏目のストッパー役で、唯一あいつに対等で話せる奴だった」
「夏目が暴走しそうになると、いつもさりげなく止めに入ってたよな」
「その上、後でこっそり謝りに来るんだぜ。ケンが悪いことしたなって」
「そっか。桜崎君がいないから、ユーゴーもああなったのかな?」
「さあな」
「なんでなんだろうな。どうしてこうなったんだろう。みんな日本ではそれなりに上手くやれてたはずなのにな」
「異世界に生まれ変わったんだ。誰だって変わるさ。ユーゴーはそれが悪い方に変わっちまった。それだけのことだ」
「カティアは変わってないよ」
「本当にそう思うか?」

 そう言って見つめてくるカティアの視線に、ドキリとする。

「なあ、お前の目に俺はどう映っている?」
「どうって?」
「お前の目に映っているのはカティアか?それとも叶多か?」
「え?どういう意味だ?」

 カティアは叶多で、どっちも同じはずだ。
 カティアが何を言いたいのかわからない。

「はあ。まあ、いい。本当に変わってないように見えるのか、変わってないって言い聞かせてるのか」
「ええと。なんか、すまん」

 なんとなく機嫌が悪そうなカティアに謝っておく。

「いいって。お前がそういう奴だってのはわかってるから」
「そういうって?」
「ニブチン」
「酷くね!?」
「酷くねーよ。このチートバグニブチンが」
「さらに酷くなってね!?」
「それはそうとな。俺にはむしろお前がどうしてそんなに変わってないのか、そっちのほうが不思議でならねえよ」
「そうか?」
「そうだよ。お前、今の状況本当にちゃんと理解してるか?」
「してるさ」
「じゃあ、なんでそんなに自然体なんだよ?」
「それが何か悪いのか?」
「悪くはない。けどな、よく考えろよ?お前は実の親を殺され、腹違いの妹を拐われ、あまつさえ自分の故郷を追われてるんだ。その故郷を滅茶苦茶にした相手とこれから戦いに行く。それなのに、どうしてそんなに落ち着いていられる?」
「それは」

 なぜだろう?
 言われてみればそうだ。
 普通だったらこんな状況になったら、絶望するか怒りに我を忘れるかしそうなものだ。
 それなのに、俺は何も感じていない。
 いや、感じてはいる。
 ただただ悲しい。
 けど、この悲しさは何かが違う気がする。
 自分の境遇に対して悲しいわけじゃない。
 これは、

『悲しい』

 そうだ、悲しい。

『世界が醜くて』

 そうだ、世界が争いに溢れていて、醜くて、それが悲しい。

「シュン?」
「え?」
「どうした?ボーッとして?」
「あ、ああ。いや、何でもない」
「そうか?疲れたんなら寝とけよ?」
「そうだな。そうしよう」
「ああ。じゃあ、邪魔したな」

 カティアが部屋を出ていく。
 じっとりと、背中に汗をかいているのが自覚できる。
 なんだ?
 さっきのは一体何だ?

 俺は、一体どうしちまったんだ?
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